5−6 王立図書館 (4)
書庫の入り口に立っていた図書館付の騎士とヨハンの護衛達は、扉が内側から施錠される音を聞いた。気のせいかと思った図書館付の騎士が扉を開けようとするが、開かなかった事から第三者が侵入して鍵を閉めた事が分かった。
「一人、事務所まで行って鍵付きの職員を呼んで来てください!」
図書館付の騎士がヨハンの護衛に頼んだ。一人が事務所へ走って行き、護衛隊長のカールが尋ねた。
「他に入口は!?」
「隣の書庫から入る事は可能ですが、その場合は二人の職員が不正を働いた事になります」
重要な書庫の鍵は、勤務時間内は一人の人間が一つの扉の鍵を管理して、書庫内に不審者が入る事を防止していた。
全員が焦りを隠せなかったが、なかなか職員はやって来なかった。やがてやって来たのは呼びに行った騎士と、先程とは違う職員二人だった。
「職員三人が行方不明だ!こちらから入ってくれ!」
不審者の侵入経路がこれで判明した。ヨハンの護衛の騎士達は二手に分かれ、一方が不審者の侵入経路側の書庫の入口に向かった。それとは逆の書庫側からは護衛隊長カールの指揮する騎士達が入り、ヨハン達が入った書庫を目指した。
エリックは最初に斬り下ろして斬り上げた。その次は横に薙ぎ、戻す様にまた横に薙いだ。そこで一拍息継ぎが入り、また斬り下ろして斬り上げた。そこまででエリックはもう息が上がりそうで、はあはあ息をしていた。学院を卒業してから剣の修行は全くやっていなかったのだろう。もう一往復振らせたら、脛でも蹴ってから横っ面を短剣の柄で殴れば終わるだろうと思えた。
だが、勝つと思う瞬間が一番危険である、そんな勝負事の機微が私には分かっていなかった。私同様にエリックが限界と判断した刺客達は、ヨハンへの対応を変えた。ヨハンが二人にファイアーボールを放った刹那、残り二人は防御を捨ててヨハンに斬りかかった。
二人が斬り下ろすのは避けたヨハンは、一人の顔面の目のあたりに切りつけ、その男が怯んだ隙にもう一人の次の剣を受けようとしたが、間に合わずに左腕を斬られてしまった。
「くっ」
一言呻いたものの、傷は浅かったからヨハンは間合いを取り直して斬りあいを続けようとしたが、妙に切り傷が火照っているのを感じた。
ヨハンの呻き声と共に異変を悟ったのはテティスだった。普段はぼうっとしているヨハンの水気は、その時鈍い色が混ざった。それは多分、一太刀を受けただけではないのだろう。
(しまった!優先順位を間違えていた!)
そう、エリックとエリザベスの悪意と対峙する事など些事だった。水魔法で三人の身を守る事が最優先だったのだ。
(最速でアイスボール!)
自分の周囲に60個のアイスボールを作り、6人の刺客達に最高速で打ち出した。彼等がアイスボールの接近を認識する前に約半数が命中した。
ヨハンもシルビアも一瞬動きが止まった刺客一人ずつに斬りかかり、首筋を斬った。ヨハンとシルビアの斬りかかった相手以外はアイスボールで倒れていない以上、まだ危険な相手だった。だからその者達に4つのアイスランスをすぐに放ち、薙ぎ倒した。
アイスランスで跳ね飛ばされた4人は気絶していた。アイスランスの打撃に身構える事が出来なかったんだ。そして彼等は鎖帷子の類を着用していたらしく、アイスランスが内蔵を破る事はなかった様だ。つまり誰一人死んでいない、だから4人の手足を氷で床に縫い付けた。ヨハンの切りかかった相手はその後ヨハンに蹴り倒されていた。シルビアも相手の剣を叩き落として投げ飛ばしていた。だからその二人の刺客も手足を氷で固めて動けなくした。
「ヨハン!」
私が刺客達を動けなくしている間にヨハンは座り込んでいた。近寄ろうとする私にヨハンは言った。
「触るな…毒だ…」
ヨハンの左腕の袖に血が滲んでいる。毒…体中に回らない様に、傷の上を縛らないと…倒れている刺客のズボンのベルトを引っこ抜いてヨハンに近づくと、ヨハンはもう座っていられずに倒れ込んでしまった。
シルビアも警告した。
「お嬢様!毒の種類が分かりません!触れては二次被害に遭います!」
「傷と心臓の間を縛らないと!」
そうして毒が回るのを止めたいんだ。もう全身に回って麻痺が起こっているとしても、それ以上毒が重要器官に回るのを避けたい。だから私はヨハンの左腕の傷より肩よりの場所を刺客から奪ったベルトで縛り付けた。
「シルビア…これをお願いするのは申し訳ないんだけれど、さっきの入口まで戻って、異変を知らせて医者を呼んで来て欲しいの。他に賊がいると思うから、危険なんだけど…」
シルビアは頷いた。
「急いで医者を呼ぶ必要があります。それは私の仕事です。すぐ行ってきます」
「その黒髪の男の剣には多分、毒は塗ってないからそれを持って行って。私は何かあったらヨハンを守る為にアイスウォールで守りを固めるから安心して」
エリックの持っていた剣に近寄って、シルビアは刃を確かめていた。
「毒はなさそうですね。これで身を守ります。では、しばらくお待ちください」
「お願いね」
エリックの様な下手糞だと自分の剣で自分を斬りかねないから、きっと毒は塗っていないだろうと二人共思ったんだ。
とは言え、ゆっくり待っている暇は無い筈だ。出来る事を進めておかないと。切られた服には毒が付いている可能性がある。持っている短剣でヨハンの左腕の袖を、切り傷より上の部分で切り落とす。傷の周辺部分の皮膚は赤くなっているが、酷い変色はしていなかった。多分、鉱物性の猛毒ではなく、植物または動物性の毒なのだろう。
毒蛇に噛まれた、または蜂にさされた場合、傷口から毒を吸い出す応急処置も存在するけれど…本人が吸い取るならともかく、他人が吸い取る場合は被害者が二人に増える可能性があった…でも、これは私のミスの結果なんだから。
相手の意図など気にせずに力ずくでまず倒す、それをテティスは失念しておりました。だって、それって脳筋っぽくて嫌だった…そういう状況ではないんですがね。
全員が鎖帷子を服の下に着ていた、だから盾を持っていなかった、そういう設定だからエリックが両手で剣を振れました。また、だからアイスランスで死人が出ない。なんか、色々考えないと当初作者がイメージした殺陣が成立しません。




