4−3 魔獣と対峙するという事
翌日は朝食後に少し間を置いてから出発の準備をした。エリザベスお姉様の結婚式の日にリーゼと共に私の控室にいた長身の侍女はゲルダと名乗った。そして今日は女騎士の服装で私に付いている。加えて二人の侍女、リーゼとシルビアも山登りの服装で背嚢を背負って付いて来る。
別荘のロビーで合流したヨハンが私を見て言う。
「装備はそれなりだな。これで顔つきが締まっていれば良かったんだが」
「初めての魔獣討伐だから、勝手が分からないのよ」
「そうだろうな。三日もすれば慣れるだろう」
「だと良いんだけど」
ヨハンには私に剣術を教えているカールの他に、見慣れた騎士が合計四人付いている。別荘の入口には騎乗した騎士が守る金属装甲を備えた馬車が待っており、ヨハンとカール、私とシルビアが車室内に入る。
「まあ、中級魔獣相手ならそれなりに守ってくれる馬車だ。そこは安心して良い」
「…上級魔獣なんてこのあたりにいるの?」
「移動に二日かかる距離にはいるらしい」
「飛んで来ないよね?」
「飛ぶ上級魔獣は百年目撃されていない」
「それは安心して良いの!?」
「9割の確率で安心して良いが、1割の覚悟を持っておけ」
どうしろと?
1時間ほど、あまり起伏の無い道を進んだらしい。10人程の徒歩の騎士が待機している中、私達は馬車から降りた。
「このあたりは春に討伐しており、多少の初級魔獣しか出てこない。初心者の討伐練習に適している訳だ。魔法を打つ心構えをしておけ」
心構えなど無用だった。だからヨハンに申告した。
「人とは違う水気が100ft先にあるわ」
「数は?」
「ひとつ」
「なら、そっちに行こう」
途中までは第三騎士団の騎士が私の前を歩いてくれた。
「そろそろ、テティスが前に出ろ。見つけ次第氷で攻撃しろ」
きゅっと心臓が締め付けられるように緊張する。この世で最も力の無い生き物同士が相争うんだ。
そこにいたのは一角ウサギだった。体長1ftくらいの。一度私を見たその子は、踵を返して逃げ出した。私はほっと息を吐いた。弱者同士、逃げ出せば闘争にならないって知っているんだ。
「テティス」
ヨハンの冷たい声が響く。
「攻撃しろ、と言った筈だ」
「だって…」
「良いから攻撃して足を止めろ。動きを鈍らせてから止めを刺すんだ」
「でも、あの子は逃げ出したのよ?」
「それでも時には子供達に襲い掛かって来る。自分達の方が有利ならな。こちらが有利な時に倒さないといけないんだ」
私は足元を見つめるしかなかった。それはそうかも知れないけれど…
「次に近い奴はどこだ?」
私は右方向を指さす。
「なら、そいつを殺れ」
とぼとぼとそちらに近づくしかない。討伐練習って、命を奪う練習なんだ…
また現れたのは一角ウサギだった。くるっと体の向きを変えたその子にアイスボールをぶつける。
「きゅっ」
ネズミの様な鳴き声がした。一角ウサギはアイスボールで地面に叩きつけられごろっと転がった。四本足で立とうとした所に再度アイスボールをぶつける。一角ウサギの水気が青っぽく感じる…痛い、と思っているんだ…それでもまた四本足で立とうとしたところをアイスボールで地面に叩きつける。
「テティス」
ヨハンの呼ぶ声が聞こえる。もっと攻撃しろと言うんだ。アイスボールで転がった一角ウサギを逆側からアイスボールで叩く。立ち上がれないでいる相手に次々とアイスボールを叩きつける。内臓がやられたのか、関節を痛めたのかもがくだけで立ち上がれなくなる。それを見て私の瞳がじんわりと熱くなってきた。これ、虐めてるんだ。弱者を…
「テティス」
今度の言葉の意味も分かる。そろそろ止めを刺せと言うんだ。でも…もがく一角ウサギから目が離せない。何とか生き延びられないか、この子も必死に足掻いているのに…
「テティス、魔法学院では各学年の後期の始めに魔獣討伐の演習がある。これで結果が出せなくても卒業出来ないと言う事はないが、特待生としての評価は下がるだろう。お前の学院生活には王家から金が出ている。使った金に見合う成果が無ければ、お前は切り捨てられるだろう」
リチャード殿下のカーライル家に対する冷たい発言が思い出される。そう、今、この子を生かすか、自分を生かすか。学院生活ではこういう事が求められていくんだ。セシリアは他人を蹴落として上へ行こうとした。私が足踏みしていれば、ああ言う人に蹴落とされてしまう…
カーライル家の領地で特待生になると決めた。何も分からず決めた事は成就されたけれど、その代償が今、目の前にある命だ。もうカーライル家のあの領地には戻れない以上、この命を踏みにじって前に進むしかない…
私はもがく一角ウサギの上にアイスランスを作った。一角ウサギの水気は真っ青と真っ赤が混じった混乱したものになっている。謝ってもこの子には許されない事だけど、謝るしかない。ごめん。
そう心の中で呟いて、アイスランスを落とす。地面に縫い付けられた一角ウサギは暫く痙攣していたが、やがて動かなくなった。そして水気に乗っていた何らかの色もなくなり、物体の中の水でしかなくなる…今、この子が死んだんだ。
自分の両目から何かが流れているのを感じて私は両手で両目を抑えた。もう地面にへたり込む以外の事が出来なかった。
ヨハンが私の頭に手を乗せる。
「今日はもう良い。帰ろう」
立ち上がれない私の両腕を掴んでヨハンが立たせてくれる。でも、歩けない。
ヨハンに抱きついて、子供の様に泣きじゃくるしか出来なかった。でも、こんな風に泣く事もこれからは出来なくなるだろう。だって私は誰かの庇護の下で夢を見ている子供じゃなく、自分の利益の為に、自分の責任で他者から何かを奪う、そんな大人になってしまったのだから。
ここを乗り越えないといけない訳です。異世界転生しても、冒険者とかになりたいとは思えない。倒した狼さんを木から吊り下げて血抜きをして、台車に乗せてギルドまで持っていくとか、途中でノイローゼになりそうです。あと、森の中でファイアーボールで倒す、って絶対山火事になるよね。




