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4−16 北の砦で最後の夜

 川の下流に人の水気を感じなかったので、途中で一休みをした。その後に再び川を下り、人が集まっている場所で川原に大オオトカゲを水揚げした。


 ところが、馬車道まで少し距離があり、これ程大きいと引っ張るのに大変だ、と迎えに来た騎士達が言い出した。

「…ウォーターボールで運ぼうか?」

「魔力は大丈夫か?」

「気疲れはしたけど、特に頭が痛いとかそういうのは無いから大丈夫そう」

そう言う事で、10ftの頭部と、25ftの胴体・尻尾部を川から引き出した水に乗せて空中に浮かべて移動した。その荷を馬車の近くでウォーターボールからずり落として騎士達に渡した。


 北の砦にはまだリアンナ王女達は戻っていなかったから、一足先に昼食を頂いた。

「もう充分働いただろう。夕食まで休んでいて良いぞ」

「さすがに今日はこれ以上魔法を使うのは止した方が良いよね?」

「今更だがな。今日はよくやってくれた」

「出来れば、普通に持ってこれる程度のサイズの魔獣の相手が良いと思うの」

「やっちまったものは仕方がないだろ?」

「相手も確かめずに火で炙るのは止した方が良いと思うの」

「しょうがないだろ?中身が分からなかったんだから」

「次はアイスウォールで足止めして逃げる事にしようよね?」

「あいつが水属性だったら氷も解かすだろうから逃げられなかったと思うぞ」

「その時は炙って押し返してよ」

「心得た」

そうして、私は午後は部屋で微睡んで過ごした。


 北の砦に戻って来たリアンナ王女を、今日はヨハンの方から呼び出した。砦の会議室で第三騎士団の者、近衛騎士団の護衛の者も交えて話がされた。

「俺達は明日に王領の城塞に移動して、明後日の朝には王都へ向けて出発する。魔獣冷却を他の者に任せると洒落にならない人数が必要になるから、魔獣の移動もテティスの移動と同時にするのが良いと考えるが、異論があれば言ってくれ」

「逆に、あの人にこれから一週間毎日あの量の冷却を任せて、負担にならないかしら?」

「今日使用した魔力量を考えれば、毎日数回の冷却で使用する魔力量はずっと少ない。途中で魔法戦闘などなければ大丈夫だろう」

「問題は、王領に待機している第二騎士団の輜重隊では、あの量の荷物を運ぶだけで精一杯な事ね。輜重隊の護衛に第三騎士団から人を出す必要があるわ」

リアンナ王女の発言に第三騎士団のこの場の最上位者が答えた。

「明日の朝一番に早馬を出して、人員の選出を急がせます。夏季の討伐スケジュールを調整すれば、人員の拠出は可能と考えます」

「そうね。そこは私も一筆書きます」

「お願いします」


 ここでヨハンは本題を話し出した。

「それで、俺達と魔獣の死体が王都に移動を始める前に、リアンナの報告書を早馬で届ける必要がある。今晩と明日の晩しか書く時間が無いから、その内容を話し合っておきたい」

「そこは見たままを書くしかないでしょ。私の報告書、近衛の報告書、第三騎士団の報告書と揃えば抜けは無いでしょ」

「お前の報告書が危険な物になりそうだからな、釘を刺しておきたい」

「ミノタウロスの単独討伐、今日のオオトカゲも単独討伐、既に卒業後の魔法兵就任に充分な能力がある、としか書きようがないわ。私が視察した騎士団の魔法兵の中で、この国一の水魔法師が作った氷の山は、今日あの人が作り出した氷の量を上回っているとは思えないのよ?」

ヨハンは溜息を吐いた。

「だから、お前に前もってあいつの人格を話しておいたんだがな…能力はあるが、魔法兵の適性があるか、そこを見極めて欲しかったんだ」

「だって、見ての通りに二日続けて上級魔獣の単独討伐をしているのよ?何処に問題があるのよ?」


「お前が王領にやって来た日、あいつは実の姉のエリザベス・カーライルとその背後の者が手配したと思われる知り合いに襲われそうになって、落ち込んでいたんだ。自分を嵌めて殺そうとしたヘイスティング家に協力した姉がまた悪意を向けて来た事に、まだ悩んでいるんだ。そんな風に、自分の権利よりむしろ相手の心情を重視してしまうあいつに、本当の意味で兵となる素養があるとは思えない」

「だから、あの人はもうこの国で一・二を争う水魔法師なのよ!?そんな能力を兵力として使わない訳にはいかないでしょ!?あなたは他人の国だからこの国の軍備を軽く見ているんでしょうけど」

そこでヨハンは低い声で話し出した。

「それで、人格的に適性の無い人物を兵として扱うと言うのか?その結果、悩んで自害したあいつの死体を見たいのか?」

ヨハンはリアンナを威圧していた。勿論、魔力を込めるものではなく、人としての迫力と言うものだ。シュバルツブルグの三人の王子の中で、一番年下のヨハンは決断力・押しの強さ・魔力の強さからもっとも王に相応しいと噂の立つ男だった。そのヨハンの威圧に、リアンナは涙目になった。


 近衛の騎士は第三騎士団の騎士に顔を向けた、止めるべきではないか、と。それに対して第三騎士団の騎士は首を小さく振った。彼も報告書を書く為に、ヨハンとテティスにずっと同行していた。つまり、一角ウサギを殺して泣き出したテティスを見ていたんだ。彼の報告書は途中まで書かれていたが、兵として適性に難有り、と書かれていた。


「じゃ、じゃあ、どうしろって言うのよ?」

「臨時に兵力として使うのは良い。その場合は信頼出来る指揮官に直接指示させる事が必要だ。いつ立ち上がれなくなるか分からないんだからな。そして、一度破壊と殺戮に向かわせた後は、精神的に立ち直る時間が必要だ。だから、兵としてよりはアカデミーで研究をさせて、毎年秋の討伐に参加させる程度が良いと思う」

これに対しては近衛も納得していた。確かに、ヨハン王子の指示にテティスは従って結果を出していたから。そして、適性の無い者が戦場で急に使い物にならなくなる、それは騎士団でも最も警戒している事態だからだ。


 対して、リアンナにも思う事はあった。

(あの人が信頼出来る人って、つまりヨハンの事じゃない。そしてヨハンだってあの人の将来を心配して、私にまで脅しをかけるくらい大切に思っているんじゃない。そんなに大事に思い合っている二人が離れて、ヨハンが聖女を万一口説けたとしても、絶対幸せになんてなれないんだから!)

 今ひとつリアンナが可愛く書けていない…妹感を出したかったんだけど。

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