9−11 西部教会へ (2)
セシリア・ストーナーが損壊した頭部を隠しもせずに私に向く。
「ほぉら、あんたなんかが聖女になれる訳がなかったのよ」
目つきがおかしいダミアン・カペルも私に向かって言う。
「王家が作り上げた偽物め!ラッセル閣下のいう通りじゃないか!」
ダミアンの手下達が囃し立てる。
「やっぱり偽物じゃ聖女になれる訳がないだろ!嘘つき!詐欺師!」
通りに集まった人々が声を揃えて叫ぶ。
「王家の嘘つき!詐欺師の偽聖女を殺せ!」
私の右腕と左腕を味方である筈のお義母様とお義姉様が掴んでいるが、その顔はのっぺらぼうだった。そんな私に女性が手を差し伸べる…いや、女性じゃない。今より少し大人になったヨハンが髪を伸ばして豪華なドレスを着ている。私より美人ってどういう事よ!?
というところで目が覚めた。ぽろぽろと涙を流すしかなかったが、何とか涙が止まったところで気付いた。ヨハンが『聖女になれなくとも残る』と言ってくれたのは、聖女になれなかった時に溢れかえる非難の声に私が耐えられないと思ったからだと。
人は他人を貶し、非難するのが大好きだ。それが失敗した権威・権力者なら猶更。ラッセル派以外の人間も私をネタに王家を攻撃するだろう。好意的なファインズ侯爵とて、私を領地に送る以上の事は出来ないだろう。
そんな私に付いて行ったところで、ヨハンがこれまで受けて来た教育、それにより身に付けた能力に見合う仕事がある訳が無い。敗残者を二人にする訳にはいかない。頑張って聖女になるか、『私は大丈夫だから』とヨハンを国に帰してあげるかの二択とすべきだ。そう決心したら、涙が止まらなくなった。何でよ!?
シルビアが私を起こしに来るまでに何とか涙は止めた。湯浴みをして着替え、朝食に向かった。朝食を食べてお茶を飲むタイミングで、ヨハンが声をかけた。
「どうかしたか?」
…ヨハンめ、私の微妙な様子の違いが分かるらしい。
まともに答えられる訳がない。だったらこの話題だ。
「聖女試験が終わったら、ヨハンの女装が見たい」
ヨハンがぽかんと口を開けて固まった…数秒して再起動して言った。
「お前が望むなら公式な王子の服だろうが騎士服だろうが着てやるが、女装だけはしないぞ!?」
「何故、強硬に拒否するの?」
「だって、お前、腹を抱えて大笑いするだろう?『可愛い~っ』て」
可愛く見える自信があるんだ。何て奴。
9時には聖堂を出発した。装甲馬車には西部教会の紋章と思われる物が付いていた。太陽らしき丸と月らしき三日月形、そして星の三つを寝かした二等辺三角形の上に並べたものだ。
「ヨハン、あれって西部教会の紋章?」
「いや、俺も初めて見た。シュバルツブルグに西部教会の者はいないからな」
「あれの何処が救世主に関係してるのかな?」
「西部教会のトップに聞けよ。勝ったら何でも答えてくれるだろうから」
「…」
「負けた時の事を考えてるのか?」
「…」
「それで朝から大人しいのか?」
「…夢見が悪かったのよ」
「どんな夢だ?」
あんまり言いたくないけど、まあ一番ショックな場面を教えてみるか。
「頭の欠けたセシリア・ストーナーから、あんたが聖女になれる訳がないだろう、と言われた」
「なるほど、アレの頭はどこか足りなかったな」
「…そういう意味じゃないから!」
「…お婆から『身を清めろ』と言われているんだろ?闇に落ちなければ解剖される事もない」
「それは…そこまで気にしていないけど…」
「なら、再び心に焼き付けておけ。お前が夢で見たアレの姿がお前が闇に落ちた後の姿だ」
「…」
「聖女になれない事より、闇に落ちる事の方が問題なんだ。聖女審査ではそれを一番に考えるんだ」
…でも、聖女になれなかったら、あなたにも迷惑をかけるんだよ?
俯く私に、ヨハンが更に声をかける。
「ともかく、最優先すべきは無事に終わらせる事だ。身と心を守れ。それ以外に優先するべきものなど無い」
「うん、そうね…ところで、聖女審査の時って、パートナーは何をするの?」
「お察しだ。ポーレット領の聖堂がお前に剣の修行をさせた様に、俺も剣の修行をさせられた。つまり、そう言う事だろう。お互い、口には出さなかったがな」
「聖女審査って何日くらいかかるのか知ってる?」
「前回はポーレット領を出てから1週間で戻って来たらしい」
「行きと帰りでそれぞれ一日かかるから、5日程度かかるって事?」
「ここだけの話だが、向こうでトラブルがあったらしい。だから、3日以内に決まると考えて良い」
「どんなトラブルが!?」
「それも含めて、西部教会内で起きた事は喋ってはいけない、そういう宣誓をしないと入場出来ないらしい」
「まあ、喋るなと言われれば喋らないけど…」
「…あくまで憶測だが、ヴァイツゼッカー家は戻った娘を拷問にかけたと言われている。そこを聞き出しているかもしれない」
「負けて帰って来た娘に鞭を打ったと?」
「自殺じゃなくて当主が自ら拷問で死に至らしめたと言う噂もある」
さすがに言葉が出せなかった。今の私の様に不安にかられ、結果失敗した失意の娘にそこまでするのか。
「そもそも、その時の当主の親が聖女輩出を望んで息子に聖女の血を引く女を娶らせたんだ。押し付けられたのに役に立たなかったその聖女の血をひく女達のその後の扱いは推して知るべしだろ。あいつらは聖女という結果を出す為の道具以外の何者でもない。必ず死に物狂いでかかってくる。だからまず自分の命と心を守る事を最優先しろ」
夢は心の窓と言うので…
明日の西部教会到着で9章を終了します。火曜から10章になります。
12月第1週は寒そうです。皆様お体には気をつけて。




