1−4 身の振り方
領地に戻った私は、代官をしている父の弟、つまり叔父に長女の事を尋ねた。
「叔父様、レティお姉様の婚約と言うのは何時頃決まったの?」
「どうしたんだい、急に。誰か結婚したい相手でも出来たのかい?」
「そんな人いる訳ないでしょ、こんな田舎に住んでて出会いもないのに。ただ、三年後に魔法学院に入学して、卒業したらすぐに家を追い出されるなら、いつまでに就職先を決める必用があるかを知りたいの」
「何かやりたい仕事があるのかい?」
「分からないよ、まだ子供だもの。でも、未来の選択肢を増やしておきたいの」
「そうだね、まず質問に答えると、レティの結婚は一年前には決まっていたよ。小さな商家だから支度金も少なくて良い、そんな基準で決めていたね」
「誰も結婚式に行かなかったよね?」
「私は行ったよ。まあ、兄さんは領地近くに顔を出したくないから行かなかったんだけどね」
「確かに館から出ないイメージがあるけど、出たくなかったんだ」
「…これは聞かなかった事にして欲しいんだけど、兄さんは領主になってすぐ、開拓を始めたんだよ。でも、土木工事の不備で土砂崩れがあり、農民に死者が出てしまったんだ。良かれと思ってやった事で被害者を出してしまって、兄さんはすっかり自信がなくなってしまったんだね」
「初めて聞いたわ」
「まあ、娘達に話したい事じゃないだろうからね。だから、聞かなかった事にして欲しい」
「分かったわ」
「それで、未来の選択肢という事なら、書庫に魔法学院の概要を説明した本があるからまず読む事をお勧めするよ。もう一つ、その近くに置いてある、王立機関の募集要領を見るのも良かろう。今の君には難しいと思うが、そういう書類を読める程度の読解力がないと、未来の選択肢は増えないと思うよ」
「分かったわ。辞書を引きながら読んでみる」
「実際には二年と四カ月もすれば魔法学院の入学前検査があるから、そこまでにある程度決めておく必用があると思った方が良いよ。色々考えてみる事だね」
「ありがとう。そうするわ」
叔父様が言った事は、つまり王立機関に就職してしまえば、まさかそこを辞めてまで平民と結婚しろとは言うまい、という意味だった様だ。娘が王立機関に就職するほど優秀だと言うのと、娘は平民と結婚したと言うのとでは、明らかに前者の方が伯爵家の誇りとなる。
ただし、王立機関の就職試験は魔法学院3年生の途中だから、その前に平民との結婚を決められてしまう可能性がある。だから、叔父は魔法学院の概要を読め、と言ったんだ。魔法学院は毎年十人の特待生を入学させる。特待生は将来の魔法アカデミーの研究員、または魔法兵候補だ。そんな優秀な人材を他の貴族に取られない様に、特待生は王家の家臣扱いになる。そうして本人の希望なくして王立機関以外に就職するやら結婚するやらをする事が出来なくなるんだ。これなら入学して特待生寮に入ってしまえば誰も手を出せない…でも、特待生って入学者中10番目までの成績優秀者って事だよね?それは大分頑張らないといけないのではないか…
そういう事で、私は叔父様に学習教材をお願いする事にした。
「叔父様、水魔法の教科書が欲しいのだけど、買って貰えないかしら」
「ふむ、そう来たかい。じゃあ、魔法全般の教科書と、水魔法の実技に関する教科書で良いかな?魔法学院に入学するのに不安になったから、と言う理由にしておくよ」
「ありがとう。気を使ってもらって」
「何、本当の理由を聞いたら兄さんに伝えないといけないからね。私は代官に過ぎないから。でも、その道は本当に厳しいと思ってくれ。私の同級生の特待生は、皆化け物だったから」
「…魔力勝負より、魔法の知識とかで勝負しては駄目かしら?」
「悪くないよ。魔法アカデミーの研究員を目指すなら。だけど、そういう人達は本当に魔法の理論をなんでも頭に叩き込んでいるから、君も購入した本から要点を書き出してしっかり覚えないといけないよ」
「ええ、それなら努力すればなんとかなると思うから」
「ところがそういう人達は、本当に頭の回りが速いか、気が狂ったように魔法の事しか考えないかのどちらかなんだよ。大変だよ?」
「…分かったわ。しっかりやるから、本をお願い」
「ああ、もちろんだよ。前向きな人にしか神様は微笑まないからね。頑張る事だね」
そうして魔法の教科書がやって来たが、叔父様にも狙いがあった。
「悪いが、二日に一度で良いから、息子のジュリアンと読み合わせをしてもらえないかな?そうしてくれたら、また次の本も買ってあげるから」
「なるほど、ジュリアンの魔力を鍛えて、魔法学院に通わせてもらう様にお父様に頼みたいのね?」
「そう、代官に過ぎず貴族でない私の子供は、よほど魔法を使うのが上手くならないと魔法学院に通えないからね。ジュリアンが大人になっても多分この領地の代官は継げない。だから、それこそ未来の選択肢を増やしておきたいんだ」
「そう言われたら手伝わない訳にはいかないじゃない」
「テティスは優しい娘だからね。お願いするよ」
大人は子供を使うのが上手いな、と思わされた一件だった。
領地では割と呑気です。