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5−2 ファインズ家の食卓

 養家では義母と義姉が迎えてくれた。

「お疲れ様。無事帰って来てくれて嬉しいわ」

「ありがとうございます。ただいま帰りました」

お義母様に挨拶をしていると、お義姉様が待ちきれずに尋ねて来た。

「ねぇねぇ、狩りはどうだった!?大物は狩れた?」

これには苦笑いするしかなかった。

「一部に国境警備に関わる問題があって、詳細を話せない部分があるんです。ただ、お土産はあちらに」

その時、騎士団の馬車から氷漬けの鹿頭が台車に降ろされていた。

「大きいわね…あれが獲物?」

「お肉は王領の方で騎士団の人に食べられちゃったと思うんですが。どうやらああいうのを屋敷に飾る風習があるのか、頭だけくれたんです」

これにはお義母様が苦笑いしながら応えた。

「旦那様に聞かないと分からないけれど、男の人はああいうものを飾るのが好きですからね…」

お義姉様は前向きな様だった。

「良いじゃない!飾ろうよ!綺麗そうだから、飾るのに丁度良いでしょう」

とりあえず氷漬けの鹿頭は物置送りになった。


 侯爵が帰宅するまで、三人でお茶をしながら旅の話をする事になった。

「とにかく一週間の移動が大変で。1時間ごとに休憩が入りますが、ちゃんとした設備に停止するのは二回に一回だから、その時に用は済ませる事になりまして。特に娯楽もないので、停車した場所の周囲の自然を眺めるくらいしかやる事もありませんので、退屈な事は確かです」

「北の外れの王領に行く資格のある人は少ないから、貴重な経験が出来たと喜ぶべきね」

お義姉様はそう言うが、貴重というか危険な目にもあった。

「それで、報告しないといけない事があります。王領の商店街で、暴漢、とまでは言えませんが、実家の下の姉の知人が近寄ってきて、騎士団に突き出されました」

「どういう方?」

「下の姉の婚約者は、グラントン公爵領の夏のお茶会で知り合ったのですが、その時に私も同行して、商店街で一度会ったきりの人です」

「名前は分かる?」

「いえ、確かその場に通りがかった姉は名前を呼んでいたと思うんですが、姉も迷惑そうに話していたので、碌な人ではないと思って名前は憶えていないんです」

「名前などについては現地の騎士団から王都の騎士団に連絡が行くと思うから、旦那様に聞いて貰いましょう」

「はい、お願いします。顛末が分かればそれも是非」

お義姉様は更に情報を欲しがった。

「あなたのお姉様は私の一つ上だったっけ?名前は何度か聞いた気がするから、知り合いが何か知ってるかもしれない」

「私の三才上なので、お義姉様の一つ上です。一年の前期には付きまとわれていた様です」

「今度友人に会ったら聞いてみるわ。そういう話はみんな敏感だから何か知ってると思うわ」

「無理にとは言いませんが、よろしくお願いします」


 その夕方帰って来たグレゴリー・ファインズ侯爵をお義母様と並んで迎えた。

「ああ、無事帰って来てくれて嬉しいよ。今晩は差し支えない範囲で良いから思い出話を聞かせてくれ」

穏やかに笑うお義父様に心が温かくなる。もちろん、貴族だから愛想笑いぐらいするが、お義父様の水気は穏やかだったから、心からの言葉だったと思う…それにしても『差し支えない範囲』と言う言葉が何らかの情報を王家から伝えられている事を示している。そんなに大袈裟な事じゃないと思っているんですけど…


 私が王都に戻って三日後、夕食に『オオトカゲ』の肉のシチューが出た。え~、あれ食べるの?

「普通の三倍もの大きさのオオトカゲが手に入ったとの事で、騎士団からお裾分けを貰ったんだ」

お義父様の言葉に、ちろん、とお義母様とお義姉様が視線をこちらに寄越す。いえ、誰がどうして手に入ったかは機密なんです。


 次男のノーマンと三男のキースは瞳をキラキラ輝かせている。男の子は怪獣が好きなんだね。

「お父様、そんな大きなオオトカゲはどこに出たんですか?」

「ははっ、もちろん北の外れだよ。騎士団が大分苦労したらしい」

お義母様とお義姉様がやはり視線をこちらに寄越す。いや、運ぶのに苦労してましたよ多分。

「そんなに大きなオオトカゲなら、色々凄いんでしょうね?」

何が色々凄いんだろう。解剖しているのを見ていないから分からない。ああ、皮が凄く固かったね。

「そうだね。頭部を解剖して分かったんだが、脳は通常のオオトカゲより一回り大きかったんだけど、人間よりはずっと小さかったんだそうな。所詮はトカゲ、大きくなっても他の生き物に変化する事は出来なかったんだろうね」

ふむふむ、でも人間より魔力は強かったんだけど。どうしてなんだろう。次男のノーマンがまた尋ねた。

「じゃあ、頭は大きいだけで空っぽなの?」

お義母様もお義姉様も苦笑している。頭空っぽは貴族が使って良い言葉じゃない。それにお義父様が応えた。

「それがね、脳自体は小さいんだが、魔力を発生する器官と思われる部分が脳の後ろに付いていて、それが通常のオオトカゲの5倍もあったそうだ。そうなると人間の魔力器官より大きい事になるね。だから、このオオトカゲは魔法を受け付けなかったらしいよ」

お義父様が一瞬私を見た。態々、私にそれを聞かせたかったんだろう。いや、私の脳は人並ですよ。ヨハン同様、小顔の童顔ですもの。


 オオトカゲのお肉は特別味が良い訳では無かった。だからじっくり煮込んで味を染み込ませたんだ。魔獣のいる土地で食料に困っても、オオトカゲを狩るのは止めよう。労多くして得るものが少ないわ。


 その日の晩、お義姉様が私の部屋にやって来た。

「明日は寮に戻るって言っていたから、急いで話そうと思って。カーライル家のエリザベスさんに付きまとっていた男の事だけど、有名だったわ。エリック・バーナーズ、男爵家の三男。エリザベスさんに付きまとっているのをヘイスティング伯爵家とカーライル伯爵家から抗議を受けて、両親が婚約を纏めたんだけど、今度は婚約者にあれこれ難癖やら指図やらをして婚約解消になったそうよ。そうして二回婚約者に逃げられて、結婚相手が見つからなくなったんだって。今は実家から勘当されて行方不明だって言うから、気を付けた方が良いわ」

「…分かりました」

「あと、ここから後は淑女協定で男性には決して話してはいけない情報だから、それは気を付けて。昨年の三年三組の女子が作ったクラスの男子生徒評価一覧で、エリック・バーナーズの評価は以下の通りよ」

「顔:C、頭:C、魔法:C、剣:C、性格:論外」

「最低評価なんですね…今のクラスでそういう話は聞いた事がないんですが、今もやっているんでしょうか?」

「多分、あなたは親しくしている男性がいるから、クラスの女子のリーダーが話を止めているんでしょう」

「…それはともかく、男子もやってそうですね」

「それは紳士協定で決して女子には漏れてこないのよ」

 頭:C って評価を聞いたら、ショックでグルカ兵のナイフとか振り回す人がいそうです。

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