4−5 事件報告
王家の別荘に戻り、早々にヨハンに報告を入れる。
「トラブルが起きたとは聞いた。分かる範囲で内容を教えてくれ」
ヨハンの声が冷たい。そりゃあそうだ。カーライル家関係でヨハンの居場所が知られたくない相手に知られてしまえば、保安上の問題が起きる可能性がある。
「街を歩いていたら、私に近寄って来る人がいたので、その場で足踏みをして知らせたの。それで付いて来てくれた三人が気付いてくれて、私に話しかけようとしたその人を取り押さえたから実害は全くなかったの。でも問題は、その人と私が会った事があると知っている人間が、カーライル家の三人しかいないという事。エリザベスお姉様とその侍女のアンナ、私の侍女のニアの三人だけ。そして、カーライル家の人間が私の今の居場所を知っているとは思わないから、この三人の背後の人間にそれだけの情報を得られる人間がいるから、気を付けて欲しいの」
「元侍女のアンナ・ダドリーは収監中で、刑の執行を待つ身だから誰かに情報を出す事は無い」
ヨハンは簡単に言うが、アンナの刑の執行、それは死刑の事だろう…
「ニア・チェルニーは保護を兼ねて修道院内で奉仕活動中だ。こちらも王室の厳しい監視があるから情報を漏らす可能性は無い」
つまり、後一人が情報源と断定されているんだ。
「だから、監視情報からどこへ情報が流れたかは推測されるだろう。分からないのは、その男がここへ来て何をするつもりかと言う事と、お前との関係だ」
「関係なんて全く無いわ。三年前にグラントン公爵領の避暑地にカーライル家で出かけたのだけれど、その目的はそこで行われる婚活目的のお茶会でエリザベスお姉様の婚約者を探す事だった。暇だった私は商店街を歩いていて前を見ていなかったあの男に二回ぶつかり、その縁で少し話をしただけ。あの男はエリザベスお姉様の婚約者が決まる前の最後のチャンスと思って、お姉様を見つけて縋りつこうとしていただけ。通りすがったお姉様に一方的に思いを告げ始めて、あまりの見苦しさに私は立ち去った、それだけ」
「その男をテティスに会わせる目的が分からないが?」
「嫌がらせ以上の物ではないわ。相手と話をする事を知らない男だから、一方的に自分の感情を相手に押し付けるだけ。エリザベスお姉様が被害者だと伝えれば、私に詰め寄って場合によっては悪評を立てる事が出来ると思ったのでしょう」
「エリザベスとその男の思惑はそれでいいかもしれないが、背後の人間の思惑は何だ?」
「それが分からないから、急いで報告しに来たのよ。あの男はエリザベスお姉様と同級生だと言っていたと思うけど、卒業後にどこで暮らしていたとしても、今、王領にやって来る様な金も暇もあるものかも分からないから、手引きをした人間を至急調べた方が良いと思うの」
ヨハンは少しの間、顎に指を当てていたが、視線を上げて言った。
「分かった。今日はもうここから出るな」
「ええ、もちろんよ…カーライル家が貴方に迷惑をかける様な事になったら、本当にごめんなさい」
「それは調べさせる。もう戻って良いぞ」
そう言われて私は自分の部屋に戻った。私に付いて来たのはファインズ家が付けた侍女兼護衛のシルビアだけで、りーせはヨハンの部屋に残った。
部屋では侍従のオットーと侍女のリーゼがヨハンを半目で睨んでいた。オットーが口を開いた。
「どうなさるおつもりで?」
「調べがついてからだ。とりあえず騎士団の聞き取り結果を聞く必要がある」
「なら、現時点でテティス様に冷たくあたる必要は無いと思いますが」
「いつから『様』付けになったんだ?」
「あの方が殿下に曇りなき友情を捧げている事が分かってからです」
ヨハンは舌打ちをした。オットーの言い草が気に入らなかったんだ。
「そう、友情だ!とんでもなく呑気で無防備な癖に、事ある毎に友達の距離を取りやがる!そりゃあ、俺達は時が来れば距離を開ける必要があるが、それでも今、話してくれても良い事はあるだろう!」
ここでリーゼが口を開いた。
「差し出がましい様ですが、昨日の事も含めてテティス様は傷付いていらっしゃいます。友人であっても手を差し伸べてもよろしいと思いますよ」
「お前等、鬼だな!俺にだって人並の感情があるんだぞ!?」
オットーとリーゼは冷たく主人を見つめた。
「…分かった。十分くれ。感情に折り合いを付ける。十五分後にあいつの部屋に呼びに行くから、リーゼはあいつに伝えろ。オットーは庭園のガゼボの使用許可を取ってこい」
二人は主人の言いつけに従い、部屋を出て行った。
三人共、これが『嫌がらせ』だと仮定すると、あの男とテティスの関係がどうだったか、それをほぼ正確に推測していた。三年前エリザベス・カーライルは、あの男と親し気に話していたテティスに嫌がらせをする為に、あの男とテティスの近くを通ったのだろう。
今よりも幼く今よりも可愛らしいテティスが男と頬を染めて話しているのを想像して、ヨハンは苛立ちを感じた。だからその感情を隠す為に、必要以上に冷たく振舞ったんだ。
部屋に戻った私に、シルビアはお茶を淹れてくれた。そうは言っても、こんなところにまで練習をさせる為に私を連れて来てくれたヨハンに迷惑しかかけられない事に私は落ち込んでいた。
ベスお姉様も嫌っていたあの男を態々使ってまで、お姉様は私に何をしたかったのか。そして、これは多分表向きの問題で、その裏で何かを目論んでいる者がいるのではないか。
唇を嚙みながらティーカップの水面を眺めていたところ、リーゼが入って来て言った。
「主人が庭園でお茶をご一緒したいと言っております。ご用意をお願いします」
「え、今報告したばかりなのに?」
「調査結果が出るまで時間があります。お嬢様を優先致しますので、日頃の不平不満なりご遠慮せずにお話しくださいませ」
普段は押さえた愛想笑いしかしていないリーゼだった。王宮侍女なだけに大層美人なリーゼが今、爽やかに微笑むと、女の私でもときめくレベルだった。
ヨハンめ、この女性の半分でも愛想が良ければ、私だって愛想良く友人をやってやるのに。とは言え、爽やかに笑うヨハンなんてものを見せられたら、絶対悪い事を考えているに違いないと不安になるだけだろうが。
まあ、いずれ魔獣戦に戻りますので。




