5−12 事件の顛末
後日、リチャード王子とヨハンは情報交換の場を設けた。
「で、ヨハン。体調は戻ったのか?」
「医者が下剤やら利尿剤やらを飲ませるから外出が出来ないじゃないか。お陰で痩せたぞ!」
「痩せて済むなら良い方だろう。医者には感謝しろよ」
「まあ、嫌々礼は言っておいた。それで、処置は決まったのか?」
「まず、お前の身元を隠す為に、今回の事件はあくまでテティス・ファインズの暗殺の実行犯として断罪する。それでも全員平民だから死刑だがな」
「エリックを唆した連中の情報は得られたのか?」
「どうも都合の良いお誘いに渡りに船で付いて行っただけらしく、相手の名前すら聞いていなかったらしい。まあ名乗ったとしてもどうせ偽名だろうが」
「つくづく迂闊なヤツだな」
「まあ愚民だな。印象論と感情論で動く」
「実家の教育も魔法学院の授業も役に立たなかったんだな」
「聞く耳持たないヤツが学習する訳がないだろ」
「ああ、酷い取り調べ状況だった訳だな?」
「取り調べ官が意訳しないと書く事が無かったらしい」
「お疲れ様だ」
「処刑については騎士団の掲示板に掲示済だが、ラッセルからは何も言ってこない」
「まあ、余計な口を出したら、裏を知っているとバレるからな」
「失踪した職員、警備員の身元を洗ったが、北部と縁がある者はいなかった。むしろ西部だ」
「西部が出て来る理由は?」
「エリックの実家のバーナーズ家は北部だが、エリザベス・カーライルの婚約者だった男の実家のヘイスティング家が西部だ」
「関係するのか?」
「縁が無い領地のマフィアに疑惑がある」
「攪乱情報に見えるが」
「まあ、調べない訳にはいかない」
「総領事から借りた騎士がテティス嬢を斬ろうとした件はそちらの調査に任せているが、どうなった?」
「アルベルト商会で当日の朝に『密命』として指示を受けたそうだ。勿論、指示した者は見つかっていない」
「よくある手だな、確認する時間を与えない。軽率な奴なら引っかかる。どういう指示なんだ?」
「殿下と護衛を誑かす女だから、正体を見せたら斬れとの指示だそうな」
「見事に誑かされてるからな」
「茶化すなよ。あいつに人を誑かす様な芸は無い。なにせ呑気な事が一番の特徴だ」
「それで処理はどうする?」
「総領事、アルベルト商会長、俺の連名で親父にお伺いの手紙を送っている。一応、『勅命』と言われたらしいのでな」
「上手く騙される対象を選んで指示を出す。手慣れた敵だが、そこまでしてテティス嬢を殺したがる理由は何だと思う?」
「…テティスの真の力はまだ相手には漏れていない筈だ。王領での魔獣討伐を見た連中ですらまだ北の砦から出ていないのだろう?だから、そこまでの悪意はエリザベス・カーライルにしか無い。エリックの情報の対価としてテティスを確実に殺して欲しいと要求したんだろう」
「拗れてるな」
「そう言う訳で、これ以上テティスの敵を増やしたくない。テティスの聖属性の公表は、今の聖女候補の対抗馬を王都に連れて来てからにしてくれ。それなら敵意が分散する」
「そうだな。どう見ても、今のところの本命はテティス嬢なのだからな」
後日、第一騎士団の駐屯地の横の処刑場に、絞首台が現れた。貴族に剣を向けた平民の処罰は公開処刑が基本だ。
本人確認の為にバーナーズ家の老いた侍従と、見届けの為にファインズ家の侍従が立ち会った。暴れる為に棒に縛られて連れて来られたエリックの目隠しが取られ、バーナーズ家の侍従が証言した。
「本人に間違いありません」
そうして両侍従と刑務官が書類に署名した。
「男爵様からの最後の伝言を伝えてもよろしいでしょうか?」
「許可する」
許可を得た老いた侍従は、子供の頃から見て来た主人の息子に最後の伝言を伝えた。
「男爵様からの伝言です。『私が引退する事でファインズ家とは話が付いた。我が家に対する影響は最小限で済んだから安心しろ』」
それは彼の期待した言葉とは違ったから、エリックは涙を流して暴れた。猿轡の下で意味の分からない音を出し続けた。
エリックはこの期に及んで父親が自分を助けるご都合主義を信じていたが、男爵からすれば最後の教育のつもりで言葉を選んでいた。男爵は父親として、エリックが家族に迷惑をかけた事を聞いて罪を自覚して欲しかったのだが、そういう理性はこの大きな子供には無かった。
暴れるエリックは、大き目の椅子の上に、縛られた棒ごと置かれた。そして首に縄が回され、椅子に縛り付けた縄を引っ張る事で刑が執行される筈だったが、暴れるエリックはそれ以前に椅子からずり落ちた。絞首台の吊り紐にぶら下がり、暫く揺れていたエリックは、やがて静かになった。
規定の時間を過ぎた後、エリックだったは物体は絞首台から降ろされた。その物体を棒に縛り付けていた縄を切断し、荷車に乗せられた。
他の罪人達は静かだった。彼等は明らかに殺人組織の一員で、何を問われても『エリックの指示に従ったから何も知らない』としか言わなかった。犯罪組織は脱走を拒む。ある意味、死は彼等の殺人稼業からの解放であるから、早く解放して欲しかったのかもしれない。
こうして処刑が済んだ死体は次々と荷車に乗せられ、死刑囚処理場まで運ばれ、墓堀人が掘った穴に無造作に投げ込まれ、土をかけられた。
こうしてテティス・ファインズ襲撃事件は終結した。
その日の昼、ヨハンと昼食を共にするテティスは、食事の前に指を組んで黙祷した。この国の宗教観からは毎食前のお祈りは一般的ではなかったから、ヨハンにその意志は伝わった。
「テティス…」
「うん。彼の事は許されない。分かってる。でも、彼の家族が悲しんでいると思うから、せめて一人だけでも彼の家族以外の者が彼の冥福を祈っても良いかな、と思ったの」
ヨハンは小さく息を吐いた。
(俺を殺そうとした事は許さないが、自分を殺そうとした事はある意味許している訳か…)
『一人だけでも』と言ったテティスも聞いたヨハンも、エリザベスがエリックの為に祈る事はないと考えていた。
その後、ヨハン、総領事、アルベルト商会長に本国から連絡があった。一つは『帝都から離れた部隊・騎士に密命があった場合、直属の上司かその上の者に相談するまでその命令は効力を発揮しない』との連絡だった。アングリア王国に派遣された上層部が、緊急事態とは言え人員を動かし過ぎた為に外部の干渉が有効になった事を間接的に批判しているのだった。
密命と称するものに従いテティスに剣を向けた騎士は、皇帝本人から聞き取りを受けた。後に原隊に復帰し、自刃した。指揮系統が怪しくなっていた事が原因故に名誉は守られたが、王子を守る者に剣を向けた事は許容し難かったのだ。
そんな情報を見たヨハンは溜息を吐いた。
「大体、あの親父が女の一人や二人に態々刺客を送る訳がないだろ。女十人を泣かせても仕事さえすれば許す男だ」
侍従のオットーがこれに応えた。
「それはテティス様に嫌われる事が確実な所業ですな」
護衛騎士隊長のカールも続けた。
「女性は大切にしないと逃げられますよ」
「お前等、年下の上司をちくちく虐めるな!護衛の人員を無駄に消耗した事は気にしているんだぞ!」
部下達の指摘に斜めの回答をしたのは、つまりそこはヨハンも気にしている事だったのだ。
『吐いた唾は飲めない』
だから、責任が取れる言動をしましょうね。昔っから掲示板は荒れるものですが。
そう言えば、『なろう』『初心者』の検索で出てくる掲示板を時々見て参考にしていましたが、今は『底辺』のスレしか生きていない様でした。でも、底辺スレでも少し勇気付けられました。もしあのスレとかで投稿している方がいたら、ありがとうございます。




