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4−6 庭園の乱入者

 王家の別荘の庭園はやはり広かったが、夏色である黄色の大きな花が並んで咲いており、それを背景に木々に白い花が咲いていた。


 この庭園の小道を歩くヨハンは私の手を取ってエスコートをしない。俺様の癖に色々気配りをするヨハンがエスコートをしない事が、私達二人の関係を示していた。


 いつか現れる聖女候補、その人に何らかの誤解を受ける情報を与える事の無い様に、ヨハンは慎重に振舞っている。そして、変に近づきすぎない事で、私に妙な期待をさせない様に気遣っているんだ。


 それでも、これは素敵な夏の思い出になるだろう。あの三年前の避暑地の出来事同様、何らかの思いが芽吹く事は無いけれど、それでも今は私の事だけを考えて庭園に誘ってくれる友人がいる。それで充分だった。


 ガゼボで私の椅子を引いてくれたのはヨハンの侍従のオットーだった。何度か顔を見た事のあるメイドが準備したお茶をリーゼが注いでくれる。お茶に一口付けたところで、ヨハンが口を開く。

「色々あって疲れたと思うが、花でも見れば気が紛れるかと思ってな、ここでお茶をする事にした」

ふふふ、と思わず微笑みが零れる。

「ヨハンにしてはマシな事を言うのね」

「呑気なお前でも花くらいは見ると思ってな」

「それはそうね。ヨハンは何の花が好き?」

「まあ麦の花が好きだな」

「…権力者の息子の言葉としては、良い回答なんでしょうね」

「勿論麦の穂も好きだぞ?」

「そうでしょうとも」


 もう一口お茶を口にしたところで、話が再開された。

「ところでこの地の気候はどうだ?寒くないか?」

「涼しいとは思うけど、体調を崩す程じゃないわ」

「明後日にはもっと北方に移動する。ファインズ家には言ってあるから用意はしている筈だが、夜には一枚羽織る物が必要だから気を付けろよ」

「明後日なんだ?」

「明日は中級魔獣を狩って貰う」

「…いきなり中級なのね…」

「お前のアイスランスなら中級でも充分倒せるからな。後は、中型の中級魔獣だと肉が食用になるから、世話になっている第三騎士団に恩を返せる訳だ」

「え~と、捌けとか言わないよね?」

「そういうのは専門の奴がいるから安心しろ」

「それは安心したわ」

「気の無い事を言うな。沢山狩れば住民にも安く売られるんだから、捌き方を覚えるくらいの気構えを持てよ」

「そんなに狩れるとは思えないけど」

「まあ励みにはなるだろう」


 もう一口お茶を口にしながら、ヨハンとの会話にいつもより間がある事が気になっていた。何か聞きたい事があるのか、尋ねようとしたが、人がやって来たので止めた。騎士が先導する後ろに上等な布地の旅装の少女が、その後ろにも侍女と騎士が付いて来ていた。


 少女はズボンを履いており、馬車で移動しているとは思うけれど、いざと言う時に騎乗して逃げる事も考えられているらしく、高貴な人物と思われた。私は席を立ち、軽く頭を下げた。


 そこで少女が口を開いた。

「出迎えもしないでお茶を飲んでるなんて、相変わらず礼儀知らずなのね?」

「お忍びで来ている奴が出迎えに加わったらおかしいだろ。相変わらず文句が多い奴だな」

「相変わらず口が減らない性格みたいね。安心したわ」

「何が安心だか知らんが、まあ良いだろう。リアンナ、こいつは俺の同級生で特待生のテティスだ」

「テティス・ファインズと申します。先日、カーライル伯爵家から養女になりました。お見知りおきをお願い致します」

「で、テティス、大体想像出来てると思うが、こいつはこの国の王女で俺達より一つ下の、リアンナだ」

「リアンナよ。こちらにいる間は同行させて貰うわ。よろしくね」


 はい?王女と同行?さきほどは中級魔獣を狩りに行くって言わなかった!?ヨハンが私の気配を察して説明してくれた。

「まあ、お前の実力は学院から王家にも伝わっている訳だが、俺が態々北の国境まで連れて行って鍛えると言うので、王家からも視察が来る事になったんだ」

「第三騎士団が付いているから、そこから報告を聞けば問題ないと思うんだけど。それに、来るなら不測の事態が起こっても切り抜けられる様な、例えばリチャード殿下の方が良いのでは?」

「まあ、分かるだろ?リチャードは聖女探しの指揮を執り、報告を聞かないといけない。こんなところで魔獣と遊ぶ暇があるのは俺やお前やリアンナくらいなんだよ」

この言葉にリアンナ王女が頬を膨らませた。十五になった王族がこんな無防備な顔を見せる、それはやはりヨハンと親しいからなのだろうか。

「中級魔獣以上を狩るのでしょ?『魔獣と遊ぶ』なんて気が緩んでて良いの!?」

「こちらには天下無双の氷の女が付いているからな。大概の物は吹き飛ばしてくれるさ」

「…ヨハン、私について話を膨らませるのは止めて。まだ魔獣討伐の初心者なんだから」

「ここから帰る時にはエキスパートと呼ばれているさ。お前がヘマをしたら俺が全て灰にしてやるから、気にせずに吹き飛ばせ」

「いや、だから、大きな魔獣に氷は通用しないでしょ?」

「まあ、やってみろ。やって駄目ならもっと大きいのをぶつけてやれば良いんだ」

「だから話を膨らませないでよ…」

ここでリアンナ王女が割り込んだ。

「ヨハンに燃やされると大変だから、出来れば水魔法で倒して欲しいわ」

「ご希望に沿える様に、粉骨砕身努力させて頂きます…」

「まあ、学院に採点される訳じゃない。気楽にでかい氷をぶつけてみればいいさ」

「だから大きい方に話を持っていかないでよ…」


 そうして、ヨハンと私のお茶会は乱入者の存在のお陰で荒っぽい話題で終わった。

 意外とチキンで聞きたい事が聞けない王子様。

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