9−4 再びポーレット領へ
出発してから三度目の夜、湯浴みをした後、ガウンを羽織ってヨハンに会いに行った。
「異変か?」
分かってらっしゃる。
「北側から10人程、南側から6人程ゆっくりやって来てるわ」
ヨハンは侍従のオットーを護衛の騎士隊長の元に走らせた。
「それで、護衛騎士達では守れないと思うのか?」
「どう見ても北が陽動で、私達が逃げ出たところを南の敵が迎え撃つ。逃げ出す様な事が起きるのでしょうよ」
「…火責めか。今日は寝ぼけていない方のお前だな」
「夜ならいつも寝ぼけているけどね」
だから私達は騎士団の幌馬車の中に移動した。既に北側で騒ぎが起きていた。護衛騎士が賊と斬りあいになったんだ。その騒ぎの影で、獲物をあぶり出す役が出て来た。下男の格好をしているが、水気に強い魔力が乗っている。魔法使いだ。その男の手元に魔法の火が光ったところで、私は大き目のアイスボールで男を吹き飛ばした。枯草に火が付いたが、すぐウォーターランスで消し止めた。下男は宿の者が取り押さえた。
ここでこの領地の騎士団がやって来た。聖女候補の宿に何かあった時の為に同じ町に臨時に駐留していたんだ。南の敵は逃げ出そうとしたが、アイスウォールで囲って逃げられなくした。
事が済んだ後、駐留していた領地騎士団は、とりあえず町の教会に賊の死体を並べた。全員、事を仕損じたと分かった段階で毒を飲んでいたのだ。私は水気で賊達の死を感じていたから、暗澹たる気持ちになった。
それを見たヨハンは口を開いた。
「お前が悪い訳じゃない」
「うん。黙って殺されたりしないけど」
そういう私の背中をヨハンはぽんぽん、と軽く叩いた。
翌日はポーレット領に入った。ポーレット侯爵領は前にも訪れた通り、王国西部に本拠地を持つ聖女審査の舞台である西部教会の聖堂を持つ。いざとなれば修道兵を動員出来る為、ここに入る前に襲う事が必用と破壊工作を企む者達は考えたのだろう。
そして侯爵領に入ると、前回同様に嫡男のハリソン・ポーレットが出迎えた。
「正式な聖女候補として貴女をお迎え出来る事を光栄に思います」
「ありがとうございます。度々ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ。この地を治める者達にとって、聖女候補をお迎えする事こそ本来の仕事です。お気になさらずに」
「ありがとうございます」
ポーレット家の領地騎士団に前後を守られて私達の馬車は進んだ。少し距離をおいて隠密らしき騎馬が進むが、対して、私達を遠くから見つめる水気があった。じっと動かず、私達が通り過ぎると離れた道を進んで私達を追い越し、そしてまた待つ。結局この地でも、破壊活動はありそうだった。
領主の館で当主ティモシー・ポーレット侯爵に歓迎を受けた私達は、その夜の内に聖堂施設に移動した。この国、アングリアかシュバルツブルグかどちらかの聖女候補が先に決まり、どちらかの決定が遅れている場合に、ここで修行をするのが習わしだった。宿舎の隣が女子修道院の為、そちらからの賊の侵入は難しかった。
私にはいつもの3人が付いていた。ファインズ家の侍女シルビア、ヨハンの侍女リーゼ、そして侍女のなりをしているが女騎士のゲルダ。これに加えて修道女達がメイドの代わりをしてくれた。敬虔な信者の皆様に対して、私は聖魔法師というより水魔法師だし、実は未だに王都の大聖堂にお祈りに行った事もなかった。申し訳ないとは言えないから、顔を合わせる度に深くお辞儀をする事にした。
宿舎を確認出来たら、一度リーゼを連れて食堂でヨハンと会った。
「使用人は修道女で、入口と裏側には修道女が巡回しております。警備は厳重と言えます」
リーゼの報告にヨハンは頷いた。
「こちらは自前の従者と修道兵が守っている。これを突破してくる奴がいたら丸々燃やされるから、死に物狂いで守るだろうさ」
「その辺、手加減出来ないものなの?」
「手加減しない事にしている」
駄目だこいつ。まあそのくらいでないと王子はやっていられないのかもしれないが。
「明日からは午前中に聖魔法の修行、午後は護身の鍛錬となる。今日は早く寝ろよ」
「聖魔法の修行に専念した方が良くない?」
「そうは言ってもな。相手がどう攻めて来るか分からない。万全を期す事が必要だ。気が乗らないかもしれないが、身を守る為だから真面目にやってくれ」
「そうね。聖女審査で負けるなら仕方がないけど、その前に殺されるのは勘弁したいものね。国の面子もかかっているだろうし」
「面子と言うか、まともな聖女が欲しいと言うのがリチャード親子の本音だろう」
「…その、何だっけ、バイゼンガーとか言う家の女性はそんなに悪評高いの?」
「…興味のない単語をよく覚えていたな。褒めてやる。でも正確にはヴァイツゼッカーだ。評判なら悪すぎて皆知っているぞ。ヴァイツゼッカーの女とは目を合わせるなってな」
「…誹謗中傷は止めましょうね」
「聞いたろ?怪我人も死人も出るんだよ、あいつらの周りでは」
「…北部が結びついていたのは、そのヴァイツゼッカーだったの?」
「証拠はないから分からん、としか言い様がない」
ふうっと私は息を吐いた。
「まあ、気を付ける、としか言えないわね」
「そうしてくれ」
金曜は何も考えずに布団をかぶりました。布団に潜り込むのが何よりの幸せであるこの季節、早めに寝ましたが…そんな時はいつもよりずっと早く目が覚めるのもお約束。仕方がないからまだ原案状態の別作品の序盤のリハーサルを脳内役者達にやらせてみました。そこそこ面白かったので、今日は文字にしておきました…今連載している本作があまり書き進まなかったのですが…まあ火曜分まで何とかすれば、水曜は在宅勤務にして通勤時間分の時間で頑張って書けるかな。




