5−3 魔法学院の寮に戻る
養家から学院の寮に戻るにあたり、侍女のシルビアとその他にメイド一人が付いて来た。三週間以上空けていた部屋の掃除をしてくれるんだ。また、新学期に向けて完全オーダーメイドの制服を持って来てくれた。これで新学期からはファインズ侯爵家の名に恥じない制服が着れる。顔が子供っぽいとか中身が呑気だとか問題があるけれど、とりあえず制服だけは恥じないで済む!
片付けが終わってシルビアとメイドが帰る時、寮母室に手紙を届けて貰った。男子寮のヨハンに昨日お義姉様から聞いた情報を伝えないといけないと思ったんだ。すると、ヨハンからは夕食を共にしよう、と返事が返って来た。
「オオトカゲは食べたか?淡泊だったな」
「ああ、特待生寮にも送られて来たのね。ファインズ家ではシチューにして食べたわ」
「シチューなら食べ易かったか?こちらはさんざん包丁で叩いた挙句に一口ステーキにしてうす味ソースをかけていた。まあオオトカゲの肉に味はないと分かったのは良い経験だろうが」
「濃い味で煮込んじゃったら肉の味なんて分からないよね」
「そうだろうな」
「その席で、ファインズ侯爵が教えてくれたんだけど、大オオトカゲは脳の後ろの魔力発生器官が異常に大きくて、それが魔力の大きさになっているんだろうって」
「ああ、それもリチャードから聞いた。あと、下品な話題で済まないが、あいつはオスだけどもう枯れていたんだと」
「…そういう返事に困る事を言わないでよ」
「態々リチャードが教えてくれたんだ。他人に聞かせたいと思うだろう普通」
「ああ、澄ましているけどリチャード殿下も男だから、そういう話題が好きだと喋りたいのね」
「お前にしては察しが良いな」
「それで、ファインズ家のお義姉様がお茶会で仕入れて来た話なんだけど、例の王領に現れた男。エリック・バーナーズという男爵子息だったらしいだけど、今は勘当されて行方不明だって。エリザベスお姉様に付きまとっていたけど、引き離す為に婚約者を作ったら、今度はその婚約者に付きまとって破談になったと。婚約者二人に逃げられて、貴族界隈の結婚は絶望になっていたそうよ」
「…中々お茶会情報も馬鹿に出来ないな。リチャードから聞いた話とほぼ一緒だ。他に情報は無いか?信頼性が低くても良い。リチャードも見失っていて、困っているんだ」
「え!?王領で閉じ込めているんじゃないの!?」
「泳がせて関係者を釣ろうとしていたんだが、俺達が出発した次の日に王領を追放になった後、次の日から姿が見えないんだ」
「あ~…リチャード殿下はそういうの好きみたいだけど、ベスお姉様からエリック・バーナーズの情報が知られずにどこかに漏れたり、色々上手くいってないよね…」
「まあ、あいつが悪いと言うより、隠密やら騎士やらの練度が低いのか、相手が上手なのかどちらかだろう。俺とて手足が無能なら仕事は出来ない」
「そういう情報があると、つまりこちらは守りに入るしかない、と言う事でしょう?」
「そうなるな。下手に動いて先回りされると辛い事になる」
「まあ、この夏休みは遠くまで行ったから特に思い残す事はないけど」
「ちょっと嫌味に聞こえるぞ」
「今までで最も北に行けた事は良い経験だったと思ってるわ」
「大丈夫だ。来年か再来年か、その先にまた招待状が来るだろうよ」
「げー」
「ところで、お義姉様が仕入れて来た情報で、そのエリックは学院では勉強が出来ない、魔法も駄目、剣も駄目って言われてたそうなの」
「女の尻を追いかけるのに夢中ならそうなるだろうな」
「で、そんな男を何に使う目的で、何らかの組織が動いているのかしら?足手まといだと思うの」
「…なるほど、何か使い道があるから使っているとしたら、何か持っている可能性があるかもしれないな」
「そこもリチャード殿下に尋ねてみて欲しいの」
「分かった。良い指摘だ。ありがとう」
「と言う事でだな、まだ連中が王都に入ったと言う情報が無い。あまり時間が経つと王都に潜入される可能性があるから、今の内にお前にサービスしておこうと思ってる。明日、王立図書館に行かないか?」
「ええと、つまり我々は優先道路を真っすぐに帰って来て、それから明日で五日だから、まだエリックとその背後の人達は王都に来ていないという判断なのね?」
「そういう事だ。王都の入門検査は全員顔見分をしているが、それらしい人物の入門情報はない。王都内を移動するなら今の内だろう」
「…うん、王立図書館には行きたいし、王立機関なら入場者の検査は厳しいでしょうから」
「ましてや、俺達が入るのは人が少ない許可申請が必要なところだ。いざと言う時の護身用の武器も申請している」
「え、剣とか渡されても私は振れないよ?」
「流石に重要な書庫に入るには短剣以上のものは持ち込めない。通路までは護衛に片手剣の所持が許可されるから、危険発生時は通路まで逃げれば良い」
「まあ、図書館の通路にまで武装した護衛がいるなら、そうそう問題は起きないでしょうね」
「そういう事で、明日の午後は図書館、それで良いか?」
「うん。だけど、私へのサービスとか言いながら、きっとヨハンが調べものをしたいんだよね?」
「話が早くて助かる。聖女候補選びについての王国の過去の記録を見たくてな。今、北部のラッセルとかいう家が妙に王家に突っかかっているが、聖女候補選びで王家と何か因縁がないかと思ってな」
「あ~、ラッセル家の祖先が聖女候補として婚約者を王家に取られたとか、そんな感じ?」
「まあ、そういう色恋関係もあるかもしれないが、この場合はどこかの家の不満に対してラッセル家が代弁してやっている可能性もあるしな」
「ああ、北部内での人気取りをして、主導権を取ろうとか?」
「現状の王家の祖先に血筋の怪しい奴がいるから、反乱を起こしても正当性があるとかな」
「でもさ、王家の血統に不味い点があったら、そんな記述がある本を王立図書館に置かないよね?」
「それでもだ。話の不整合とか気になる点が出て来る筈だ。まあ明確な情報があるとは思えないが、歴史は繰り返すとか、十年前の因縁が発端になっているとかあるから、過去の歴史を知る事は重要なんだよ」
「それは、リチャード殿下の危機感が足りないとか、そういう印象でもあるの?」
「いや、危機感は相当にある。それだけに、こちらに情報が無いといざと言う時に対応が遅れかねない。言葉になっていない情報を集めておきたいんだ」
「うん、それはそうね」
彼岸を過ぎて涼しくなりましたね。それでも彼岸花が咲き始める時期がコロナ以前より遅いから、やっぱり年々夏が長引いているのでしょうね。




