9−6 ポーレット領での修行 (2)
その日の午前中の聖魔法の修行はまあまあ上手くいっていた。けれど、昼食後に剣の修行を始めてすぐ、北東の方向から4人の水気がやって来た。
「すみません!急用が出来ました!失礼します!」
私は大きなウォーターボールに乗って浮かび上がった。離れた場所でやはり剣の修行をしていたヨハンが声を上げた。
「テティス!一人で動くな!」
だから私はヨハンの目の前に大きなウォーターボールを作った。
「乗って!」
こうして二つのウォーターボールが聖堂施設の外側に向かった。
「何があった!?」
「やって来た賊4人が8人の護衛を皆殺しにした」
「お前がやると言うのか!?」
「これ以上、犠牲が増えて欲しくない…」
「気を付けろ、今までの相手とは違う。手練れだ」
「それもあるけど、多分、剣に猛毒が塗ってある。一太刀で殺しているから」
「なら、猶更気を付けろ」
着地した後、ヨハンが私に近づいて来た。
「離れるな!手練れ4人なら連携してくる」
「うん」
「あと、手の内を見せすぎるな!必ず見届け人が情報を本隊に伝える筈だ」
その言葉に私はすっと知覚を広げた。なるほど、あれか。遠くで物音がした。
「何をした!?」
「二人、木の上の男を溺れさせた」
「死んだのか?」
「気絶しているだけ。早めに蘇生すれば死なない筈」
「後回しだ!来るぞ!」
私達の後ろに二人が回り込んだ。そして前の二人がゆっくりと近づいて来る。
「ヨハン…」
「何だ!?」
「動かないで」
「…確実に動きを止めろよ」
「分かってる」
私は四人と私達の間にウォーターボールを浮かべた。四人はそのウォーターボールを警戒しながら避けて走って来る。もちろん、ウォーターボールは牽制だ。彼等それぞれの左側にアイスボールを作り、彼等の進行方向にぶつける。このアイスボールに目が行かない様にした訳だ。走る為に地面から足を離した状態で斜め後ろの死角から頭部を叩かれ、四人は昏倒した。その手足を氷で地面に縫い付け、動けなくする。
その私達に修道兵達が近づいて来る。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。その四人とあちらとあちらに見届け人が落ちていますから、拘束してください」
しかし、修道兵が近づく前に男達は痙攣を始め、泡を吹いて絶命した。
「え?手足を動けなくしたのに?」
ヨハンが答えてくれた。
「本物の殺し屋は、口の中に毒を含んでおくんだ」
同じ様に見届け人達も絶命していた。
こうして、その後の護衛は修道兵達が担当し、ポーレット領の騎士達は山狩りなどをする様になった。ところが翌日、近づいて来た10人程の賊は、皆、修道兵に接触した瞬間に絶命していた。つまり、修道兵も容赦なく毒を使っているんだ…
剣の修行中に元気が無くなった私の事をリーゼが報告したのだろう。その日の晩にヨハンが食堂に私を呼び出した。
「呑気なお前には辛い展開だと思うが、相手が相手だからこちらも手加減出来ない。そこは受け入れてくれ」
「分かるけど…」
「言いたい事があるなら言ってみろ。出来る事なら対応するから」
「だって、聖女は聖魔法で人々を癒したり、貴族と王、国と国の仲介をする公人だったりするのでしょう?それが、殺し合いによって決まるなんて…」
「こういう展開になる事もある。相手が蛇なら蛇の道で対抗するしかない」
「でも、聖女を選ぶ人達もそういう人達なら、そういう人が選ばれるとしか思えない。私が聖魔法の修行をしているのに意味があるのか考えてしまう…」
「選ぶ奴は何者かは分からない。秘密なのだからな。だけど、今ここにいる人達はお前に生き延びて欲しいと思っている。その為には魔法も、剣もしっかり修行をして欲しいんだ」
「…」
「何だ?言ってみろ」
「だって、今は良くしてくれるここの人達だって、聖女になれない私だったらすぐ忘れてしまうじゃない。今は聖女になる可能性があるから大事にしてくれるだけで…」
「そんな事は無い。頑張っているお前の事を忘れたりしない。例え聖女になれなくともだ」
カミラ女史の事を覚えていた聖魔法師の事が浮かぶ…でも。
「…」
「何だ?言ってみろ」
「だって、そう言うあなただって、私が聖女になれなければ国に帰って、私の事など忘れてしまうじゃない。その後、聖女になった人の一味が私をどう扱うかも分からないのに…」
「…見損なうなよ。例えお前が聖女になれなくとも、この国に残ってお前を守ってやる。お前の事を大事に思っているのは、お前が聖女候補だからじゃない」
…残ってもらいたい訳じゃない。それじゃ、私がヨハンとずっと一緒にいたいみたいじゃない。でも…
「…約束よ?」
「ああ。指切りするか?」
「うん」
そうして私達は指切りをした。
視界の端で私について来た侍女のシルビアと、ヨハンの騎士隊長のカールが右手をあげて互いに叩き合った。何?あの二人そんなに仲が良かったの?
もっと舞台劇みたいなのが好きな人が多いのでしょうが。




