5−5 王立図書館 (3)
ベスお姉様、あんな男に私を殺させて、それで満足だと言うの?もし個人的に私を恨んでいたとしても、それであなたの今の問題が前向きに転がる理由は無いのよ?単に人が一人死ぬだけ。それが嬉しいと言うの?でも、私だって他人の勝手な思惑で死にたくない。あなたとエリックなんて言う下衆の感情論、私の実力で打ち破ってあげる。だから私は短剣を抜いた。
「テティス!」
ヨハンはテティスを近寄らせようと呼んだが、返事は無かった。前から来た三人の内、二人はヨハンに対して片手剣を向けて牽制している。一人はシルビアに片手剣を向けている。
「おい、お前の属性は何だ!?」
ヨハンはシルビアに魔法属性を尋ねた。
「火です」
この重要書類が保管してある書庫で火魔法を使えば重罪だし、ヨハンが正当防衛で使ったとしても国際問題になる。
「俺が残りを引き付ける。そいつを何とかしろ!」
「分かりました」
シルビアは自分に剣を向ける男に短剣を構えて踏み込んだ。男の片手剣が振られ、シルビアはサイドステップで躱し、また踏み込もうとする。男は剣を前に出し、また牽制の構えをした。ここにいるヨハン側の人間三人の中で、一番重要性の低いのはシルビアだ。最悪逃げられても良いから、残り二人に止めを刺すまで牽制を続けるつもりだろう。そして、実力はともかく、片手剣と短剣の間合いの差、男と女の間合いの差の二点でシルビアは不利だった。だからシルビアも牽制をしつつ相手の隙を突く以外の手段は無かった。
ヨハンは牽制として小さなファイアーボールを二つ放ち、その間に反転してテティスに近づこうとした。ファイアーボールは書類にぶつける訳にはいかないから、男達の近くで破裂させた。男達もここで本気の火魔法は使えないと分かっていたから、一度避けるとヨハンを追って動いた。
「テティス!」
ヨハンの再度の呼びかけにもテティスは反応しなかった。じっと黒髪の男に向かって短剣を構えている。
(あれが因縁の男か。その男の向こうの姉の意図でも考えているんだろう。そんな余計な事は薙ぎ倒した後で考える様に北の地で訓練したんじゃなかったのか!?)
どちらにせよ、テティスは相手の事ばかり考える女である。ここで何を言っても届かない以上、ヨハンはヨハンで他の敵を倒してテティスを助ける以外にない。
テティスには因縁の男が向かい、後方から来た残り二人はヨハンに向かって来た。前から来た男達の内二人はやはりヨハンに向かって来ている。この襲撃の主目標はヨハンである事は明らかだった。
テティスに向かって来た男、エリックは片手剣を両手に持って思いっきりテティスに斬りかかった。テティスはサイドステップしながら、エリックの追撃に備えて逆手に構えた短剣を前に出した。両手で持った片手剣を思いっきり振り下ろしたエリックは、そのまま剣を背中側に振りぬいた。そして、その剣を返して、今度は思いっきり切り上げた。テティスから見れば、本職の騎士が操る槍の方が速度は速い。でも、勢い余ってふらつくエリックの太刀筋は不安定で、上手く避ける自信は無かった。そこで気付いた。
(まだ攻撃を教わってない!!)
お姉様達に負けたくない、それしか考えていなかったから、自分の実力ってものを認識していなかった。そして、攻撃、とは人を斬るという事だった。それに気付いて、腰が引けてしまった。
エリックはここでテティスが腰が引けた理由が、魔法学院で剣の授業を受けて心得のあるエリックの剣に怯えた、と受け取った。馬鹿は有利になるととことん付け上がるものである。元々この男は思い込みの激しい性格だから、勝ち誇って大声を上げた。
「ははっ、ざまあないな。お前一人では何も出来ない癖に、エリザベスさんの未来を邪魔するからこんな目に遭うんだ!」
この場にいるエリック以外全員が、一人では何も出来ないのはお前だろ、と思ったが、エリック以外全員が命のやり取りの最中に口を開く事の無意味さを知っていたから黙っていた。
(二太刀振っただけでふらつく癖に偉そうに!)
テティスはそう思った。強化魔法を使って持久戦に持ち込めば隙が出来る、その時に短剣の柄で思いっきり殴ろう、そう決心した。
一方、ヨハンは牽制しか出来ないファイアーボールを二つづつ操りながら、残り二人の剣を避け続けていた。ヨハンに向かって来た四人の男達は、ファイアーボールを避けつつ互いの位置を修正しながら包囲間隔が均等になる様にしていた。互いの剣が万一ぶつかった時、小柄なヨハンが屈んで逃げ出す事が無い様に気を使っていたのだ。ヨハンはヨハンでテティスに加勢する事を考えていたから、そういう逃げ方は考えていなかったのだが。
牽制する男達と包囲の隙を見て斬りかかろうとするヨハン、牽制として短剣を出そうとすると、ファイアーボールを受けていない残り一人が斬りかかろうとする、そういう双方の牽制でヨハンと男達の勝負も持久戦になりつつあった。
要するに、三組がそれぞれ牽制しあう場面になってしまっていた。その中で明らかに不利なのは四対一のヨハンだった。
いえ、読者の皆様の言いたいことは分かります。明日まで待ってね。




