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1−2 避暑地の出来事 (2)

 初日の午後は西側の通りを見て回った。二日目の午前中は北側の通りを見て回った。だから、この午後は南側の通りを見て回ろう。そう思って南に向かって歩いてみた。


 この避暑地のホテル街に隣接する商店街は、基本的に観光客相手の商売をしている様だ。けれど南側は幹線道に向かっており、何台かの馬車も道端に止まっていた。つまり、観光客向けではなく、仲買いなどの倉庫が多く並んでいる様だった。言い換えるとこの周辺には見るものがない。だから私は途中で引き返した。


 そうしてそのまま北側の通りに入って行った。何かを期待していた訳じゃない。でも、午前中の少年が気になって、もしかしたら会えないかな、と思っていたんだろう。だから、顔は前を向いていながら、目だけは左右をきょろきょろと彷徨っていた。似た背格好の少年はよく歩いているが、髪の毛は金髪が多い。概ね上位貴族は金髪を結婚相手の条件とする。金髪が高貴、という価値観を上位貴族は持っているからだ。だからここで歩いている少年達は当然貴族の子息達だろう。明日のイベントの為に貴族の少年少女が集まっているんだ。


 そうして、黒髪の少年を見つけた。彼の体はお店の方を向いていながら、顔は通りを見ている様だ。私の方は素知らぬ顔で近づいて行ったが、彼は斜め後ろに顔を向けたまま、こちらに歩き出した。え、と思って私は足を止めたが、彼はそのまま前を見ずに歩き続け、私とぶつかった。私の方は、今度は前を見ていたから倒れなかった。

「きゃ」

そう小声で呟くと、彼はこちらを見て謝った。

「あ、ごめん…あれ、もしかすると午前中にもぶつかったかな」

「ええ。前を見て歩かないと危ないですよ」

「君もね」

そういう彼は少し恥ずかしそうな顔をした。小奇麗な顔、切りそろえられた前髪。ちゃんとした身だしなみから、彼は貴族だろうと思われた。とりあえず私は当り障りのない話をしてみた。

「何か探しているんですか?」

「ああ、まあ土産物を探しているよ」

「ここの土産物は何が有名なんでしょう?」

「さあ、知らないから見て回っているんだ」

さっぱりした人なのかな、と思って見ていると、彼はやはり周囲を見ている様だった。

「誰か探しているんですか?」

「いや、あ!」


 そう言って小走りに進んだ彼は女性の名前を呼んだ。

「エリザベスさん!」

…エリザベスは私の姉の名前だった。彼が向かった先には、私の姉、エリザベス・カーライル、カーライル伯爵家の次女が立っていた。遠目に見ても、ベスお姉様は眉を顰めていた。

「名前を呼ぶことを許すほど、あなたとは親しい間柄では無い筈だけど?」

「そんな!同じ魔法学院に通う生徒同士じゃないか!」

「あなたとはクラスも別だし、親しくする理由もないのだけれど?エリック・バーナーズ男爵子息、あなたも明日のお茶会で相手を探すのではなくて?こんなところで女を口説いていたら醜聞になるわよ」

「だから探していたんだ!君が婚約相手を見つける前に!僕にもチャンスが欲しいんだ!」


 黒髪の少年、エリック・バーナーズは私の姉と魔法学院で知り合いの様だった。そして明日の公爵家主菜のお茶会という名の集団婚活会で婚約相手を探しに来た私の姉を、その前に何とか口説こうと見苦しくも付きまとう男だった。こんな公衆の面前で相手にとって醜聞になるような事をする恥知らずの男。


 私は眩暈がした。本気でふらついたので、ホテルに帰る事にした。もちろん、エリザベスお姉様もエリックも私の事を気にする素振りも無く、侍女のニアだけが黙ってついて来た。


 ホテルの部屋に戻った私は、侍女のニアを下がらせた後、ベッドに倒れこんだ。小奇麗な少年を見て、爽やかな人かな、とついその気になった私は馬鹿だった。爽やかな訳がない、あんな風に自分に気の無い女に縋りつく男なんだから。それなのに爽やかに見えたのは、単に彼にとって私が眼中にないからだったんだ。


 ベスお姉様は、ブラウスの上にベージュのベストを着ていた。そのベストに小さく刺繍がされていて、それがおしゃれで大人っぽかった。対して私のサマードレスは装飾なんてない。ベッドの上でよく見ると、何となく布地も安っぽい気がする。裕福とは言えない我が家で私に買い与えた服なんて、貴族向けではなく平民向けなのかもしれない。あんなに誇らしく思っていたサマードレスはすっかり色褪せて見えた。そしてそんな安物を喜んでいた私の事を、両親もベスお姉様も嘲笑っていたのではないのだろうか。


 ベスお姉様はエリックと話していたのが私だと気付いた筈だ。なのにその場を去る私に声もかけない。あんな男に瞳を輝かせる妹を嘲笑っているのではないか。世界中が私を嘲笑っている様に感じた。


 こうして私のささやかな思いは芽吹く事も無く枯れ果てた。そして、私がそのサマードレスを着る事は二度と無かった。

 気がつくと5時間後という壮絶な寝落ちをしておりました。ごめんなさい。暑さで知らず知らすのうちに睡眠不足になっていたのかもしれません。皆様もご自愛ください。


 あと、サマードレスは装飾がないから爽やか、という感性でデザインされている筈ですが、子供にはその感性はありませんね。この時主人公は13才。微妙な年齢ですが…12才と数カ月って1−1に書きましたね。まだ12才でした。

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