4−13 もっと大きな奴を (1)
北の砦の建物の中には、古い建物特有の匂いが漂っていた。綺麗に清掃はされたのだろうけど、少し気になって寝付きが悪い。
度々ヨハンを連れて行くリアンナ王女は、いずれ聖女と一緒になろうとしているヨハンをどう思っているのだろうか。甘えられる年長者がいる彼女が羨ましい。あの夏のあの男、ベスお姉様、そして両親とヘイスティング家の人々と、私の周りの人々は私に価値を認めていなかった。あれ以来、人に甘える事が出来なくなった。それまでも甘える事はなかったんだけど。甘えられる相手が一人もいない事に気づいたんだ。
リアンナ王女も聖女候補が決まればヨハンには甘えられなくなる…今の内に仲良くして欲しいと思う。
翌日は日が昇ると同時に起床して、朝食を取った。馬車に乗る前にヨハンは関係者と会議をしていた様だった。だから、馬車に乗り込んですぐにヨハンに尋ねた。
「何を朝から話していたの?」
「ここから真っすぐ北へ向かうが、10時に最も北の砦に到着予定だ。その間に相手にならない魔獣が出た場合の退避経路を打ち合わせていたんだ」
「真っすぐ行くのに退避経路を検討する必要があるんだ?」
「普通、拠点というのは相互援護が出来る様に設置するんだが、つまりどこかの経路が塞がれても、退避出来る拠点を設けているんだ。そこを確認した訳だ」
「…つまり、先導する人や指揮する人に何かあっても、残りの人が逃げられる様に決め事を決めた訳ね?」
「そうだ。リアンナも俺も、もちろんお前もここで失っていい人材じゃない」
「おまけで重要視してくれてありがとう」
「俺の言葉が信用出来ないか?」
真剣な顔のヨハンが私を見つめた。
「ううん。でも、優先順位はリアンナ王女、次にヨハン、最後に私よね?」
「俺がお前を置いて行くと思うか?」
「…二人で何とかしましょ」
「そうしよう。ここまでお前を連れて来た責任もある。もちろん、親しい友人を置いて行く事は出来ない」
「ありがとう」
そもそも、それならここまで危険なところに連れて来ないでよ…
最北端の砦は、三重の石壁に囲まれていたが、最外周の壁は明らかに後付けの石の山で補修されていた。
「ねえ、ヨハン。あそこは崩されたのを直したんだよね?」
「だろうな。だから、何かあったら特大のアイスランスを放つ覚悟をしておけ」
そう言われても、溜息を吐くしか出来なかった。
休憩の後、物見櫓に登らされた。
「何か見つけられないか?」
「特にはないけど…川には魔獣はいるの?」
「両生類の類はいない筈だ。水中にはいると聞いている」
「いざと言う時に、川の水があればウェーブの魔法で押し流す事が出来ると思うんだけど」
「ああ、校舎を流してやると豪語してたあれか」
「流すとまでは言ってない!」
「川原を歩くと相手にみつかりやすいから避けたいんだがな」
「川原の近くの林の中を歩くというのはどう?」
「それだと、周囲より低いところを歩く事になるから、やはり相手を見つけにくいんだが」
「じゃあ、川に比較的近いルートを通るって言うのはどう?」
「そのあたりが妥協点か」
「ところでテティス、場合により崖から落ちた時、何か水魔法で怪我を低減する事は出来るか?」
「あ~、大きいウォーターボールで受け止めるとか…」
「むしろ途中で落下速度を落とせないか?」
「…だから、空中でウォーターボールで受け止めるの」
「…そう上手く受け止められるものか?」
「領地で試しにやってみたのよ。木の上からウォーターボールに落ちて受け止める練習、そのままウォーターボールで自分を持ち上げる練習、そして木の上から落ちながら空中にウォーターボールを作って受け止める練習」
「…非常事態以外に使うなよ。危ない」
「まあ、ファインズ家のタウンハウスの敷地内では練習出来ない事よね」
「お前にも人並の常識があるのを知れて安心したよ」
何、その言い草!?
砦には冬季以外は騎士が常駐しているとの事で、地理に詳しい騎士と相談の上、ルートを決めた。川の近くの、稜線の様な見晴らしの良い場所の近くを通る事にした。
しかし、やはり高い方には小物しか感じない。一角ウサギちゃんと遭遇すると私への精神的ダメージが大きいから避けたい。
「何となく、川原方向に何かを感じるんだけど」
「妙に拘るな。そこまで言うなら少し川原寄りを歩こうか」
そうして川原近くを歩くと、川の中に小物を感じる。つまり、川の水には私の魔力が伝わるが、魔物には伝わらない、その差を感じるんだ。眉を顰める私にヨハンが気付く。
「どうした?」
「川の中の小物が分かるの」
「どうしてだ?」
「だから、魔力が通る、通らないで区別が付くみたい」
「大物はいるか?ヌシみたいな奴は?」
「ちっちゃいのが多い」
「じゃあ、止めとこう」
ところが、川を遡ると、段差がある個所があり、低い滝になっている。その段差の向こうが見えない場所がある。再び私の眉間の皺にヨハンが気付く。
「どうした?」
「あの段差の中が見えないの」
「どんな感じなんだ?」
「何か、靄がかかっている様で、水気が分からないの」
「お前は、地中の水分も分かるのか?」
「近づけばある程度は」
「では、あの辺りにお前の魔法検知を妨げる物があると言うんだな?」
「そうなるのかな?」
「誰か、遠見筒を持ってないか?」
これは第三騎士団から来ていた最上級の指揮官が持っていた。
「あの辺りに何かないか?」
指揮官が遠見筒で確認すると、洞穴がある様だと言う。
「テティス、もう一度あの洞穴辺りを確かめろ」
「靄っとしてるから見えないわ」
ここでヨハンがリアンナ王女を見る。
「一つ、フレームランスを打たせてくれないか?」
リアンナ王女は渋い顔をした。
「延焼すると大変なんだけど」
「テティスが何とかするさ。水は腐るほどある」
えー、と声を立てずに表情で抗議してみる。ヨハンは無視しやがった。
「良いわ。でも、後始末はよろしくね」
「任せろ。じゃあ、全員何かが出て来た時に相手に見られない様に、林に隠れろ」
…誰が何を任されたのよ?ヨハンは私の顔を見なかった。酷い奴!
「じゃ、行くぞ?」
川原に立ったヨハンがフレームランスを高速で打ち出した。魔法実技の授業で放つ物よりずっと速い。多分威力も大きい筈だ。仕方なく、後始末の為に川の水を川原にずるずる引き上げる。
フレームランスは段差部分に少し入ったところで爆発した。何かにぶつかったにしては不自然に爆散した様に見えた。
「テティス!」
はいはい、準備は出来てますよ、とウェーブの魔法で引き出していた川の水を火炎の飛散した場所にぶつける。
水蒸気が上がって火は殆ど消えた様に見える。
「火は良いから、相手に備えろ!」
「相手って何!?」
「俺の魔法を妨害して爆発させた!魔力の強い魔獣だ!」
酷い理由で川原近くを歩きたがるテティス。でも、小さい生き物が沢山いるところには大きい肉食獣はいないでしょうね。天敵の近くに巣を作る小動物は少ないと思うんです。




