4−9 北の砦への移動
別荘の部屋に戻ると、ファインズ侯爵家が付けてくれた侍女のシルビアがお茶をいれてくれた。一度口を付けた後、ティーカップの水面を見ながら、思うともなくヨハンとリアンナ王女の事を思う。
年頃が近いし、周辺国の中ではこの国とシュバルツブルグ帝国の格が頭一つ抜けて高い。だから、あの二人は聖女選定が無ければ婚約の話が出てもおかしくないと思う。昔馴染みの様な話をしていたし、そういう意識で付き合っていたんじゃないだろうか。そうすると、私は邪魔者っぽいんだよね…リチャード殿下が聖女候補を探しているとも言っていた。この地で過ごす時間を除くと、もうあの二人が親しく話が出来る機会はないんじゃないだろうか。
まだあどけなさを残しながら、もう中々の美人であるリアンナ王女…ヨハンの趣味が年上系なら問題だけど、出来れば二人に楽しい時間を過ごして欲しい。
視線を上げた私に、侍女のリーゼが声をかけてくる。
「明日には北の砦に向かいます。あちらに持っていく荷物を用意しましたので、ご確認をお願いします」そうしてトランクケース二つを見せられる。最前線の砦に客がそんなに荷物を持ち込んで良いのか?王子や王女ならともかく。
「行きと帰りに一日ずつかかります。現地では二日活動しますが、その間に洗濯は出来ませんので、三日分といざと言う時の予備を二着持って行きます。
いざと言う時には洗濯の必要が出るとは思いますが、それはあちらと相談になります」
「つまり、魔獣に囲まれて籠城しないといけない場合を考えているのね?」
「はい」
籠城となると増々ヨハンの火力が当てに出来ない。砦が火に囲まれたら大変だ。そうならない様に、私がそういう時の準備をしておく必要があるけど…水源があれば何とかなるんだけどな。
「現地の地図は見られる?」
「こちらに入れてあります」
大型の背嚢が示され、中に入った筒から地図が出て来る。
「このルートを通って、この小山の頂上の砦に向かいます」
川はある様だけれど、水量が分からないなぁ…まあ臨機応変、つまり行き当たりばったりで行くしかないか。
「まあ、何かあったらヨハンと相談するしかないかな」
「その際にはお願い致します」
「山中だからね。ヨハンの魔法が火を噴かないで済む様にしましょう」
「是非お願い致します」
翌朝は通常より一時間早く行動し、8時に出発した。
「向こうへの到着は日が昇っている間にしたい。砦自体は充分な防御力があるが、移動する馬車に襲い掛かられたら危険だ」
「夜は魔獣の活動が活発になるの?」
「夜行性の魔獣がいる。夜は勝負にならない」
そうして曲がりくねった山道を馬車で進む。リアンナ王女や私達は装甲馬車に乗っているけれど、護衛の騎士達は幌馬車だ。まあすぐ降りられる利点はあるけれど。騎兵は軽装の者の中に、金属鎧を着ている者もいる。魔獣が出たら、あの人が真っ先に下馬戦闘をするんだろうね…
馬車が休む地点は決まっていて、多分北の砦に何かあった時に馬を走らせる場合の休息地点なんだろう。城塞の出城部分の様に、小規模の防御拠点になっている。そんなものを見ると流石に緊迫感を抑えられない。ヨハンが声をかけてくる。
「拠点づくりに興味でもあるのか?」
「土魔法師じゃあるまいし。ただ、ここいらが最前線なんだな、って実感しているの」
「まあな。移動中に何かと遭遇した時に逃げ込める拠点が点在していないと、恐くて進軍出来ないんだ」
…そんなところに王女様を連れてきて良いのか?
「何だ?そんなところに連れて来るなよ、って怒ってるのか?」
「いや、リアンナ殿下を連れて来るのは不味いんじゃないの?」
「まあ、その場合の最後の責任は護衛騎士達にある。お前は何かあったら気楽に魔獣を吹っ飛ばせば良いんだ」
「気楽に吹っ飛ばせる相手じゃないんでしょ、この辺の魔獣は」
「普通の人間ならな。ここが砂漠なら俺が全部灰にしてやるんだが」
「それはまた別の機会にお願いするわ」
午後四時頃には北の砦に着いた。なるほど、周囲の山々よりは少し低い山だけれど、山裾の所々に防御設備があり、長い空堀と石の壁が続いている。この山一つを防御拠点に作り上げるのは苦労したでしょうね。
王女の降車を待って、砦の出迎えの儀式が続く。それが終わって我々の降車になる。
「待たせて悪いな」
「ヨハンが言うことじゃないし、リアンナ殿下も毎度こうだと大変よね」
「何、人間、慣れるもんだ。ただ、慣れていない周囲の人間は苛つくと思ってな」
「下っ端だから周囲の指示に従うだけよ」
「まあ、明日からは大変だ。今日はゆっくりしておけよ」
「予定があるなら教えてよ」
「とりあえず初日は北西方面に向かう。夕方までに戻って来て、二日目は北に一直線だ」
「どっちが辛いの?」
「不味いのが出そうなのは二日目にとっておく」
「それは、人の手で何とかなる物なの?」
「一般人には無理だし、騎士達の手にも余る。他人には出来ない程の打撃力を持つ者にしか相手にならない」
「ここにいるのは水使いなんだけど?」
「氷の魔女にお任せするぞ」
「あ~そ~」
会話主体だと文字数が少ないですね。かなりの行を書いた気がするのに。
物語は東北イメージの山岳地帯で進みます。北海道イメージではないです。




