2−7 カーライル家の慶事 (1)
次女エリザベスの結婚式に私が着る衣装を作る必要があるから、一度家に帰れ、とまた父親から手紙が来た。確かにレティお姉様のお古の中にそういうフォーマルな服はない。あれ?レティお姉さまは学院のダンスパーティとか、貴族付き合いのお茶会はどうしてたのか…服がないから行けなかったのだろうか。それはともかく、黙って実家に帰ると俺様王子の不興を買う。報告・相談といきましょうか。
翌日の昼食の際にヨハンに話をする事にした。
「そういう訳で、6月のベスお姉様の結婚式に着る服を作る為、週末に一度実家に帰らないといけないの。余計な話はしない予定だし、あなた絡みの刺客を放てる様な甲斐性はうちの父にはないと思うから、心配は無用だと思う」
ヨハンは私の目を見つめた。それは疑って見ていると言うより、私の目を見ながら思案している様に見える。
「ふむ、では俺がお前にドレスを贈ってやろう。だからドレス作りは無用と回答しろ」
「いや、それをしてもらう理由がないじゃない」
「まあ、せっかくの機会だ。俺がお前をエスコートしてやるから、ついでに紹介しろ」
「表向きの身柄を紹介すれば良いの?」
「隠している顔をお前の実家に見せる必用があるのか?」
「全く無いわ」
「じゃあ、そういう事だ」
「でも、良いの?予算とか?余計な負担にならない?」
「浮いた予算の範囲でも、貴族の結婚式に使えるくらいのドレスの二・三着くらい作れるぞ」
「浮いた話は今のところないものね」
「一応、お前との関係は見かけ上浮いた話だと思うぞ。それをこの際、補強しておくだけだ」
「…何を考えてるのかよく分からないけど、私に選択肢はない訳ね?」
「まあ、楽しい思い出を作ろうじゃないか」
凄く嘘臭いんだけど、どうやら折れるつもりは無いらしい。確かに私も家に帰って何を言われるか恐いんだけど…あああ、人はこうして他人に上手く動かされる訳ね。
だから実家には結婚式当日に式場に行く、アルベルト商会の子息が紹介して欲しいとの事だからその日に連れて行く、と手紙に書いて、ドレスは断った。
そうして週末は新進デザイナーの店に連れて行かれる事になった。
「王家御用達ではないが、人気が出ている店だとリチャードが言っていたぞ」
リチャード殿下は魔法学院の一学年上の、我が国の第二王子だ。
「はあ、王子同士で仲良しなのね?」
「まあ聖女候補が見つかったら険悪になるとは思うが、それまでは客人扱いだ。悪い店ではない筈だ」
「そう、ヨハンが殿下の機嫌を損ねてなければ、良いお店なのね」
「大丈夫だ。俺の態度が悪くても、リチャードは見かけ上、心が広い奴だ」
「見かけ上は、なのね」
「王子なんだから建前で動けるだろうよ」
ならあなたも建前で愛想良く出来ないの?とは言えなかった。俺様じゃないヨハンは何か凄く腹黒に見えそうだったから。
お店の店長は愛想の良い中年女性だった。
「お嬢様が蛹から蝶に変わるお手伝いを出来るのは光栄ですわ」
蝶なら良いけど、羽虫かもしれないね…
その店で出て来た布地は、季節柄、若草色だった。青じゃなくて良かった…そして、しげしげと布地を見てしまう。そんな私にヨハンが声をかけてきた。
「どうした?色合いが気に食わないのか?」
「ううん。本当に良い布地だな、と思って」
いつぞやのサマードレスの布地とは大違いの、細い糸で緻密に織られている。我ながら経験値のない当時の自分を笑ってしまう。
そんな会話を聞いたデザイナーが口にする
「一応、新婦の妹様と言う事で、一級品の中でも最上級ではない布地を選びましたが…」
「それでも、素敵な布地だから…」
テティスの肩にヨハンがぽん、と手を置いて言う。
「期末休暇前のダンスパーティにはもう一着新調しよう。その時は最上級の布地にしてやる」
「いや、普通でいいから!」
結婚式の日取りは聞いている。その前に仮試着、直し、最終試着の日程を組んでもらった。
「お嬢様はまだ背は伸びていますか?」
「いえ、もう止まっています」
それを聞いたヨハンがにんまり笑いやがった。
「ふん、俺はまだ伸びているぞ。お前の背を越える日は近いな」
「それ、あんまり格好良くないセリフだから人前では止してよね」
店長は私達の会話が止まるのを待って口を開いた。
「それでは、背の変化はあまり考えずに進めますね。お気に召します様、精魂込めて縫い上げますので、しばらくお待ちください」
「よろしくお願いします」
うは、油断してたら今日の方が文字少なかった。明日はきっと普通の文字数だと思うのですが…