2−9 カーライル家の慶事 (3)
扉の前でエリザベスお姉様の侍女のアンナと話していた背の高い侍女は、アンナの腕を引っ張って力づくで扉の前からどけた。その扉を通って女性騎士と修道女が次々となだれ込んで来た。女性騎士達はリーゼに代わってニアの両腕を掴み、もう一人の女性騎士がニアの持つ布包みを開き、中身を確認した。布包みの中に紙包みがあり、その一つを開いた女騎士は、中身の粉末の匂いを嗅いで声を上げた。
「確保!拘束!」
その声を聞いて、女騎士の一人はアンナの腕を掴み後ろ手にねじ上げた。ニアも同様に腕を後ろ手にねじ上げられた。
「何をするんです!」「や、やめて!痛い!」
通路の方で「確保しました!」の復唱が何度も聞こえた。
続いて男性の騎士が扉のこちらと向こう側を固めた。そこに胸のマークが違う騎士服の男達が入って来て、その後ろから白地に黄色い飾りの付いたスーツ姿の男性が入って来た。その後ろからヨハンが付いて来て、黙って私の隣に歩いて来た。そして小声で告げた。
「頼むから少し黙っていてくれ」
私はこくんと頷いた。多分、隣国の王子に近づく女の実家を洗った結果、問題が発覚したんだ。何を血迷っているの、お父様…
白いスーツの男は声を上げた。
「証人は証言を」
そう言うと、この部屋の壁際に立っていた修道女二人が前に出て言った。
「第二騎士団のケイト・マレーです。カーライル家の侍女を名乗る女がカーライル家のテティス嬢を呼びに来ましたが、この部屋にいた侍女がまだ早いと応対していたところ、もう一人のカーライル家の侍女がテティス嬢に布包みを持って近づきました。この部屋にいた侍女が中身を尋ねたところ、テティス嬢の持ち物と答えましたが、テティス嬢は覚えがないと答えた後、第一騎士団が中身を確認し、麻薬と判断した模様です」
「西修道院のシェリーです。今の証言に間違いない事を証言します」
「第一騎士団、中身は何か?」
「はっ、第一種麻薬と判断しました。裁判までには特定致します」
ここで花嫁姿の女性、エリザベス・カーライルとその両親、花婿とその一家が入室してきた。彼等に対して白いスーツの男が告げた。
「カーライル家及びヘイスティング家一同には私、第二王子リチャードから立ち合いを命じる。発言を許可するまでは清聴する様に。さて、カーライル家侍女、名乗った後に証言をせよ。そなたはその麻薬を誰から手に入れた?偽証は罪を重くするから心して話せ」
リチャード殿下は私の近くで拘束されているニアを見た。ニアはぶるぶる震えていた。第一種麻薬、それは所持しているだけで拘禁刑となる麻薬だ。売買に携わった場合は死刑になる。
「か、カーライル家侍女のニア・チェルニーです。わ、私は今、侍女の先輩のアンナさんの指示で仕事をしています。今日は、ここに布包みを運ぶ様に言われて、持って来ただけで、アンナさんがどこから手に入れたかは分かりません」
「中身は何か知っていたのか?」
「知りません。尋ねたけど教えて貰えませんでした」
リチャード殿下はここで侍女アンナに尋ねた。
「侍女アンナは名乗った後に質問に答えよ。侍女ニアの証言に異論はあるか?」
「カーライル家侍女のアンナ・ダドリーです。私が指示してニアに持たせた事に相違ありません」
アンナは腹が座っていた。つまり、中身を知っていた事になる。
「その麻薬をどこで手に入れたのか?」
「私が市場で手に入れました」
リチャード殿下の声が低くなった。
「偽証は罪を重くすると言った筈だ。入手経路が分かるまでカーライル家並びにその使用人は聞き取り捜査を受ける事になる。全員を破滅させたいならその証言を維持せよ。再び問う。麻薬はどこで手に入れたのか?」
私が記憶にある限り、アンナはベスお姉様が10才になった時から侍女として付いていた。流石にベスお姉様を道連れにする事は出来なかったらしい。しばらく俯いてから顔を上げて、証言を翻した。
「ヘイスティング家の下男が昨日の晩に持ってきました。取り扱いに注意しろ、と命令口調でしたので、正体は下男ではなくもっと上の立場の方だと思います」
ここでヘイスティング伯爵が声を上げた。
「殿下!発言をお許しください!」
しかし、リチャード殿下は冷たく言い放った。
「王家を甘く見たな?ダグラス・ヘイスティング。今回の様に実家から逃げ出す目的で特待生になる者がいた場合、王家は逃げ出す原因を作った者達を厳しく監視しているんだ。だから、特にヘイスティング家がどの様な悪意をテティス嬢に向けるかを監視していた。テティス嬢が帰宅した際に部屋から麻薬が見つかり、それを理由にカーライル家の領地を乗っ取る算段と思われるが、そこは聞き取り捜査中に白状するがよい。ヘイスティング一家を連行せよ!」
ヘイスティング伯爵夫妻と三人兄弟は拘束されて部屋を出て行った。カーライル家の問題じゃなかったのか…一安心だけど、アンナが関与した理由が分からない…
その騒ぎの間にウェディングドレス姿のベスお姉様が私に近づいて、小声で言った。
「あなたさえ内内の場で罪を認めていれば大事にはならなかったのに、どういうつもり?私の結婚を潰して嬉しい?」
思いもよらない言葉だった。そう、私が家に帰らなかったからこの場で表沙汰になったけれど、本来ならカーライル家とヘイスティング家の打合せの場で私の悪事が明らかになり、それを理由に両親を領政から手を引かせ、私は病死にでもさせて口封じをする予定だったのではないか…そして、アンナが動くということは、その主であるベスお姉様がヘイスティング家の共犯なのか…
「ベスお姉様は前もってこの事を知っていたのですか?」
「な、何を言うの!?今度は私への誹謗中傷!?」
「だって、貴族にとって一番大事な事は家の存続で、その次が家の名誉を守る事でしょう?カーライル家に対して罪をなすりつけようとするヘイスティング家の陰謀が駄目になって安堵するならともかく、冤罪で裁かれるかもしれなかった妹に責任を問うのはおかしいです」
ベスお姉様は水魔法師の筈だが、私の様に水気を感じる事は出来ないらしい。自分の背後に忍び寄る人影には気づかなかった様だ。私の方からは見えるのだけれど。
「エリザベス嬢は私の裁定に異論がある様だな?」
その人影はリチャード殿下だった。
遠交近攻などという言葉がありますが、年の近い兄弟姉妹の方が仲が悪いことはありますね。意味違うか。