第二話-ソロでの生き方-
「――ただ、息巻いたはいいけどどうしたものかな」
街を歩きながら、ぼやく。
正直、問題しかない。
まず、お金がない。今、サイフにあるだけが全財産。
そして、道具もない。特に、回復魔法が使えない俺にとってポーションは生命線だが、それも最後の一つ。
この上、別のクランに入るツテもない。
……見事なまでにすかんぴんだ。
「これはだいぶ……まずいかも」
この中で何が一番まずいかというと、クランに入っていないこと。
冒険者がクランに入らないというのは、自殺行為に近い。
ダンジョンといえば、強力なモンスターたちに、危険な罠。一人で対応するにも限界がある。
そして、今ギルドでクエストを受けようとしても、ほとんどクランに入っていることが前提。クラン向けのクエストに比べると、お一人様のクエストはなんと、半分以下。
さらにその少ないお一人様クエストも取り合いになるので、クエストを受けられるかどうかすら、かなり運に左右されてしまう。
なので、どんなクランでもまず入らなければ生きられない。
――たとえ、自分と合わないクランだったとしても、だ。
「まぁ、贅沢は言えない、か」
コツコツ積み重ねていくのも時には必要だ。
とりあえず、今はできることはやっていかないと。
*
ギルドは今日も多くの冒険者たちで賑わっていた。
クエストを受けるのもギルド、クランを登録するのもギルド。他にも冒険に必要なやり取りは全てこのギルドを通して行われる。
周りの冒険者たちは皆、五人や六人くらいの集団が多い。
この一つ一つが集団がクランだ。対して、一人で歩いてるのは俺だけ。
……今は、クランに所属しているというだけですごく羨ましく感じる。
「いらっしゃいませ、本日はどんなご要件でしょうか?」
受付嬢に声をかけられる。
「って、ライゼルさんじゃないですか」
「どうも、サリアさん」
このサリアさんは、いつもお世話になっているギルドの受付嬢だ。
サリアさんが俺をしげしげと眺めたかと思うと。
「……あー。あれですか」
何か気づいたらしい。
少し前までは周りに仲間がいたわけだから、それは気づくか。
「やっぱり、わかった?」
「髪切りました?」
「切ってないね」
この人はいつもこんな調子だ。
「サリアさんは聞いてない? 俺がギルドから除名された話」
「あー、そういう噂は聞きましたけど。どこから出たんですかね、そんな話」
「それが噂じゃなくね。俺の知らない間にこんなものが出てた」
クラン脱退表明の紙を見せる。
「うっひゃーっ! 本当に除名処分されてる……!」
「そこのサインは、俺が書いたものじゃない」
「そうですね、ライゼルさんはもっと気取った文字ですし……」
俺の文字って気取っていたんだ。
……今度から、もう少しくだけた書き方にしようかな。
「んー、ギルドのハンコが一回押されちゃってるので、これ撤回するには本部に申請が必要になりますね。それとクランのリーダーを呼んで聞き取りをしないと……」
「リーダーなら、多分もうこの街にはいない。俺がクエストをこなしている間に出ていってると思う」
「……なるほど、ドンマイですねっ!」
屈託のない笑顔で、親指を立てるサリアさん。
もう少し、気の毒そうな顔とかしても良いと思う。
「まぁ、正直それはよくて。ソロでやっていくのも大変だから、また新しくどこかのクランに入りたいと思ってるんだけど、どうかな」
「どこかのクラン……ですか」
サリアさんの歯切れが悪くなる。
「新しくメンバーを募集してるクランなら、46件あります」
「結構あるね」
「ただ、この内『育成師』を募集してるクランは――ゼロですね」
「……そうだろうね」
そもそも『育成師』というのが世間で知られていない以上、募集も当然あるわけもない。
知っているのは俺と関わってきた人間くらいのもの。
とはいえ、ここで引き下がるわけにもいかない。
「それじゃ、ロールでの募集はどう?」
ロールとは、戦闘をする上での大体の役割のことだ。
近接攻撃が得意なら、《ファイター》。
遠距離攻撃が得意なら、《シューター》。
回復が得意なら、《ヒーラー》。
支援妨害が得意なら、《サポーター》……といった具合になる。
ダンジョンを攻略するのも、ただモンスターを倒せば良いわけではない。
より安全に、より効率よくするためには、バランスの良いロール編成が必要になってくる。
「ライゼルさんはサポーターですよね?」
「そうだね」
「サポーターの募集もゼロです」
――ダンジョンには、バランスの良いロール編成が必要になる。
といわれているが、実際のところはこうである。
前線で闘うファイターは、冒険者としても花形であり、シューター、ヒーラーと需要が減っていく。
ヒーラーは枠こそ少ないが必須の枠であるのに対し、サポーターはこの辺、まぁいなくてもなんとかなるよね、と言われがちだ。
……とはいえ、まさかゼロだとは思わなかったけど。
「最近は特にファイターが大流行してますからねぇ。オールファイター編成で、回復なんてポーションで済ませるぜ! ってクランもそこそこあります」
想像するだけで汗臭そう。
「そうなると……しばらくは、ソロかな」
あまり望ましいとはいえないけど、仕方がない。
ソロで頑張っていれば、いつかどこかのクランが気まぐれでサポーターが欲しいって言い出す可能性はある。
なかなか気の長い話にはなるけど。
「……クランの紹介はできないんですけど、今ちょっとお得な話ならあります」
「お得な話?」
「――ハッシュクエストです」
ハッシュクエストとは。
ソロの冒険者たちを集め、擬似的なクランを結成して挑むクエストのことだ。クランに属さずとも、クランと同じクエストを受けられるためとても好評である。
ただし、好評ゆえにすぐに定員が埋まってしまうのが難点だ。
「本当は募集が終わっちゃってるんですけど、ドサクサに紛れて私がねじこんじゃうのは出来ますよ」
「……魅力的な話ではあるけど。そんなことしていいの?」
「まー、人が一人増えたくらい特に問題になりませんってぇ。それにライゼルさんなら、問題は起こさないでしょう?」
「ずいぶん高く買ってくれてるね。まぁ、起こさないとは思うけど」
「じゃ、大丈夫です。では、私ちょっと手を滑らしてきます」
「……もう少し、穏便な言い方できない?」
「今からやらかしてきます」
「やめて。俺の知り得ないところで怖いことしないで」
「てへ!」
おどけて見せるサリアさん。
冗談好きなだけで仕事はしっかりこなす人だから、大丈夫……ではあると思う。多分、多分だけど。
「それじゃ、これがクエスト内容になります。確認した後、時間内に指定の場所に移動してください」
サリアさんが概要をまとめた紙を差し出す。
「ありがとう、サリアさん」
「いえいえ、いつもライゼルさんにはお世話になってますから」
とりあえず、第一歩は踏み出せたかな。
正直、もっと割りの悪いクエストでちまちま食いつなぐことになっていた可能性もあったから、すごく助かった。
ハッシュクエストか……。
クランに属していたから、ハッシュクエストをやるのもこれが初めてだ。いったい、どういう人が来るのか。
少し、楽しみだな。