5−7 王立図書館 (5)
不審者の侵入経路は分かった。一方、現場の書庫の入口には当然騎士が待っていると不審者も予測している。だから、不審者の逃走経路と侵入経路は同一である可能性が高い。よって、最初に斬りあいになるのは侵入経路側と思われた。ヨハンの護衛騎士副隊長格のグスタフは半数を率いて侵入経路側の書庫に入った。鍵は開いていた。だから、ここが逃走経路になる。一人に入口を守らせ、騎士達は書庫を早足で進んだ。
その物音の中でもこちらの集団の隊長格のグスタフは隠れている賊の気配を感じて、斬りかかった。賊は一般人の体格をしていたから、グスタフの膂力に太刀打ちできなかった。一撃で剣を弾かれ、鳩尾を殴られて気絶した賊を一人の騎士に命じて縛らせ、残りの者は書庫を反対側まで進んだ。書庫は通路と遠い側で、普段は施錠した扉で隣の書庫と繋がっていた。そこでも扉を守る賊がいたが、こちらはグスタフが問答無用で斬り捨てた。もうヨハン王子が襲われているのが明らかなのだから、早急に進む必要があったし、そうである以上、敵を減らしていく必要があった。
ヨハンの毒抜きについて、一つ思い出した事があった。
『毒を口で吸い出すより、まず水で洗い流すべき』
そういう話を乳母に聞いた様な気がする。だからウォーターボールでヨハンの傷口を洗い流した。流れる水をよく見ると、流される異物が分かる。これなら、異物だけ選んで吸い出す事が出来るのではないだろうか…私なら。だから、意を決してヨハンの傷口に口を付けた…が、甘かった。血液に魔力が乗る様に、体液にも魔力が乗る。体内とその組織、水分は纏めてその人の内宇宙なんだ。
口を付けた私は、ヨハンの王子レベルの魔力の干渉を受けた。他人の魔力波導が口を通して流れ込んで来る。私の脳は拒否反応を起こして強い頭痛を起こした。でも、そんな事で躊躇していたらヨハンの体内で毒が内蔵に回って命を落としてしまう。
多分、この魔力に身を任せ、頭痛を減らす方向で良い筈だ…多分。そんな事は書物に書いてなどなかったけれど。頭を襲う強い痛みに涙が流れる中、静かに息を吐き、吸いながら、ヨハンの魔力に自分の身が馴染むのを待つ…なんとなく頭痛が減った気がする。そして、きつく締め上げて血液が殆ど流れていない左腕の水分が見えて来た。傷口近くの組織に異物が付着して、組織が何らかの反応をしている。この付着物を水分で流して、この傷口に持って来れば吸い出せる筈。細かい作業だけれど、これで医者が来た時に治療にかかる時間が減らせれば、ヨハンの助かる可能性が上がる。
近くの異物は良いのだけれど、血管に沿って組織に散った者は中々取り出せない…血液中の水以外の成分で囲んで取り出す事にする。
体内組織が強く反応している場所から異物を取り除いてゆく。細かい物は組織に入り込んで取れない…ある程度のサイズまでで妥協しよう。これで血管に流れていく様な大きい毒成分は取れた筈。
いつまでも腕を縛っていると腕が死んでしまう事もあるし、血が流れればそれに乗った毒成分をこちらに寄せて吸い出せる。だから、腕を縛ったベルトを解いてみる。
血が流れ始めると、また魔力が強くなり、頭痛が酷くなる。でも、もう大分時間がかかっている…頭痛で涙が止まらなくても、急いで体内異物を取り除かないといけない。血液の流路の途中の内臓で、異物が溜まっている部分がある…血液中の物質でつついて流し、血液中の物質で囲んで体内組織を傷めない様にする。そうして少しずつヨハンの体内の毒を吸い出し、吐き出していたところ、誰かが走って来た。
顔を上げて見ると、ヨハンの護衛の騎士服を着ている。さっき見た護衛騎士の中に顔を見た気がするが…水気が赤い!?そうだ、この人、反応がおかしかった人だ!しかも、剣を抜いた!仔細は分からない、でも前線ではまず吹き飛ばしてから考える、そういう練習をした筈だ。頭が痛くて考えが纏まらないけど、いい!まずこいつを吹き飛ばさないとヨハンが守れない!アイスランスで走って来た騎士を吹き飛ばす!
「こいつ!殿下を!」
騎士は剣でアイスランスを斬ろうとするが、遅いし、見切りが悪すぎる。アイスランスは三つに割れ、その内二つがこの騎士にぶつかり転倒させた。しかしこいつはタフだった。すぐに起き上がって来た。私にも一欠けらが頭部に当たって、頭がぐるぐる回っている様に眩暈がすると言うのに、騎士の対処など出来ない。だからアイスウォールでこいつの半周を半径7ft程度囲った。完全に囲むと、後から来たヨハンの本当の仲間も近寄れなくなるからだ。
そう、こいつの後ろから複数の足音が近づいて来ていた。
「何をしている!?」
近づいている声は騎士隊長のカールだった。
「こいつが殿下を!」
襲って来た騎士はそう言ってアイスウォールを迂回しようとしたが、カールが飛び掛かってそいつを押し倒した。後から聞いた話では、アイスウォールで防御しているのは当然私だから、剣を抜いてそこを迂回しようとしている奴は敵と判断したのだそうな。信頼されていると喜ぶべきか…
「こいつを抑えろ!」
カールは後続の騎士に指示した後、私に近寄った。私は緊張が解けてその場に倒れこんだ。近寄ったカールは私を抱き起こして尋ねた。
「テティス様!大丈夫ですか!?」
私はこれまで流した涙で顔がべとべとに濡れていたけれど、そんな事より重要な事を言わないと。
「私は大丈夫。でも、ヨハンが毒を塗った剣で斬られて、少し吸い出したけど、早く医者を呼んで…」
「無茶だ!おい!担架を二つ、医者も急いで手配しろ!」
後半は仲間の騎士に指示する言葉だった。
物音を聞いて扉に向かっていた侍女のシルビアも戻って来た。
「入って来たドアは鍵が閉まっていて通れません。みなさんの通った経路からお二人を運びましょう!」
鍵は外側からも内側からも鍵穴に鍵を突っ込まないと操作出来ないものだった。
「分かった」
カールは私を抱き上げ、またヨハンを一人に抱きかかえさせ、元来た経路を戻って二人を搬出した。
内蔵説明図を見て、肝臓と腎臓の位置を間違えて覚えていたのに気づきました。




