4−17 王領出発前の一日
大オオトカゲはどうせ明日に移動させるから、と馬車に乗せたまま冷凍させる事になった。夜に凍らせても朝には溶けてると思うんだけど。一応強めに冷やしておく。
そして朝、ミノタウロス氷を取り出し、それ以外の氷を蒸発させる。ミノタウロスは台車に乗せて丁寧に運ばれ、幌馬車の中に横たえられた。
「ねぇ、ヨハン。大オオトカゲはみんな積み下ろしを嫌がってるけど、このまま王都まで運ぶの?」
「そうだな…労力を無駄使いしたくないから、このまま運ぶ事になるかもしれないな」
「そうすると、北の騎士団の馬車が減っちゃうよ?」
「一時的に他所から借りる事になるかもしれないが、全ては王領の城塞の騎士団司令部がどう判断するかだ。ここでどうこう言っても仕方がない」
ミノタウロスの積み込み後に朝食を取り、出発準備をする。何となくリアンナ王女がヨハンと距離を取っている気がする。喧嘩したのかな…明日の朝別れると、もうリアンナ王女はヨハンと親しく話せないかもしれない…ヨハンの方から声をかけてあげないかなぁ…
そういう話をすると私とヨハンに距離が出来てしまうかもしれないから、夕方に王領の城塞に着いてから話をしてみよう。
走り出した馬車の中で、ヨハンが私に尋ねた。
「北の外れに来て、何か思う事はあったか?」
一番心に残ったのは、一角ウサギちゃんが色んな魔獣に混じって健気に生きている事よね。私も頑張って生き延びる様にするわ。と、ヨハンに言うと何か言われそうだ。違う話にしよう。
「緑の多い山々を歩くと、のんびりした気になるわね」
「…魔獣の中を歩いた感想がそれかよ?」
あれ、これも駄目か。
「じゃあ、牛さん、怒ると元気だったね」
「…『牛さん』かよ!?上級魔獣が!?」
え~、文句多いよヨハン。
「じゃあ、大オオトカゲは大きかったけど、あれで何人分防具が作れるかな?」
「…せっかく全身持って帰るんだから、剥製にして保存するとか考えないのか?」
「いや、もう私のものじゃないし」
「……お前は本当に呑気だな」
田舎者なんだからこんなものよ!
昼食の時もヨハンとリアンナ王女の間に会話が無かった。こんなところまで来て、リアンナ王女の楽しみは多分ヨハンとの会話だった筈なのに、これで別れてしまっては可哀相だ。夕方、城塞に着いたらヨハンに一言言おう。
城塞が見える頃に、ヨハンが明日以降の事を言い出した。
「明日以降は休憩ごとに順番に荷物を冷却してもらう。変な疲れを残さない様に早く寝ろよ」
「うん。私の方はそれで良いんだけど、一言お願いがあって…」
「何だ?土産を買いに行くのは保安上難しいぞ?」
保安上難しい…あの男の背後関係がまだ掴めていないんだね。
「土産は鹿頭を持って行くから良いと思う。私の事じゃなくて、リアンナ王女の事なんだけど」
「リアンナがどうした?」
「うん。今日はヨハンとリアンナ王女に妙な距離があるから、喧嘩でもしたのかな、と思って。悪いけど、ヨハンの方から折れてあげられないかな?」
「…俺から折れると言われてもな?」
「ヨハンはさ、話し方から誤解されやすそうだけど、私とか未熟な人を思いやれる優しさがあるでしょ?だから、年少のリアンナ王女にも譲ってあげられないかな、と思うの。休み明けにはもう次の聖女候補が現れるかもしれない。今度こそ本命が。そうなったら、リアンナ王女と親しく話す事も難しくなるでしょ?だから、ここは折れて、最後の夜なんだから仲良く話をしてあげて欲しいの」
ヨハンは眉を顰めて暫く黙っていた。でもヨハン、女は小さくても女なんだよ?小さくても恋もするし、幻滅もするし、悲しみもする。思いやってあげて欲しいよ。
「…まあ、良い。お前の忠告を受けて、と言えば俺も話し易い。そういう事なら折を見てリアンナに話かけてみる」
うん。ヨハンならそう言ってくれると思ったよ。
「ありがとう。この借りはいつか返すからね」
ヨハンは視線を逸らした。
「借りでも何でもないから気にするな。確かにこの国の王族としこりが残ると不味いのは確かだ」
「うん。うん。そうだね」
ヨハンの視線は私に帰ってこなかった。照れてるのね、ヨハン。
そして城塞の横の王家の別荘に帰った私は、シルビアの入れてくれたお茶を飲んで呆けていた。この2週間の疲れをようやく感じ始めていたのかもしれない。荷造りはリーゼが別荘のメイドを使って進めてくれている。
一方、ヨハンはリアンナ王女を訪問していた。
「邪魔するぞ。追加情報があるんでな」
リアンナはヨハンと距離を感じていたから、これには驚いた。
「どうしたの?昨日の件で、まだ念押しが必要と思っているの?」
リアンナはヨハンがテティスを大事にしているので僻んでいた。あくまで内心でだが。
「いや、追加情報があると言ったろ。まあ、まず言わないといけない事を言う。昨日はきつい事を言って済まなかったな」
急に方向転換したヨハンの発言に、リアンナは驚いた。
「どうしたの?何か悪い物でも食べたの?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ?俺だってお前の事を親しい友人だと思っているから、機嫌を損ねたら謝るぐらいはするぞ?」
「いや、ヨハンは謝らない方でしょ。何があったの?」
「まあ、それが追加情報だ。テティスがお前に謝って来い、と言い出したんだ」
「何故!?」
「つまり、今後王都に戻っても、今よりマシな聖女候補が現れたら、そいつ以外の女と親しくは出来ない。だから今の内に仲直りをして話しておけ、と言うんだよ、あいつは」
「でも、それはあの人もそうでしょ?それにヨハンが他の女と仲良くして良いの?」
「そこがあいつらしいところだ。お前に共感して、お前の気持ちが上向く様に俺に動いて欲しいんだな」
「いや、でも、それって…」
「だから、そういう奴だと言っているんだ。自分で決めて自分の為に動くより、他人の気持ちの方が気になるんだろうな」
「……」
「まあ、だから、リアンナ、お前も聖女候補なんかに気を使う事はないからな。聖女なら、きっと、むしろリアンナの気持ちを優先してくれる。そうでない奴はきっと聖女になれない」
「…そうかもしれないけど。でも、私だってヨハンと聖女候補の気持ちを気にするよ」
「だから、そこまで気にしないで良い。話したい事があれば話してくれ。そして、テティスはそういう奴だから、兵として使うより、もっと人と人の潤滑剤の役の方が似合う気がするぞ」
「…そうかも知れないわね」
「まあ、そういう訳だから、昨日はきつく言って悪かったな。今後もリチャードには言えない愚痴とかを聞いてやるから、それで許してくれ」
「何でリチャードお兄様の文句を言いたくなると思うのよ?」
「だって、あいつ堅いだろ。年中相手をしてると辛かろう」
「肯定は出来ないけど」
「否定はしないんだな?」
ふふふ、とリアンナは微笑んだ。
「ありがとう、ヨハン。王都に戻っても仲良くしてね」
「勿論だ」
そう言いながら、リアンナは思った。
(あの人に言われたからそう言ってくれるんじゃない。結局、私よりあの人の方が重要なのね…そして、テティスさん…この借りは返すからね。聖女に負けそうになった時に、一回だけ)
リアンナ…それだとヨハンの仕事の邪魔をするって事だと思う。
明日から5章、舞台は王都に戻ります。




