5−4 王立図書館 (2)
ヨハンは前もってファインズ家に話を通していたらしい。特待生関係の設備を囲む壁の入り口である門の前には、ファインズ家の馬車が待っていた。その後ろに控えるアルベルト商会の馬車にヨハンの護衛達が乗り込んでいく。その護衛達の中に、三人程見かけない人物がいる。護衛達を見ている私に、ヨハンが声をかける。
「ああ、今後の行動にはより多くの護衛がいないと対処できない為、新規に総領事の手の者を借りているんだ。新学期までには帝国から新規の護衛が加わる。身元は確かだから、何かあったら頼りにしていい」
そうだろうか…何か水気がおかしい人物が一人いた…私をちらっと見た人物だ。一般人の服装をしているが、剣をぶら下げている。
「何か気になるか?」
「うん…私を見た人がいたんだ。見かけない人で」
「分かった。新人は直接護衛から外す様に隊長のカールに言っておく」
「ごめんね、変な事を言って」
「俺達にとってもお前は最も信用する人物の一人だ。だから、その言葉を軽く見るつもりはない」
「いや、そこまで本格的に気になる訳じゃないけど」
「牛やらトカゲで当たりを引くお前だ。何を引くか分からんから言う事は気に留めておく」
「トカゲを引っ張り出したのはヨハンじゃない…」
「お前が見つけなければフレームランスなんか打ってないさ」
「川が近くに無いところであれは止めてよね」
「分かった。いざとなったら消してくれよ」
「ううっ、いつか火付盗賊改方に通報してやる」
「消してからにしてくれ」
王立図書館に到着したヨハンは、先に降りて私の降車に手を貸すと、その後にアルベルト商会の馬車からカールを連れ出し、耳に一言ささやいていた。何もないと良いんだけれどね。
王立図書館の奥の書庫は、事前に申請しないと入場出来ないし、貴族でも上位貴族でないと入場が許可されない。担当の職員が申請書をチェックし、サインをした。一人の職員は開錠をして事務所に帰って行ったが、騎士が入口に立って入退場を監視する様だ。申請済みの護身用の短剣を見せて、扉をくぐる。
一人の職員と一人の騎士がそのまま私達に付いて来て、その後をヨハンの護衛達が付いて来る。彼等は書庫の内部には入れないが、その代わりに持てる武器は片手剣とバックラーになっている様だ。
「こちらが過去の記録の保管庫になります」
そこで職員が鍵を開け、王国側の騎士が扉を開けてヨハンと私とファインズ家の侍女のシルビアだけ中に通した。護衛の騎士を含めて、許可されていない者は入場を許可されないのだ。そして、職員は一度事務所に戻る様だ。
書庫は本来であれば明かり取りの窓を閉めて、書類の劣化を避けていると思われるけれど、今日は申請をしていたから明かり取りの窓が開いていた。だから中を歩く事は出来るが、書類を読もうとすると明かり取り窓の近くのテーブルに行かないといけない。
「まず、先代聖女の選考の記録を見ようか」
「…そんな重大な資料を見に来たの!?よく許可が降りたね!?」
「俺だからな。聖女関係は優先させて貰える」
「先代の聖女はこの国の王妃になったから、ってやつね?」
「そういう事だ」
先代聖女、王太后のジュディス様が聖女選考に挑んだのは四十数年前だ。下位貴族の令嬢だったが、先々代の聖女がなくなる直前には既に『西部の聖女』と呼ばれる程に優れた治癒魔法師だったと言う。その他に教会で聖魔法を学んでいたカミラ女史と侯爵令嬢が有力候補とされたが、ジュディス様の聖魔力は頭一つ抜けていた。
「侯爵名はラッセルじゃないね」
「そういう遺恨は無い様だな。その前の記録を見るか」
ところが、その前の聖女はシュバルツブルグの聖女候補が就任したたから、この国の記録としては、今一つの聖女候補達の団栗の背比べの記録しか残っていなかった。
「これも北部の聖女候補に何か問題があったとは書いていないな」
「さりげなく王子の取り合いになった様な事が書かれている様に見えるけど…」
「女の集団は恐いな」
「ここにも二人いるんだから、言葉には気を付けてね」
「ファインズ家の侍女の忠誠心は信用している。お前の事を貶さなければ怒らないさ」
「無茶ぶりはよくされてるけどね」
「理に適った事しか言ってない筈だぞ」
ここで、湿気を感じた。小動物のものじゃない。人間が動いている。書類に湿気があるし、本棚一杯に書類が詰めてあるから水気が判別しにくくなっていたけど何とか感じる事が出来た。複数が移動しているからだ。ヨハンと侍女のシルビアを交互に見る。今は入って来た扉から少し離れてしまっている。相手に気づかれない様に移動したい。ヨハンは唇の前に指を立てた。
私達は入って来た扉に移動しようとしたが、前から三人の男が現れた。その時、後ろから走って来る男達の足音が聞こえた。その中の一人の水気はこの間に見た男のものだった。私は思わず振り向いてその男を見た。
その黒髪の男は笑った。悪意の籠った笑いだった。その男の水気は赤と黄色に染まっていた。赤は私に対する怒りだ。そして黄色は、彼が認識しているところの悪である私を害する事が出来る喜び、歓喜だった。
その男、エリック・バーナーズ…今は勘当されてただのエリックは、片手剣を抜いてこちらに走って来た。
焦らさずに出します、エリックを。5章は短いって言ったよね?だからですが、このままだと5−12くらいまで終わらなそうです。あと、火付盗賊改方はただのジョークです。でも、火事専門の捜査部門は多分いると思います。
焦らす訳ではありませんが、明日はお休みします。土曜に次回更新致します。




