5−1 王都に戻る
そう言う訳で、王都に戻るまでは定期的に冷却魔法を使う以外に仕事は無かった。馬車の休憩所も宿所も行きと同じだった。
そして王都に入門し、第一騎士団の宿舎近くの倉庫に牛さんとトカゲさんは入れられた。魔法アカデミーの人間が指図して設置場所を決めたが、ミノタウロス、大オオトカゲの頭部、胴、尻尾のそれぞれに三人ずつ水魔法師がついて、冷却しなおした。ちなみに、馬車に乗せるために胴と尻尾は切断されていた。解剖する人間の人数に余裕がなく、順に解剖して解剖図を書く為、後回しの部位は毎日冷却しないといけない。
そうこうしている間に、近衛の集団がやって来た。近衛は王に忠誠を誓い、王族の警護をしている。警護された一人はリチャード殿下で、集団から抜け出して大オオトカゲの頭部に近づいて来た。その後に警護を引き連れた中年男性が歩いて来た。思わずその場にいた近衛以外の人間が跪いて頭を下げた。あれが国王陛下という訳だ。
私とヨハンは大オオトカゲの頭部近くにいたが、国王はヨハンに近づいて来た。
「ヨハン殿下、北の国境までの遠征、大儀であった」
「こちらこそ、国境警備の最前線に外国人が足を踏み入れる事をお許しいただき、ありがとうございました」
「それで、成果となるオオトカゲとミノタウロスだが、どの様に仕留めたのか、その場で見た人間の報告を聞きたい。聞かせて貰えないか」
「勿論です。オオトカゲの方は赤背、つまり魔法無効の効果がありました。その効果が10ftの距離までだった為、20ft上空から尖らせたアイスランスを首に落とし、切れ目をいれて出血させました。出血によりオオトカゲの魔法効果が弱まったところで頭部周辺を凍らせ、活動が鈍っている時に首の両側に傷を付けて出血により絶命させました。」
「ミノタウロスはアイスランスによる打撃には耐えたので、周囲から凍らせて絶命させました」
誰がアイスランスを、誰が冷却を、は報告しないでも分かっているのだろうか。やったのはしがない特待生の一人なんだけど。
「うむ。いずれにせよ、傷の少ないサンプルが手に入って王国の魔獣研究も捗る。この研究成果はシュバルツブルグ帝国関係者にも、申請があれば閲覧を許可しよう」
「ありがとうございます」
その会話が終わると、国王陛下は城へ戻って行った。
ヨハンはリチャード殿下と少し会話をした後、私に向かって言った。
「第一騎士団に送って貰えるそうだから、一先ず養家に帰れ。学院の寮に戻って来たらまた話そう」
「うん、分かった」
ヨハンはリチャード殿下と話す事があるんだね。聖女が見つかったのなら良いのだけれど。
そのリチャード殿下とヨハンは、城に移動して話を始めた。
「討伐内容については王領からすでに報告が届いている。報告内容について確かめる必要があればまた話を聞きたい」
「第三騎士団の方は最初から最後まで見ているからな。その報告を正として見て貰えれば問題ないだろう」
「そうだな。そして問題は、王領でテティス嬢を襲った男なんだが。名前はエリック・バーナーズだった」
「過去形か。もう勘当されたか」
「それはそうだ。息子がどうやって王領まで移動したかも、誰が手引きしたかも実家では答えられない。縁を切って、以後平民として処分してくれ、という態度を取るしかないだろう」
「で、何時まで消息が掴めていたんだ?」
「ヨハン達が王領を出発した翌日に王領から追放したんだが、翌日には消息が分からなくなった。消された形跡も見当たらない」
「北部の貴族は動いているのか?」
「隠密調査を行っているが、特に阻止行動もされていない。つまり、既に周辺地区にはいないんだ」
「目的は白状したのか?」
「意固地になっていたらしく、何もしゃべらなかった。あの男は学院1年生の間はエリザベス・カーライルに付きまとった。その後、実家が同級生の婚約者を見繕ったんだが、今度はその女に付きまとって先方から破談を申し入れて来た。それを二人繰り返したところで相手がもういなくなった。それで卒業後に家業の手伝いをさせていたんだが、エリザベス嬢の結婚が駄目になってからまた様子がおかしくなって、先日行方不明になったとの事だ」
「付きまとい気質か。人の話を聞かないとも聞いたが?」
「勿論、実家は何度も説教をしたと言っている。実家の教育が悪いからそんな男に育ったのに、その親が何を言っても効果はないだろ」
「自分の価値観、感情論を優先しているのか。また何かやりそうだな」
「王領を追放して、その後を追って関係者の割り出しをしようとしたんだが、こうも綺麗に消えるとはな」
「犯罪行為に慣れたバックなんだろうな」
「まあな。だから、魔法学院と特待生寮は影ながら厳重に警備する」
「そのうち、あいつが誰かに覗かれてる気がする、って言い出すぞ」
「その時はヨハンが宥めてくれ」
「そのバーナーズの息子の事は喋ってくれないんだよな。だから話し難いんだ」
「ヨハンにしては弱気だな。彼女の安全がかかっているんだ。上手く説得してくれ」
「まあ、養家の馬車以外で学院を出る時は、俺と護衛で守ろう」
「頼むぞ。貴重な才能である事は証明されたのだからな」
「あいつは呑気でな。こっちが一々指示しないと危なっかしい」
「まあ、そういうのも使い様だ」
「それで、聖女候補は見つかったのか?」
「北部が頑なに調査を拒んでいる。だから南部で探しているが、有力な候補はいない。北部はこれを理由に王家が聖魔法師を取り上げるのを警戒しているとは思うんだが、あまりに頑ななんだ。教会のイベントで人を集めて探す事を考えている」
「今の聖女候補は絶対に聖女になれないぞ?」
「分かっている。あの程度なら南部でも見つかっているが、その程度なんだ。困っている」
「とりあえずアレより人格がマシなら、そいつを連れて来るしかないんじゃないか?」
「それが、やはり平民でな。連れて来るとなるとそれなりに教育期間が欲しいんだ」
「アレは完全に教育が足りてないからな」
「アレを教育して何とかなるとも思えないぞ」
「ならとりあえず対抗出来るのを連れて来いよ」
「まあ、話は進めている」
森山直太朗氏の親の良子さんの「アレ・アレ・アレ」は楽しい曲ですよね。
ちなみに、シュバルツブルグ帝国の方は既に有力な聖女候補がいるので、セシリアでは勝負にならないとヨハンは知っています。




