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10−1 アララト山 (1)

 その朝、未明にシルビアが私を起こしに来た。

「時間です」

そうして、シルビアの指揮で修道女達による湯浴みが行われた。どうせ登山で汗をかくんだけれど。


 朝食は軽いものだった。水分を取ると登山の途中でお花摘みに行く必要があるから、控えた方が良いか?メイド代わりの修道女に聞くと、

「経路途中に休憩所がありますのでお気になさらずに」

そうは言われても、少し控える事にした。


 登山に適した服に着替える。もちろん、山を登る以上はスカートではなく登山ズボンとなる。シルビアはベルトにポーチを付けてくれた。弱い気付け薬と、ビスケット数枚、小瓶に入った消毒液が入っていた。簡易手当のセットは渡して貰える筈だけれど、最後の備えと言う事なのだろう。

「ありがとう」

そう声をかけて部屋をでた。


 修道女の案内で建物の奥に進む。警戒の修道兵の立つ扉をいくつも通り過ぎた後、豪華な彫刻を施された扉があった。


 そこに入ると、昨日説明をしてくれた司教のコラード・ダンジェロが聖母像の前に立ち、その左側に黒い服を着た金髪を編み込んだ女性と、それよりは背の高い金髪を背まで伸ばした男性が座っていた。


 右側に座っていたヨハンが首を回してこちらを向いた。コラード司教に促されてヨハンの横に座った。


「それでは、聖女の試練の説明をさせていただきます。東の空に太陽が顔を出した時間に、ここを出て裏のアララト山に登っていただきます。我々から提供させていただく装備についてはここを出る時にお渡ししますが、昨日提出していただいた装備については、後続の修道兵が責任をもって山頂へお届けします。山頂では後続の修道兵の指示に従って行動してください。何かご質問はありますか?」


 質問する者がいない様だから、私が挙手をした。コラード司教は「ご質問をどうぞ」と言った。

「山中ではぐれたり迷ったりした時はどうしたら良いですか?」

ヨハンががくっと首を垂れた。いや、そこ一番気になる事でしょ!?

「後続の修道兵が必ず山中までお連れしますので、ご心配なく。また、途中で疲労困憊してしまった場合も修道兵にお声をかけてください。対応します」

「分かりました。ありがとうございます」


「他にご質問が無い様でしたら、一度聖母様にお祈りを捧げてください」

コラード司教の背後に立つのは昨日、足を触っちゃったお母さんと同種のお母さんだ。これも相変わらず中の水気が分からない。


 とりあえず指を組み、瞳を閉じて何かを祈ろうとする…祈る事を用意していなかったのに気付く。お陰様でお母さんに頼った記憶が無い。仕方が無いのでヨハンの事を祈る事にした。この口の悪い男、その割りに人の良い男に幸せが訪れます様に。私の方は自分で何とかするから。


 コラード司教が声を上げた。

「それでは、シュバルツブルグの聖女候補、ヒルデガルド・ヴァイツゼッカー様、アングリアの聖女候補、テティス・ファインズ様、こちらにお出でください」

コラード司教の手招きにヒルデガルド嬢は淀みない動作で歩いて行く。こちらは急に呼ばれて慌ててしまった。

「それでは、コイントスをしていただきます。コイントスをする側、表裏を指定する側、どちらがよろしいですか?」

ノータイムでヒルデガルド嬢が答えた。

「表裏を指定する側をお願いします」

ヒルデガルド嬢の水気は灰と薄い青が混じっていた。ふむ、表裏の指定が出来ないと困るのか?


 コラード司教が私を見る。

「それでは、コイントスをする側をやります」

二人の選択肢がかぶると司教さんが困るしね。

「それでは、コイントスをお願いします」

額面と思われる10と削られた面と、聖母らしき女性の顔と小さな10が削られた面がある、見慣れないコインだった。ヒルデガルド嬢の水気は灰と薄い黄色になった。嬉しいらしい。


 ぴんっと親指で弾いて右手の手のひらに落とし、左手で隠す。ヒルデガルド嬢の水気は再び灰と青になった。顔には表れていないが、感情の起伏の多い人だなぁ。

「裏」

ヒルデガルド嬢が告げる。


 ふと気になる事があった。

「裏って女性の顔の面ですか?」

「はい」

コラード司教の前に手を持って行き、左手をあける。コインは女性の顔が削られた面が上だった。コラード司教が大き目の声で告げる。

「裏です」

ヒルデガルド嬢の顔にほんのり血の気が通い、水気が黄色くなる。嬉しいらしい。これが何を意味するのか私には全く分からないんだけど。


 コラード司教が告げる。

「それではヒルデガルド嬢、南ルートと東ルートを選んでください」

「南を」

「それではシュバルツブルグ組の方は左の扉から出て、修道兵の指示に従ってください。アングリア組の方は、右の扉から出て、修道兵の指示に従ってください」


 修道兵は建物を出る前に尋ねた。

「そちらに厠がございます。念のため向かわれる事をお勧めします。途中の休憩所にもございますが、晩秋の山登りですから」

ヨハンも私も念のため寄っておいた。


 建物を出る時、肩掛け鞄が渡された。水筒、錠剤や包帯が入ったケース、ビスケットが入った小袋。昨日言われた通りの物が入っていた。

「それでは、道なりにお進みください。判断に迷うところは私共が指示させていただきます」

そうして、多分、私達の聖女審査が始まった。

 一応、登る山の頂上付近は連山になっていません。

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