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2−11 カーライル家の慶事 (5)

 リチャード殿下や騎士団が退出して、ヨハンとその部下と私だけが残された。

「テティス、一人で座っていられるか?」

「うん、大丈夫」

両手で椅子の端を持って支えれば座っていられる。だからヨハンも私の両肩から手を離して隣に座った。


「まあ、今回の件、当初は第一騎士団と第二騎士団が合同で行っていた麻薬捜査があり、途中から俺の案件と言う事でリチャードが指揮を執った訳だ。また、麻薬が絡むと貴族でも王権により処分が出来るが、麻薬の現物が出ないと貴族議会に承認を得るか、または貴族議会に属する法廷での裁判となり、王家で勝手に処分が出来ないんだ。そういう訳で、確実にブツを押さえる必要があったから話せなかった。済まなかったな」

経緯はそこまで気にならなかった。問題はこれからの事だ。

「私は特待生になった時からやる事は一つだから構わないけど、カーライル家への王家や貴族達の対応はどうなるの?」

「王国としての対応はリチャードが言った通り、お咎めなしだ。貴族については俺もこの国の貴族達の情緒的な結びつきはよく分からないが、近隣領地からの流通は減るだろうな。自領への麻薬流入を阻止するという姿勢を明らかにする為に、検問が厳しくなる。そうなると商人の移動が止まる。自給自足の体制を取る必要がある」


 領地でのノーマン叔父様の苦労が増える…領地内のお金の流れが停滞する以上、余計な出費が押さえられる。そうなるとジュリアンの魔法学院入学は難しくなる。両親が不用意なせいで、領地の知り合い達に迷惑がかかる…彼等は私を含めカーライル一家を恨むだろう…背中が丸まり、俯く事しか出来なくなる…


 感情論で領政を投げ出し、逃げ出そうとして悪い貴族に掴まり、その結果領政が滞る…領主と言うのは領地を治める行政官なのに、行政に励むどころか悪影響しか及ぼさない…そんな風に悪評(しかも正当な評価だ)に晒されて、両親は大丈夫だろうか。


 しかも、後継者問題は更に解決が困難になった。悪評に晒される貴族家に婿入りしようとする者に、改善の意志がある者の方が少ないだろう。困った者に近づく者は、大概の場合は食い物にしようとする者だ。そもそも西部のヘイスティング家が南部のカーライル家に近づく、その段階で彼の家に何らかの目的があると考えないといけなかったのではないか。私がもっと考えて提案が出来ていれば、こうはならなかったのではないか…


 気が付くと、またヨハンが私の肩を支えていた。

「テティス、お前が悪い訳じゃない。一番子供のお前の意見を大人達が聞く筈もなく、姉がお前を憎むのは宿命的なものだ。そう落ち込むな」

「宿命…」

「権力が絡む人間関係は、All or Nothingだからだ。誰かが全てを手に入れ、そうでない者は全てを失う。時には命さえも」

ひっ、と私は小さな悲鳴を上げた。だって、骨肉の争いなんて王家や上位貴族の男子だけの話だと思っていたんだ。ベスお姉様は私に追い落とされる事を恐れていた…そんな理由があっただろうか…一つ気付いた。私が特待生になってしまったから。ベスお姉様は本気で心配したのではないか、私の卒業までに後継者が私の結婚相手に代わる事を。私のせいなのか…


 そんな私の肩をヨハンが荒っぽく揺らした。

「しっかりしろ!お前のせいじゃないっ!」

「だって、私が特待生にならなかったら…」

ぽろぽろ涙が零れた。私の家族の世界を壊してしまったのは私なんだから、その罪の意識に耐えられなかった。

「違う!お前が特待生にならなかったら、お前は何の発言力もない子供として、冤罪で抹殺されていたんだ!そうしてお前の両親は実権を失い、最終的にはやはり抹殺されていたかもしれない!だから、いくつもの命を守ったお前の選択は正しかったんだ!俺も、この国の王家も、そしてファインズ侯爵家も、お前の選択とお前の努力を正しいと認めているんだ!ショックなのは分かるが、自分が悪いと思うな!悪いのは悪事を計った者達なんだ!そして、正邪を見誤った言動をすれば、お前も悪と呼ばれる日がくる。ここまでのお前は正しいんだ。だから、自分が悪いなんて絶対に口にするな!」


 そうだ。多分、ベスお姉様の不安に付け込んで、ヘイスティング家の者達がお姉様を引きこんだんだ。感情に流されてはいけない。決して悪意持つ者達に付け込まれない様に。


 でも…まだ私の周りに、悪意が纏わりついている気がするのよ。重い悪意が纏わりついて、私の体を押しつぶそうとしている気がするのよ。項垂れて顔を上げられない私の耳元でヨハンが囁いた。

「心配するな。暫くは俺がお前の力になってやる。我ら童顔同盟は、清らかな善人たるお互いを助け合う為にあるんだ」

童顔同盟…ネーミング酷いよヨハン。

「その同盟の名前、なんとかならない?」

「特待生にも怪しげな奴はいるし、優等生に広げても嫌な奴が含まれる。善人ぶりが顔に出ている童顔同盟が一番、俺達に相応しいだろ?」

自分で善人と言い張る俺様王子のヨハン…うん、ごめん、ジョークで私の気を紛らわせようとしてくれてるんだね。今日のあなたは善人だ。

「まあ、仕方が無いか。お互い童顔でなくなったら、その時にもっと格好良い名前を考えましょう」

「多分、お前には童顔の呼び名が何時までも似合うと思うぞ」

「呪いの言葉を吐かないで。ちゃんと大人になるつもりなんだから」

「なら、呪いに負けずに成長するんだな」


 人の悪意は恐ろしいものだ。いつまでも悪意に晒された人の心に纏わりつく。でも、人の情けは良いものだ。ヨハンの私を気遣う言葉が、私の心を晴らしてくれる。

「ありがとう、ヨハン。もうちょっとしたら元気になるから」

「今元気のないお前の護衛に、約束通りウサギのぬいぐるみを付けてやろう。ウサギに守られたお前はきっと大丈夫だ」

「童顔同盟には相応しい贈り物かもしれないわね」


 心なしかヨハンの護衛、侍従達もほっとした顔をしている気がする。ヨハンの言葉が、私の心を解放してくれたから、そんな気がしたんだろう。


 そうして、帰りにヨハンは黄色のウサギのぬいぐるみを買ってくれた。彼は私が家族と分かれると分かっていたから、新しい家族としてウサギを贈ってくれるつもりだったんだ。彼は好意から贈ってくれたのだろうが…


 枕元に置いたウサギを見ていて気付いた。私はあの両親にぬいぐるみを買って貰った事がなかったんだ。無知とは罪だ。罪に対する罰として、心無い扱いを受けたりする。


 その日の晩、あの夏、あの避暑地でサマードレスを家族に馬鹿にされる夢を見た…それはまだ、私があの家族の情けを求めている事を示しているんじゃないかと不安になった。

 ぬいぐるみが愛の証と言うつもりはありませんが、ぬいぐるみや抱き人形をぎゅっとするのは子供の心の安定に重要な事と思います。


 この騒動としては、あとは養子先との顔合わせになります。

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