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3−10 アイスランス

 しかし、ヨハン…何で私の事であなたが威張って喋るのか。そして私の事を何であなたが決めるのか。ダミアンがセシリアの聖魔法をネタに威張るのはもうそういう人間だと思うけど、あなたなら私をネタにする事なく威張れるだろうに。


 そうは思うけど、その場にいた人間は皆、魔法練習場に向かっている。

「ねぇ、アイスランスを打てば良いの?」

「とりあえずそのあたりにしとけ。ビッグウェーブとかで学院ごと水浸しにされても責任問題になるからな」

「いや、さすがに学院ごとは無理だけど」

「1年棟丸ごと水浸しにされても敵わん。特待生寮まで水が押し寄せて今晩寝るところがなくなる」

「ああ、それはあるかも」

「…あるんだな。止めとけよ」

「やらないってば!」


 水魔法練習場だとコンクリートの壁と排水施設であり、アイスランスで破損の可能性がある為、ヨハンは皆を火魔法練習所に連れて行った。火魔法練習場ではコンクリートの壁の前に土が盛ってあり、そこに的が設置してある為、土部分を狙えば何かを破損する可能性は無い…筈だった。


「じゃあ、的と的の間を狙ってやってくれ」

ヨハンが大雑把な指示を出して来る。え~と、私の実力って奴を示すんだから、多少破壊力を見せた方が良いんだよね?破壊力はよく分からないけど、粘土質を掘っていた時に掘削力を高めるやり方は分かったんだ。それで行こう。


 両手を伸ばし、手の先1ft程のところに水塊を生じさせる。それをぐるぐる回転させながら1ftくらいの太さの長細い氷塊に変えて、高速で前に打ち出す!


 途中でヨハンが私を一瞥したけれど、止めないって事は良いんだよね?どすん、と音がして土盛りの土が四散した。しばらくして土煙が収まった後には、むき出しになったコンクリートが陥没して蜘蛛の巣の様にひびが入っていた。あれ~、粘土質に比べて土盛りが軟弱だったんじゃない?手抜き工事だよね、きっと。観衆からも教官からも声が出てこない。何とか言ってよ!


 ヨハンが再び批判的な視線を飛ばして来た。文句があるんだったら、打ち出す前に言ってよ!


 ラルフことヨハンは口元を手で押さえているプリシア・サマセット令嬢に声をかけた。

「同級生女子が粗相をしてしまった様だ。ここはこの場の女子で一番高位の方にご配慮頂けると、問題なく話が収まると思うんだが、どうだろう?」

それを聞いたプリシア嬢は目を細めて、ラルフを見つめた。

(ふふふ、そう言う上位貴族に配慮している様に見せかけて、上手く能力のある者を使おうとする姿勢、商人のやり方では無いのではなくて?まあ、尊い方にお願いされてはお断りは出来ませんわね?)

「そうですわね。テティスさんの実力を見せて頂いたのですから、お片付けくらいは致しましょうか」


 右手を伸ばしたプリシア嬢は、口元を少し動かすと、陥没してひびの入ったコンクリートをまず修復した。それを見ていた観衆から『おぉっ』と声が上がった。そのまま飛散した土を集めて、元通りの土盛り状態に戻した。

「先生、後はお願いしてもよろしいかしら?」

「ああ、協力ありがとう」


 まだ思考停止しているらしいダミアンとセシリアに近づいて、ヨハンは話し出した。

「今見た通り、テティスの水魔法の攻撃力は多分学院内屈指だ。あれを阻止出来る人間は多分限られている。例えばサマセット公爵令嬢の魔法の実力は今見た通りだが、ご令嬢、テティスのアイスランスを阻止出来るとお考えか?」

プリシア・サマセットは穏やかに微笑んで答えた。

「テティスさんとは良い関係を築いておりますから、魔法で対峙する事はないと思いますわ」

「と、言う事だ。誰にも阻止出来ない以上、テティスと女性同士一対一で対峙したいと言うなら、せめて体が真っ二つになっても繋げられるほど治癒が上達してからにしてくれ」

ダミアンは口喧嘩なら得意の舞台と思ったらしく、反論しようとした。

「ふざけるな!体を吹き飛ばされても治癒するなど、聖女でも…」

「聖女なら出来るかもしれんが、まだ聖女候補のそのまた候補なら無理だろ。聖魔法の希少性を鑑みても、現時点でテティスを押し退けて特待生になるのは無理だ。それともお前が土魔法でテティスを阻止して、聖女候補が魔法攻撃でもすれば対抗出来るとでも思うか?」


 特待生と一緒に魔法実技の授業を受けられない程度の実力しかないダミアンには明らかに無理だった。ダミアンもセシリアも悔しさを隠せないでいたが、教官がまとめに入った。

「テティスのアレはもう質量兵器だから、阻止出来なくても学院の生徒なら恥じる事はない。セシリアは夏休みがある。教会の指導を受けて聖魔法を上達する様に心掛けてくれ。学院としても、王室としても、聖女候補の今後の成長には期待しているんだ。だからまた後期の試験を頑張ってくれ。以上、解散!」


 もう授業を始める時間を過ぎている。教官としては生徒を教室に戻したかったし、ダミアン達に頭を冷やす時間を与えたかった…のだが、セシリアが再び頭にくる光景があった。


 歩き出した私にジェラルドが近づいて来て、背中をぽん、と叩いた。

「お疲れ様」

「ありがとう、お義兄様」

そう微笑み合う私達を見たセシリアの水気がどす黒く濁った。うわっ、ここまで酷い水気を見た事はないんだけど…

 上手くヘイトを稼いだテティス…嬉しくないっ!


 明日から4章です。物語世界はようやく夏休みに入ります。

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