4−7 あれはお肉、あれは夕食
結構、血がだらだらです。
王領で三回目の朝を迎え、ヨハンと私を乗せた馬車とリアンナ王女を乗せた馬車は、北東方面に一山を迂回して走って行った。石の壁で覆われた小さな砦の前に騎士達が整列する前で、リアンナ王女がまず馬車を降りた。出迎えが終わったところでヨハンと私は馬車を降りた。そこから一頭立ての馬車に乗り、山道を進んで木の壁に囲まれた山小屋で降ろされた。
「この近辺には鹿の魔獣ケリュネイアとイノシシの魔獣カリュドーンがいる。昨日説明した通り、今日の獲物がここいらの砦の騎士達の夕飯になる。沢山狩れば喜ばれるから、騎士達の笑顔が見たかったら気合を入れて狩れ」
はっきり言って、この地の第三騎士団の面々はおっさんと平民の若者揃いで、見た目はとても汗臭そうだ。日頃は強面に感じるヨハンの護衛隊長のカールが、ここでは立派な紳士に見える程だ。
「出来る範囲で頑張るわ」
周りにいる護衛騎士はその第三騎士団の面々である。彼らの為に頑張る、と言えれば尚良いのだが、鹿やらイノシシを狩る…一般人には無理な話だよヨハン。
「それで、テティス、お前なら獲物の位置が分かるだろう?まずどこの奴を狩る?」
偵察が私、前衛なし、後衛が私。初心者に全部任せないでよ、ヨハン。
「山の中腹に一匹いるけど、水蒸気の流れから風下が分かるから、そっちから近づきましょうか」
「よし、先導しろ」
ちなみに偵察の本職と思われるいつもの隠密が先行して少し高いところにいる。あの人が指示してくれないかな…
そういう訳で十分程山を登り、風下から近づくと、角が生えている魔獣がいた。鹿の魔獣、ケリュネイアと言う訳だ。鹿はお尻をこちらに向けている。そりゃあ、こちらから攻撃したら逃げるよね。だから、横から腹に向けてアイスランスを三連射する。
鹿は一回横を向いて、それからダッシュで前に進んだけれど、こちらはそれを予想してアイスランスをばら蒔いている。前足の付け根と後ろ足の太腿にアイスランスが刺さった。鹿の皮は柔らかいらしい。衝撃で傾いた体を直そうとして左の前足、後ろ足に激痛を感じたらしく、結局バランスを崩して転倒した。その間に私は走り出して、鹿に少し近づいた。直視して狙いたかったんだ。
四本の脚をバタつかせる鹿の露わになった右腹と首の付け根に太めのアイスランスを突き刺す。流石に鹿の太い胴を貫通するのは難しい。だから首に刺さったアイスランスを蒸発させる。首からの出血で絶命させようと考えたんだ。鹿は首の動きが鈍くなった。だから首の真ん中あたりに再度アイスランスを突き刺し、蒸発させた。首から流れ出る血の量が増えた為、鹿の動きが鈍り、脚と首を地面に付けたまま身を捩ろうとしていたが、やがて静かになった。
「死んだか?」
横に来ていたヨハンが尋ねる。
「まだ魔力が残っているけど、大分弱まったわ」
「心臓は動いているのか?」
「血が流れていて、体内の魔力が残っているから正確には見えない」
それを聞いたヨハンが右腕を大きく回すと、騎士達が小走りに鹿に近づいた。手槍でつついても、鹿は僅かにしか動かない。騎士は手槍で鹿の首を刺した。するとまた血が流れ、暫くして魔力が失われた。
近づいて騎士に尋ねた。
「鹿に止めを刺す時は、首のどこを刺すか決まっているのですか?」
「ここに動脈があるからね」
「なるほど」
ヨハンも口を開く。
「次はそこを狙え」
「うん。ところで、これ、食べられそうですか?」
騎士がにこやかに話してくれる。
「ああ、下から食料を運ぶ手間が省けて助かるよ」
「それは良かった」
魔獣とは言え、命を無駄にしたくないからね。
ここから血の匂いがすれば、そちらの獲物は移動してしまうだろう。だからもう少し高いところにいる獲物に向かった。すこし水気が小さく感じる。風下から近づくと、先程の魔獣より背が低いが横幅は広い生き物がいた。イノシシの怪物、カリュドーンだろう。
斜め上から早いアイスランスと重いアイスランスを混ぜて連射する。早いアイスランスはつまり小さいから、刺さるけれど傷は小さい。重いアイスランスはばら蒔いたほどんどを避けられてしまったけれど、一本が右後ろ脚の根元に刺さって、イノシシの動きを鈍らせた。
首、太いけどやはり首を狙った方が良いかな?太いアイスランスを四連射する。三本が刺さったから、二本を蒸発させる。だらだらと血を流しながらイノシシは狂ったように暴れている。
近づこうとする私をヨハンが止める。
「あいつは脚が短い分、なかなか倒れて止まらないから遠距離で仕留めろ」
近づかないとよく見えないから当たらないんだけど…仕方なく太めのアイスランスをばら蒔く。ドスドスと地面を叩く音と小さな振動が続き、イノシシを痛打したものがあったらしい。
「ブヒィ~!」
と大きな声で鳴いた。
うん、頑張っている君には悪いけど、そろそろ楽にしてあげるね。イノシシの真上から大きいアイスランスを落とす。イノシシごと地面を叩いたアイスランスはドスン、と大きな音と振動を起こした。イノシシの後ろ半身が痙攣し、地面が血に染まった。
「うむ、やはりテティスの打撃力に勝てる生き物などいないな」
「だから話を大きく膨らませないで」
「事実だろ?」
午前中は四匹の鹿と二匹のイノシシを狩った。
「お前にはこっちの方が向いていると思ったんだ」
ヨハンがそう言うが、何故?
「何でよ?」
「肉が取れると言っただろ?」
「…食欲につられてやっている訳じゃないのよ?」
「でも、抵抗はないんだろ?」
「まあね」
「何故だ?」
「…カーライル家の領主館の敷地に、鶏舎があったのよ。時々鶏の数が増えて、だんだん減って行く。その場面は見たことが無いにせよ、減って行く理由は子供にも分かる。そういう事をしてくれる人がいるから私達は食事が出来る。だから、そういう事を悪く言ってはいけない、と子供心に思ったのよ」
ヨハンが口角を上げた。
「…お前はそういう人間だと思っていたよ」
「どうしてよ?」
「お前は他人に敬意を持てる奴だから、魔獣狩りを嫌がる。狩られる相手に敬意を持つからだ。俺に手を差し伸べたのも、俺に敬意を持つから、虐められるのを不当と思ったからだ。同様に、他人に敬意を持てるから、魔獣を狩る者を嫌悪せず、力を持つ者の責務と理解すれば魔獣狩りをやってくれると思ったんだ」
それはちょっと買いかぶりだと思うよ、ヨハン。
午後には三匹の鹿と五匹のイノシシを狩った。最後の鹿は初撃で首の動脈に穴を開けた綺麗な死体だったので、騎士が首を切ってくれた。
「お土産にどうぞ」
この首を養家の応接室に飾れと!?
あれ、大きな鹿に苦戦してた魔法使いがいたなぁ…まあ、いいや。この娘は水魔法特化だから。




