9−3 西に向かう
任命式後に義父母と宰相の執務室に向かった。
「念のための確認だが、聖女候補殿の選ぶパートナーはリチャード殿下ではない、それでよろしいか?」
ああ、リチャード殿下、すみませんけどあなたと心を重ねる事は出来ませんよいくら何でも。
「はい」
「それでは、その旨関係者に極秘に伝えておく。次に、これは既にファインズ侯爵夫妻には伝えてある事だが、とり急ぎ君とパートナーには西に向かってもらう」
「理由を伺っても?」
「もちろんだ。名目上の理由は、シュバルツブルグの聖女候補と鉢合わせて、いらぬ軋轢があってはいけないと言う配慮だ」
「名目上でない、本当の理由はあるのでしょうか?」
「シュバルツブルグの聖女候補選定過程で怪我人および関係者の死者が出ている。君の生命の確保の為に先に教会の保護を受けてもらう」
一瞬、眩暈がした。いや、私関係でもアシュリー領で多分死者が出ている。私のせいでは無い筈だが。聖女とはわが国とシュバルツブルグを仲介する権威とヨハンは言った。そんな立場を手に入れる為には、人の命など気にしないものだろうか。そんな連中ではなく、もっと公平公正な公人を選ぶものの筈だが。
そういう訳で、二日後の朝、ファインズ家のタウンハウスの玄関には紋章を付けない馬車が止まっていた。何かあった場合に騎馬に同乗出来る様に、私はスカートではなくゆったり目の騎乗ズボンを着用していた。
その私をファインズ家当主、グレゴリーが抱きしめる。
「大変な勤めを任される事になるか、あるいはそれ以外の結果になるかもしれないが、変わらず君は私の娘だ。いずれにせよここに帰っておいで」
「はい。お義父様。私なりに頑張って来ます」
「そうしてくれ」
次いでスザンナ夫人が私を抱きしめた。
「聖女の服で着飾ったあなたを見たいけど、駄目ならもっと豪華なドレスを作ってあげるから安心してね」
「は、ありがとうございます。その時は控え目でお願いします」
「そうなったら罰代わりに豪勢な格好をさせるって事よ」
「はは…」
続いてオリビアお義姉様が私を抱きしめた。
「聖女様になってもお姉様って呼んでね」
「なれなくてもお呼びしますよ」
「じゃあ、どっちにしろ私達の関係は変わらないわね」
「はい」
続けてジェラルドが私を抱きしめた。
「…あまりこういう事を言うのはどうかと思うんだが、プリシアからの伝言を伝えるよ。
『あなたが聖女になった姿を楽しみにしている』
だそうだ」
「…仲がよろしいんですね」
「…まあ想像通りの仲だが。あと、君にはプレッシャーがかかった方が良い結果がでるとの見立てだそうだ」
「人の上に立つ人は言う事が違いますね」
「ははは…」
もう見事に尻に敷かれているな、と微笑ましく思った。次期当主がこれでは、と言っても相手が彼女なら仕方が無い。
続けて次男のノーマンが私を軽く抱きしめた。
「聖女の試練の事、教えてくださいね」
「それ、実は秘密らしいの」
「うん、じゃあどんなところだったかを教えてください」
「ええ、南部との違いを教えてあげる」
…生きて辿り着けない可能性もあるんだけど。
最後に三男のキースが私にしがみついた。
「馬に蹴られたりしない様に気を付けてね」
「うん。気を付けるね」
私の不安が漏れたのか、それともこの子くらいだと馬が怖いのか。迂闊に近づかず、前後に立たなければ蹴られないから安心してね。
『家族』というのはこういうものと思うのだけれど、実際経験すると気恥ずかしいものだ。それでも、世の中には悪意だけではないと知れるだけでも心が解れる。
前後に制服を着ていない騎士に守られ、馬車は出発した。王都西門を出たところでヨハンの乗る馬車が待っていた。こちらは紋章はなくとも装甲馬車だった。
私の顔を見たヨハンは一言言った。
「気合というより、和んだ顔をしているな。その方がらしくて良い」
「何がらしいって言うのよ」
「とりあえず頭に血が上ってないだけマシだって事だ」
私達の車列は巡航速度で進む。だけれど、最初の休憩地点ではもう気付かされた。車列と連動して進む騎馬らしきもの達と、連動せず、少し距離を置いて進む騎馬らしきもの達だ。つまり、影の護衛以外に、追跡者がついて来ていた。
プレッシャーはバイタリティを低下させますね。業務が増えて残業が少し増えた段階でお話を作るバイタリティが低下したと感じます。余裕が創造性を生む訳です。
金曜はお休みします。




