5−11 エリックの取り調べ (後編)
取り調べ官としてこの駄々をこね続ける大きな子供に付き合うのもいい加減飽きたが、これも仕事だ。そろそろ総括をしよう。
「さて、ここまででお前が言った事を纏めると、王領にテティス嬢が移動した事を善意の協力者から知り、この協力者の助けにより王領に移動した。善意の協力者の用意した農家の納屋に泊って、テティス嬢の現れるのを待った。捕まり、王領を追放された後、また善意の協力者の助けで王都に戻って来た。これに相違ないか?」
「そうだ!あの悪魔が大手を振って歩いているのに怒っている人がそんなにいるんだ!これが俺の言う事が正しいという証明になる!」
「証明ってのは証拠なしには出来ないものだよ。では、王都で図書館に潜入した件だ。善意の協力者の助けで商家の倉庫に隠れていたが、テティス嬢が図書館に来る日が分かった為、協力者の助けで潜入した、これに相違ないか?」
「そうだ!王都でもエリザベスさんに同情する人がそんなに多くいるんだ!誰が本当に悪いか分かっただろう!」
「同情ねぇ…お前達の協力者と思われる職員三人と警備員三人は、そのまま行方不明だよ。どう思う?」
「お前等騎士団が悪魔の肩を持つから、迫害されるのを恐れて逃げたに決まっているだろう?自分達が悪の組織と化した事を自覚しろ!」
「自覚ねぇ…お前と一緒にテティス嬢達を襲った男達は、全員がお前に唆されたと言っているんだ。既に死んだ三人、お前と一緒に処刑される予定の三人、そして失踪した関係者六人と、お前が血迷った為にこれだけ人が死ぬ訳なんだが、その責任は自覚しているのか?」
「処刑って何だよ!?俺は正義を代行したんだぞ!?何で処刑されなければいけない!」
「例えばだ、お前の実家の領地で、『エリックなんて屑が生きてく為に俺達に重い税が課せられているんだ!』と怒った平民がお前に斬りかかったとする。お前の親父さんはこの平民をどうすると思う?」
「処刑するに決まっているだろう!平民が貴族である領主一家の者を誹謗中傷した上で証拠もなく殺そうとしたんだから!」
「今のお前はバーナーズ家を勘当されているから平民で、お前のテティス嬢への非難は証拠の無い誹謗中傷だ。そうして斬りかかったんだから、同じ理由、貴族を殺そうとした平民への罰として処刑になる。お前も理解している当然の処分だな」
「待てよ!俺が悪いんじゃなくてあの悪魔が悪いんだろう!?何であいつが無罪で俺が有罪なんだよ!?」
「だから、テティス嬢が悪いという証拠を出せと言ったのに、その証拠を出せないんだろ?一方でお前がテティス嬢を殺そうとしたのは明らかだ。目撃者が被害者以外に二人いるからな。証拠がないとは言わせん」
「死んでない以上、殺意があったとは言えないだろう!?出鱈目な処分をするなよ!」
「あのな、お前は魔法学院で剣の授業を受けていた。剣の心得が無いとは言わせん。そんなお前が片手剣を両手で握ってぶんぶん振り回したらしいな?その振りが胸に入ったら、普通に致命傷だぞ?経験のある奴が、致命傷になると分かって剣を振るった。しかも相手が悪いと言う証拠は全くない。そりゃあ、死刑にするしかないだろ?」
「待てよ!?俺は貴族の子供だぞ!?簡単に処刑出来ない筈だ!」
「だから、王領を追放される時に、『お前はバーナーズ男爵から勘当された。以後平民として扱われるから注意しろ』と忠告したと王領の担当者は言っている。聞いてないと言う事は許されないからな?」
「聞いてねぇよ!」
「ここまでお前と話して来て思ったんだが、お前、友達いないだろ?」
「関係ねぇだろ!友達いなかったら死刑にするのかよ!?」
「あのな、友達付き合いをしていれば、色々学ぶ事がある訳だ。どうしたら友達になれるか、どうしたら友達を失うか、そして、友達面した詐欺師をどう見破るか、そういう経験をしていないからお前は駄目なんだ、と思ってな」
「偉そうに駄目とか言うんじゃねぇ!」
「じゃあ、分かる様に言ってやると、友達を作る方法は分かるな?一緒に遊ぶとか、一緒に作業をするとかで、信頼出来るヤツ、て思わせるのが一番だ」
「友達なんて、そんなんじゃなくて、もっと感覚的になるもんだろ!?」
「感覚的な話をすれば、他人の言う事を聞かないヤツとは絶対友達にならないがな。会話が成り立つのが友達の条件だろう。じゃあ、友達を失う時は分かるだろう?お前の事を利用したり騙したりしたら、そんな奴を友達とは言わないだろ?つまり、友達っていうのは、利害を越えて信頼出来るヤツの事だ。そして信頼される為には、信頼される会話が必用で、それには絶対に嘘を吐かない事が基本なんだよ。嘘をついてお前に損害を与え、代わりに自分が利益を得る、そんなヤツは友達と思えないだろ?」
「…何が言いたい?」
「お前が意図していようが、根拠のない事を言って友人がそれを信じて他人に話して嘘つきって言われたら、お前の事を信用しなくなるだろ?そうして友人を失って、嘘を吐いたり根拠の無い事を言ってはいけない、と学習する訳だ」
「誰だって嫌いな奴の事は根拠なく批判するだろ!?」
「批判までは良いさ。でも、断罪して殺そうとしたらいけない、例えば友人がいればそういう助言くらいしてくれるだろ」
「俺のあの悪魔への批判が間違っていたら、協力者が出る訳ないだろ!?」
「だからさ、そいつらを信用する理由はあるのかよ?お前は、自分の都合の良い事を言うヤツは信用する、お前の都合の悪い事を言うヤツは悪と言う。要するに、自分が言って欲しい事を言うヤツは信用するんだが、そいつらが根拠を示して言ってるのか?普通、自分にとって都合の良い事ばかり言うヤツは詐欺師だぞ?そいつらはお前を唆してテティス嬢暗殺を行わせようとしていた、そう気が付かないのか?」
「俺を唆してあいつらにどんな利益があるって言うんだよ!?」
「思い出せよ、襲撃の時の敵味方の体制を。その場に六人いた。お前はテティス嬢を襲った。一人は侍女を襲った。残り四人は誰を斬ろうとしていた?普通は一番殺したいヤツに一番人数をかけるだろ?」
「だから!俺を唆してあいつらにどんな利益があるんだよ!?」
「死体が四つまたはそれ以上転がっている。身元が確かなのはお前、テティス嬢、その他二人だ。これを見たら、エリザベス・カーライルがお前を唆して憎い妹を殺させた、残りは巻き添えで死に、お前は自害した、そう思うだろ?」
「エリザベスさんがそんな事する訳ないだろ!」
「貴族議会でどう思われるか、って話だ。そうして真に暗殺を目論んだ者から目を逸らす為にお前は使われた。もちろん証拠はない。だが、状況証拠から、本当に暗殺したかったのはテティス嬢じゃなくてもう一人だと言う事は分かったろ?」
「証拠は無いんだから誹謗中傷だろ!?」
「そうさ。だから、明らかな理由、平民がファインズ家のご令嬢を何の証拠もなく誹謗中傷した挙句に殺そうとした。それだけで罪人全員を死刑にするだけなのさ」
「馬鹿野郎!お前等、そんな薄弱な理由で人を死刑にして恥ずかしくないのか!?お前等人間失格だ!!」
「いや、薄弱な理由じゃなくて、お前らがテティス嬢に剣を向けたのは明らかだから普通に死刑なんだよ。だいたい、薄弱な理由で人を殺そうとしたのはお前だろ?それが人間失格なら、お前は人間失格で生かしておく訳にはいかないから結局死刑で正解なのさ。そうしないと、また無実の人間を殺そうとするからな」
ようやくこの馬鹿は、自分の言動の代償として命を差し出す必用がある事を理解した様だ。大声で喚いて暴れ出したバーナーズ家に生まれたエリックは、取り押さえられ縛られて、牢獄に連れて行かれた。あの暴れ様ではもう取り調べは不可能だろう。まあ、自分に都合の良い事を言う連中の事は疑わずに指示に従い、その裏を見定めようとはしていなかった様だから、これ以上証拠は出まい。捜査終了を上官に進言しよう。
まあ、人間はパターン認識をしますからね。一点だけの情報で、類似の事例と当てはめる。もっと証拠を集めて考えないといけないんですが。メディアが発達していない中世なら仕方がない事かもしれません。フランス革命でも酒場の噂話を聞いただけで政治家を暗殺しに行った女性がいましたよね。




