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2−8 カーライル家の慶事 (2)

 式次の打合せがあるから一度家に帰る様に、との連絡が家から届いた。それはそうだよな~…と溜息を吐く。何しろ何度も袖にしてきたから、増々家に帰るのが恐くなっている。まあ、再びヨハンに報告・相談だ。


「そう言う事で、確かに式次は身内は一般客と違うから、打合せが必用とは思うの。一度帰るわ」

ヨハンは目を細めて私の目を見た。今回の視線の理由は分かる。私の目の中に、陰謀の打合せの為に帰る事を望んでいるかどうかを確かめたんだ。いや、カーライル家に隣国と事を構える覚悟はないから、あなたへの陰謀なんてありませんよ、少なくとも我が家には。

「当日はアルベルト商会で着替えをして大聖堂へ向かう。控室も当然こちらで予約してある。式次があるなら事前に書面で教える様に伝えろ」

困った。さっきの視線は私の中の『実家に帰りたくない』を読んでいたんだ。その上でこう言われたら従いたくなる。くそう、この男これで人を動かすのに慣れているな。部下でもないのに思う様に動かされている気がする。


 浮かない顔のテティスが席を立った後、ヨハンが侍従のオットーを相手にぼやいた。

「全く、気が乗らないなら普通に断ればいいだろうに。周囲に気を使い過ぎだ」

「こういう事は片方が配慮しても、片方は配慮などしてくれない事が多いですからね」

「悪意に気付かないのもあいつらしいがな」


 結婚式は上位貴族である伯爵家同士であり、伯爵家の後継者に関わる結婚なので、大聖堂で行われる。昨年まで魔法学院に在籍していたエリザベス・カーライルは、第二王子のリチャード殿下と一年間在学期間が重なっているので、リチャード殿下が参列して王家からの祝辞を頂ける事になっている。


 当日朝にアルベルト商会の王国本店の施設を借りて着付けをしてもらった。ヨハンと私が会う時は何時も顔を見せる侍女のリーゼが指揮をとり、アルベルト商会のメイドが私の化粧と髪を整える。髪をアップにすると大人っぽく見える筈だけど、鏡に映った私はデビュタント前の少女らしく可愛げがあった。プリシア・サマセット公爵令嬢より化粧は薄く見えるのに、私の方が可愛く見えるぞ!童顔だからか!?それだと威張れないわ…


 ヨハンが王子というより平民の上流階級らしい派手過ぎない服を着てやって来た。商会長の息子と呼ぶに相応しい服だ。

「思っていたより良い仕上がりだ。見違えたぞ」

「可愛いでしょ?童顔だもの」

「何を拗ねてるんだよ。慶事に向かうんだ。もっと笑え」

「そうね。ヨハンは地味目の服を着てもちゃんとして見えて羨ましいわ」

「大丈夫だ。派手な服を着ると子供っぽいからな」

「いや、そんな事言ってないじゃない」

「よく言われるんだよ」


 大聖堂に向かう馬車で、実家から送って来た式次をヨハンが見つめている。何を考えているやら、視線が動いていない。そんな風にヨハンの顔やら馬車の中を眺める私は、当然、現実逃避していたんだ。


 ここまで実家に帰る事を拒否し続けた私を家族がどう思っているのかは明らかだ。式が終わった後に個室に連れ込まれたら、頬の一つも張られるのではないか。ここまで私が家に帰る事を止めてきたヨハンは、そんな事から守ってくれるつもりなのだろうか…ヨハンにそこまで頼る事は出来ないけど。


 そんな私にヨハンが口を開いた。

「終わったらアルベルト商会で扱っている貴族の子供向けのウサギのぬいぐるみを買ってやるから、もうちょっと明るい顔をしろ」

「ぬいぐるみで釣られると思ってるの!?」

「金目の物の方が良いか?」

「いや、友人としてそれは遠慮するわ」


 大聖堂に着いた馬車は、通用門側に馬車を止めた。司祭が案内するのに従い、控室に着く。

「リーゼに身だしなみを整えてもらえ。時間が迫ったらまた来る」

部屋にはリーゼの他にもう一人付いて来た長身の侍女が残った。その他に下女の代わりだろうか、修道女が二人部屋の端に立っている。そんな部屋で、リーゼが私の髪型や化粧を少し直してくれた。鏡を見ると先程アルベルト商会で見た時の自分と同じ、身だしなみに乱れはない。


 リーゼは本来は王城に務める様な侍女なのだろうが、こういう最上級の侍女の手にかかれば私も中々可愛い…と本来なら喜ぶところなのだろうけど、この後の事を思うと気が重い。


 別にベスお姉様の結婚に思うところはない。お婿さんと一緒に家を守る義務があるから大変だけれど、今日は晴れの日だ。笑って祝福したい。それでも感じるこの重苦しい空気は何だろう。そんなに両親を恐れているのだろうか…


 リーゼが察してくれて、一言告げてくれた。

「水だけでも、一口含まれますか?」

そう、最後に水分を取ってから随分経つ。祝いの言葉が掠れていてはベスお姉様に申し訳がない。

「はい、お願いします」

口を潤すだけにしておく。式の途中でもよおしては恰好が付かないから。


 私がカップを口に付けた時、部屋の扉を叩く者があった。背の高い侍女が扉を開けると、顔を出したのはベスお姉様の侍女、アンナだった。

「そろそろテティスお嬢様にもお出で頂きたいとご主人様のお達しです」

「まだ早いと思いますが?」

二人のやり取りの間に、領地にいた時から私の侍女だったニアが扉をすり抜けて私に歩み寄ってくる。手に布包みを持っている様だが、ここに何か届ける必要があるのだろうか?


 リーゼがニアにつかつかと歩み寄る。ニアは驚いていると言うより、怯えている様にも見える?リーゼがニアの右腕を掴み、尋ねる。

「これは何ですか?」

「こ、これはお嬢様の持ち物で…」

布で包まれている以上、何だか分からないよ。

「お嬢様、実家の侍女に何か頼みましたか?」

リーゼが私に尋ねるが、私は実家の父としか手紙のやり取りをしていない。頼みようがないんだけど、ニア?

「記憶にありません」

そこでリーゼが今まで聞いた事がない程の大声を上げた。

「突入!」

 後じゃなく前でした。


 3章に手を付け始めていますが、ちょっと悩み中。

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