4−1 夏休みに向けて
「テティス、お前は自分の実力を把握しなさ過ぎだ。夏休み前半は俺と一緒に北の国境線まで行って、魔獣を狩る訓練をして自分の破壊力の使い方を覚えろ」
ヨハンが私の夏休みの予定を勝手に決めている。
「え~と、それは貴方の予定に付き合えと言う事?」
「お前の為に態々予定を組んでやったんだ、有難く思え」
「そんな事、頼んでないじゃない…」
「後期の最初に魔獣討伐演習がある。その前に経験を積んでおかないと不測の事態が起きかねない。生命の危険に晒されたくなかったらしっかり事前に訓練をしておくべきと思ったんだ」
「うん、そう言われると有難いとは思うんだけど…」
「行く先は王領で、駐屯している第三騎士団に同行するから、酷く危険と言う事はないし、泊るのは王家の別荘だ。朝晩はしっかりした扱いを受ける」
「まあ、他国の王子と同行したらそんなに酷い扱いは無いでしょうけど…」
「北の国境線まで他人の金で旅行出来るんだ、喜んだらどうだ?」
「行った先でやることが魔獣討伐じゃなければ喜ぶところだけど…」
「じゃあ、向こうに着くまでは嬉しそうな顔してろ」
「命令されて愛想笑い出来る程の経験値は積んでないわ」
仕方なく養家に連絡の手紙を入れた。事前に連絡を受けているから装備の準備はしてある、山中を歩く為のズボンも作ってあるから週末に合わせてみる様にと手紙が帰って来た。何だ、ヨハンめ。随分前から決まっていたんじゃないか。最初に相談してくれれば…断ってたよね。魔獣討伐。恐いじゃない。
週末に帰ったファインズ侯爵家のタウンハウスでは応接室に連れて行かれ、スザンナ夫人とオリビアお義姉様にドレスや山登りの服装・装備を見せられた。
「こちらが食事用のドレスね」
「ああ、宿泊先は王家の別荘だから、王家の方はいないにせよ、それなりにちゃんとしたドレスが必要そうですね…」
オリビアお義姉様が口を開く。
「国境付近の王領に別荘なんてあるのね」
これにはスザンナ夫人が答えた。
「普通の貴族には縁のない設備だけど、魔獣から国境線を守る第三騎士団の城塞と隣接しているらしいから、珍しい体験が出来ると喜ぶべきね」
「城塞…そんなに切迫しているんですか?」
「三百年前に、その領地が魔獣の侵入で経営が出来なくなったので王領にしたのよ。だから毎年そちら方面で、夏から秋に大規模な魔獣討伐をやると聞いているわ。私の学院の同級生の叔父様が騎士をやっていて、その討伐で腕を失ったらしいのね。だから、あなたも気を付けてね」
オリビアお義姉様も知っている事があるらしく口を開いた。
「三年の同級生の特待生の中でも魔法兵になる事が決まっている人達は、この夏休みにサマーキャンプとして西部国境側の魔獣討伐に行くらしいわ。テティスは女性だから魔法兵になる可能性は低いと思うけど、先の事を考えると魔獣討伐に慣れておいた方が良いでしょうね」
「そうですね…」
スザンナ夫人はすこし苦笑いしながら言った。
「まあ、王家も含めて男達は色々な思惑でテティスを連れて行くのでしょうけど、私達はあなたの味方よ。辛い事があったら帰って来なさいね」
「はい。ありがとうございます」
まあ、ヨハンは色々考えてくれていると思うのだけど…
スザンナ夫人の言うところの男達、それはファインズ侯爵と後継者のジェラルドの事だが、その頃その男達はテティスの事を話していた。
「試験後のデモンストレーションで見せたテティスの魔法攻撃力は、既に魔法兵以上と思われます」
「そうだろうな。だから夏休みに北部国境などという一番の危険地帯で能力を確かめさせてみようというのだろう」
「我が家の名前を使う為に王家の方から養子縁組を持ちかけて来る程ですから、それほど買っているという事ですか?」
「まあ、そこはカーライル家を泳がしてテティスにどう手を出して来るか、その背後関係を監視している事もある。結局、ヘイスティング家の後釜にもラッセル侯爵の息のかかった者が落ち着きそうだし、そのあたりを掣肘出来る証拠が欲しいのはあるが」
「ここで王都からテティスを遠ざけるのは、何か危険な兆候でもあったのでしょうか?」
「いや、これは単純に特待生の実力を見る為の様だ」
一方、ストーナー男爵家でも養女と親との語らいがあった。
「ラッセル侯爵はお前の上昇志向と変革を求め行動した事は褒めてくださった。まだ聖魔法の手ほどきを受けて間もない事を考えれば、現時点ではその姿勢だけで充分だと仰る。今後の奮励努力を期待しているとの事だ」
「はい、お義父様。肝に銘じます」
「うむ。頼んだぞ」
とは言え、セシリアである。しおらしいのは顔だけで、心中では舌を出していた。
(今は充分?ちゃんとした教育も受けさせないで何言ってんの。しかもそういう教育をしっかり受けた筈の貴族の聖魔法属性持ちが使い物にならないから私に白羽の矢が立ったんでしょ。このままなら私が聖女なんだから、あんた達おじさん達が偉そうにしていられるのも今の内だからね。とは言え、聖女の威厳を台無しにしてくれた連中にはちゃんと倍返ししてやらないとね。学院の教師達も、あの特待生の女も酷い目に遭わせてやる)
夏休みはダミアン達と相談しよう、と思っていた。相談の内容は努力の種ではなく、策略の種だ。
他方、第二王子リチャードは教会側の報告を受けていた。
「西部と東部の調査はほぼ終わっております。現時点で聖女候補と呼べるほどの聖魔法の力を持つ者はおりません。北部は何かと非協力的なので、あとは南部の調査を進めます」
リチャードは溜息を吐いた。
「麻薬のみならず、聖魔法属性持ちも隠れている可能性があるのか…」
「このままではシュバルツブルグの聖女候補が聖女になってしまいますが…」
「何か北部で宗教的なイベントを起こす事は出来ないか?それと聖属性調査を平行して行うとか?」
「秋になってしまいますが、収穫祭の際に何か聖女様を偲ぶ催しを考えましょう」
「そうだな。その検討を頼む」
そんなにきつい魔獣討伐にはならないんじゃないかな。これ恋愛小説だし。




