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10−2 アララト山 (2)

 山道を進み始めてすぐ、ヨハンが声をかけて来た。

「言ってみろ」

分かってらっしゃる。

「コイントスの際、コイントスを私が選んでヒルデガルドさんの水気は黄色くなった」

「黄色って何だ?」

「多分、喜び」

「お前はコインの裏表が読めるのか?他人の手のひらの上にあって、もう片方の手で隠してあるのが?」

…そのくらい。

「出来るけど?」

ヨハンは首を垂れた。

「お前、本当に人外だな」

「水分の偏りで分かるじゃない」

「お前だけだ」


「で、つまり、私の言いたい事は、あそこでヒルデガルドさんはコラード司教が何を言うかが分かっていた」

「それはつまり、そう言う事だ」

40年前の聖女審査から戻った聖女候補から、ヴァイツゼッカー家は聞き出したと言う事だ。方法は明らかだ。

「東ルートには問題があるの?」

「普通に考えれば無い筈だが。とりあえず不確定要素を減らしたかったんだろう。家からの指示だ」

そこまで縛られるのもなぁ、と思うが、不安で仕方が無い聖女候補としては、決めて貰った方が楽かもしれない。


「聖母にはちゃんとお祈りしたか?」

「何を?」

ヨハンはまた首を垂れた。

「聖女になれます様にって祈らなかったのか?」

本当の事が言える筈もなく。

「…母に頼るというのが慣れてなくてね」

「…まあ、良い。他に心配事は無いのか?」

…思い付く事は一つだ。

「この経路って、魔獣は出ないの?」

「…得意の水気で分かるだろ?」

「…遠くにはいるけど、この山には小さいのしか見つからないわ」

「そりゃあ、何よりだ」


 私達は交わす言葉も無く歩き続けた。山を登っていると、木々を見ているだけで心が和むし、見た事の無い筈だけど見た事がある様な風景が広がっていると安心する。水気が読めなければ何が潜んでいるか不安になるところだろうが。


 しばらく歩き続けると、木造の小屋が見えて来た。

「あちらで少し休憩を取る事をお勧めします」

修道兵が声を上げた。厠はちゃんと女性専用の扉がある。そりゃあ聖女審査に使う小屋なんだからね。普通の田舎の小屋なら男女共用だけど。そういう訳で二人とも厠に寄った。


「少し水を含んだ方が良い」

そう言いながらヨハンが水筒の水を口に含んだ。

「ああ、いらない」

「…お前、空気中の水分を取り込めるのか?」

「簡単じゃない」

「……お前だけだ…」

ヨハンが激しく疲れた顔をした。先は長いんだからこんなところで疲れていたらもたないよ?


 二回目の休憩所を見つけた時、修道兵に尋ねてみた。

「予定より早いですか?遅いですか?」

修道兵は方位磁針で方位を確認し、警護用の棒を地面に垂直に立てた。

「誤差はありますが、概ね予定通りです」

「ヨハン、疲れているならペースを落とそうか?」

「…お前は平気なんだな?」

「山を登って下るのを一日ごとにやってたからね」

「なら、すまないが少しだけ長めに休ませてくれ」

「ウォーターボールで運ぼうか?」

「死ぬ気で登ってやる!俺がお前の足を引っ張る訳にはいかない」

「無理すると後が辛いよ。山登りはね」

「まだ無理じゃないっ!」


 そう言う訳で、少し風景を見る事が出来た。

「東の方に人里が見えるね」

「ポーレット領だな。一日馬車で進んだ割には見えるもんだな」

「上の方まで緑は続いているんだね」

「半日かからないで登れる山だからな。そんなもんだろ」


 三度目の休憩でも少し長めの休憩を取った。

「お前、全然平気なんだな?」

「このくらいはね。田舎者なら普通だよ」

「山に登らない奴には普通じゃないぞ」

この辺りだと落葉樹がなくなり、針葉樹が主体になっていた。

「落ち葉が出る木は低い山に多いのかな?」

「一般的には温暖な場所の方が育ちやすいだろうな。寒いと葉を落とすんだから」

「でも、寒いって高度じゃないよね?」

「…お前、実は寒くても平気なのか?」

「寒い時は普通に暖炉に薪をくべるよ?」

「そうか、一応人間なんだな」

「一応じゃなく人間よ!!」


 そうして登って行くと、日が真南に上がる前に山頂に着きそうだった。上の方に白い建物が見えて来た。

「今の内に言っておく。ヒルダの服が黒い意味が分かるか?」

「金髪が目立つから美貌が映える?」

またヨハンが首を垂れた。

「…喪服だ。この聖女審査をお前の葬式にすると言う意味だ」

 誠に申し訳ありませんが、体調不良につき木〜土の更新をお休みさせていただきます。土曜は書けそうだけど、何せタミフルを飲んでいるので、突飛な事を書きそうで怖い。

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