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4−12 俺はそれを見てみたいんだよ

 牛とは言え、人間の様に二本足で立っていた子を氷漬けにしてごろごろ転がして行くのは少し気が引ける。

「畜生だから、死体の扱いに尊厳を感じなくても神様は怒らないよね?」

「ああ、怒らないだろ、多分」

「適当ね、ヨハン」

「牛だったら解体されて美味しく頂くものだから、まあ王都まで運んで丁寧に解体されるのは尊厳を尊重してるだろう?」

「王都まで持って行くんだ?」

「こんな綺麗な上級魔獣の死体だ。解体して図面に残さないと勿体ない」

「弱点とか分かるかな?」

「今度会ったら全身をアイスランスで叩いて、どこが痛がるか確認すれば良いだろう?」

「二度と会いたくない彼氏っているでしょ?」

「二度と会いたくない彼女こそしつこかったりするんだよ」

「王子様はモテて大変ね?」

「お前の兄貴だってモテて大変だろ?」

「悪い女に付きまとわれてるわね」


 何せ中身の詰まった氷をごろごろ転がしているだけだから暇なんだ。だからヨハンと馬鹿話を続けている。

「先行した足の速い奴が馬車をちゃんと呼んでくれると良いんだが」

「ねぇ、何か来てるけど、倒した方が良い?」

「小物か?」

「中物」

「食べられそうか?」

「ああ、もしかすると馬車が無いと、あの敷地が広い砦に泊るの?」

「そういう事も考えて、食料は確保しておきたい」

「じゃあ、ちゃっちゃとやるよ」

どすんどすん、ぶぎぃぃ~。

「あの辺なんだけど、取りに行って貰える?」

「おい、三人程向かえ!」


「テティス、ヤル気だな」

「だって、ヨハンが大好きなミノタウロスを持って帰らないといけないから、近づかせたくないのよ」

「だから、そこまで好きじゃないんだよ」

「はいはい」

実はさっきから小さいのは見逃している。物音で逃げて行っているから。その辺を誤魔化すために中物には痛い目に遭って貰っている。私の仲間の一角ウサギちゃん、頑張って生き延びてね。


 馬車を降りた砦では、台車を幌馬車に連結して荷物を待っていた。

「テティス、この台車にミノタウロスを載せてくれ」

「はいはい」

ふわっ、と氷を浮かべて、台車を叩かない様にゆっくり降ろす。

「縄で縛り付けろ」

下っ端の騎士達がミノタウロス氷を縄で台車に縛り付ける。

「獲物が出なければ午後まで粘るつもりだったが、午前中に済んだからな。連結した台車で速度が落ちても北の砦まで戻れる」

「そうね。お昼抜きでも早く帰りましょう」

「一つ戻った砦で保存食が出るから安心しろ」

「わ~い」

保存食は大体が固くて臭い。早く帰って夕飯を食べた方がマシなんだけど。


 そういう訳で、北の砦に戻った。明日はまだここから北へ向かうから、ミノタウロスは二晩ここで保管しないといけない。

「そう言う事だから、テティス、地下室を氷漬けにしてくれ」

「まあ、明日の朝も明日の晩も冷やせば保つでしょうけど」

「出来れば明日の朝は魔力を使わないで欲しい。大物を探して欲しいからな」

「今日みたいに崖の上から攻撃出来れば何とかなるけど、大物と平地で対峙したら無理だと思わない?」

「まあ、テティスのアイスランスに敵う奴はいないから、見つかった奴は可哀相だがな」

「話を大きくしないで。人並の魔力しかないんだから」

「人並でここまで冷却出来ないぞ?」

ミノタウロス氷を保管した地下室は氷で包まれていた。溶けた水が大変だと思う。


 部屋に戻ろうとするとリアンナ王女がやって来て、今日もヨハンの腕を掴んで連れて行った。毎日の様に仲良しのヨハンに甘えたがるなんて、リアンナ王女も可愛い子ね。


「ねぇ、ヨハン。流石に無理が過ぎると思うんだけど!」

「ああ、無茶を通り越して無理が通っているな」

「ミノタウロスを単独討伐なんて、人間技じゃないわよ!?」

「まあ化け物だな。ミノタウロスとでは力の差があり過ぎた」

「ミノタウロスなんてそもそもここいらに出たっていう噂を聞いてないんだけど。現れてたら数十人の犠牲が出ている筈なのよ」

「まあ、テティスのアイスランスに顔色を変えてなかったから、ミノタウロスも化け物だよな。普通に」

「そっちが基準なの?」

「あいつがそこそこヤル気をだすだけで、アイスランスはコンクリートを砕くぞ?そんなもん食らって生きてる奴は化け物だろう」

「あと、ミノタウロスの威圧に何とも無かったみたいだけど!?」

「ああ、単純に格の違いだ」

「いえ、相手は上級魔獣なんだけど!?」

「あいつが…70ftは距離があったか?その距離で氷結魔法を使っているのに対してミノタウロスが威圧を使ってヒビしか入れられない。ゼロ距離のミノタウロスの魔力より、70ft離れたあいつの魔力の方が上って事だ。格が違うとしか言い様がない。実際、格が違うからミノタウロスの威圧がテティスには通じない」

「…それを報告に書いても、信じて貰えそうにないんだけど」

「騎士団からの報告も行くんだろ?とりあえず見たままを書けば良い」


「そう言えばヨハン、ミノタウロスを見て随分はしゃいでいたけど、何かあるの?」

「男なら筋肉質の人型魔獣とサシで戦ってみたいんだよ。だからミノタウロスが逞しいところを見て楽しかったんだよ」

「一人で戦ってたのは女性だけど?」

「まあ、テティスなら負けないだろうからな」

「ねぇ、ヨハン…あの人のそういう能力に興味があって近くにいるの?」

「いや、縁があったからだ。あいつの方から俺の手を取った。だからその縁に従っているんだが」

リアンナの見ている前で、ヨハンは目を細めて妖しく微笑んだ。

「そんなあいつは呑気で、だいたいこんなもので良いだろう、そんな感覚で世間を泳いでいる。穏やかに泳いでいる様にも見えるが…シュバルツバッサの大河の川面は穏やかだが、その下に速い流れや深みがあり、更にその下に何が潜んでいるか分からない様に、あいつの中にも何が潜んでいるのか分からない。俺はそれを見てみたいんだよ」


 そう微笑むヨハンは、彼女に深く惹かれている様に見える。そもそもシュバルツバッサ川はこの国、アングリア王国とシュバルツブルグ帝国の間を流れる大河で、この川があるから両大国が並立出来ている。そしてこの両大国が魔獣を抑えているから、その南の国々も存在出来る。シュバルツブルグの大河は多くの人の心に流れる大きな存在だ。その大河に彼女を例える…

(一日中一緒にいて楽しく話していて、それでもまだ、もっと深く相手を知りたいと言う。それは恋と言うべき感情なのじゃない?)

 知的好奇心は左脳の働きで、恋愛感情は右脳の働きだと思うのですが、15才のリアンナは恋愛脳ですから。そもそも、科学が発達していない中世風異世界ですから、宗教道徳的に人間の解剖はやってなさそうです。

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