9−7 ポーレット領での修行 (3)
アングリア王国の王都に、シュバルツブルグの聖女候補、ヒルデガルド・ヴァイツゼッカーとシュバルツブルグの第二王子、ハインリヒがやって来た。どちらも金髪碧眼で気品のある美男美女だ。
国王ヘンリーとの謁見の後、リチャード王子と宰相、コヴェントリー大司教との会談が行われた。
「我が国の聖女候補は前もって西部のポーレット領に移動をしております。お二人にも移動していただき、次いで国外の西部教会へはお二人が先に向かっていただきます」
「その事には何か意図がおありですか?」
「我が国の聖女が先に西部に移動しております。今度はお二人が先に移動する事により、我が国の聖女がいつも先に行く事で何か利便を図っていないかとの懸念を抱かれない様にする為です」
「なるほど、良く分かりました。それでは明朝、西部に移動します」
二人が去った後、残った三人はシュバルツブルグの聖女候補について話し合った。
「謁見の際に名乗った時を除けば、あの聖女候補はずっと薄い笑いを浮かべていましたな」
大司教の意見は辛辣だった。
「ヴァイツゼッカーの女は聖女となる事以外に意味を感じない様に教育をされていると聞きます。隣国の王も王族も、アレにとっては意味の無いものなのでしょうな」
リチャード王子は裏側を考えた。
「ヴァイツゼッカーがラッセル達と結んでいるとすれば、アングリア王家は今後過去のものになるから、愛想を振り撒く意味が無いと考えたのかもしれない」
宰相も答えた。
「ポーレット領の聖堂施設に襲撃をかけた者達はラッセル派の息のかかった者達でした。西部教会はサーバント川まで持って行って、岸辺に打ち上げられてラッセル達にも末路が分かる様に川に流していましたよ」
「大司教には失礼ですが、西部教会も随分血生臭い」
大司教も頷いた。
「私もそう思いますよ。あそこは私達とは少し価値観が違うところがあります」
ポーレット領の聖堂敷地内で聖魔法の練習後、昼食の後のお茶の時間に、ふと考える時間が出来た。
…ヨハンが残るとして、王子の役目を放棄するのだから、生活出来ないだろう。ヒモをどうやって養うべきか…やっぱり、雨の少ない領地を狙って雨を降らして回るか。それなら領主から手間賃を取れる。一番安い馬車で移動する日々、ヒモさんは文句が多いだろうなぁ。そして安宿で出る一番安い食事をするんだ。それでも地域毎に特色はあるだろうし、そんなささやかな違いを楽しむ日々になるだろう。そして、秋にはヨハンが農家から出た藁などのゴミを燃やしたり、家々の竈に火を入れて回って小遣いを稼ぐ。割と何とかなりそうな気もしてきた。
「テティス」
「何?」
「また呑気な事を考えているところに悪いが、そろそろ午後の修行の時間だ」
「失礼な!ちゃんと未来に備えて検討すべき事を検討していたのよ!」
「凄く呑気な事だろ?」
「何を証拠に!」
「顔に書いてあった」
…確かにちょっと間抜けな事を考えていたかもしれない。それでも大事な未来の一選択肢な筈なんだけどなぁ~。
聖堂施設外の緊迫化に伴い、私の修行の相手をしている修道女の突きも本気の突きになっている。しかし、力を入れられると体内の水気の偏りで動きが読めるんだよね。そして、こうも毎日回避の練習をしていると、太腿が少し太くなった様な気がする…まあ、腰が太くなるよりは良いかなぁ…
そして、片手剣と盾、長剣などとの対峙の仕方も練習した。相手が女性である以上、片手剣と盾で武装してくるから、と言われた…言外に、聖女候補同士の対峙がある事を示していた。良いのか?私にだけそんな情報を与えて?不公平じゃないのか?
もやもやとするが、ともかくそれなら生き延びる事を考えないといけない。片手剣で切られれば絶命しかねないんだ。そして、相手は『目を合わせるな』と警告される危険人物で、怪我人どころか死人を出させる家の出なんだ。だから、何らかの方法で毒物を持ち込んで来ると思われる。ヴァイツゼッカーもラッセルも毒を使ってくる一味なんだ。
そんな修行を続けた挙句、遂に暗器を受ける練習までさせられた。袖の中から伸びて来る鎖分銅は避けないといけない。なけなしの短剣を絡み取られる訳にはいかないからだ。やはり袖のなかから投げて来るヒモ付きの短剣も同じだ。
やがて複数の投げナイフを避ける練習までさせられた…聖女はここまで出来ないといけないの!?
「聖盾で防いではいけません。腕の振り、手首のスナップで散布される方向を読むのです」
最初は木製の模造短剣だったから良い。聖魔法師ならすぐに直せる。次は金属になった。つまり、実物の投擲の軌道を覚えないといけないと言う事だ。派手に動けば疲労が溜まる。最小限で避けようとすれば散布界に巻き込まれる。何、この地獄の特訓!?
仕上げは、メイドに扮した刺客の短剣の突きを上手く避ける練習だった。うん、これは分かる。聖女審査に向かう前に、暗殺者に殺されない様にする練習だ…警護はするけど、最後は自分で何とかしろと言うのだ。呑気な田舎娘としては、人の世の厳しさに泣きたくなる練習だった。
聖女になって皇后になるよりも、ドサ回りの貧乏暮らしの方が楽しみなテティスさん。




