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コールドスリープからの目覚め

作者: 雉白書屋

 人生の半ばを過ぎた一人の男がいた。ある日、人体冷凍保存技術、いわゆるコールドスリープがついに実現したというニュースを知るや、彼は即座に契約を結んだ。

 別に不治の病を抱えていたわけではない。ただ、新しいものに目がない彼の好奇心がそうさせたのだった。

 彼は友人や知人を集めてお別れ会を開いた。未来へ旅立つ自分を祝う宴だ。誰もがどこか呆れたような顔をしていたが、彼はそれに気づくことなく、数百年後に目覚める未来への期待を語り続けた。


「きっと未来では若返りの技術も確立されているだろう。三百年くらい生きられるようになっているかもしれないな。それに、資産運用も任せてあるんだ。未来での生活は心配ないさ。ああ、よかったら君たちのお金を預かろうか? 何倍にもして返すよ。未来でね。わははははは!」


「とか言ってるけど」

「ああ。そんなうまくいくものかね……」


 自信満々に語る彼に聞こえないよう、友人たちはひそひそと囁き合った。

 確かに、コールドスリープを提供している会社は大企業系列だ。だが、数百年先も存続している保障はない。何らかの不祥事があれば、十数年後にも叩き起こされるかもしれない。絶対の安全など、どこにもないのだ。

 だが、それは今の生活にも言えることだった。人口増加、移民流入による治安の悪化、増え続ける若年層の凶悪犯罪。いつ強盗に襲われるかわからない。娯楽があふれているように見えて、どこかマンネリ化している。もっとも、それは自分が年を取ったから、そう感じるのかもしれないが。

 現代に絶望しているわけではない。だが、遠い未来に希望を抱きたくなる気持ちは理解できる。


「では、みなさんもう一度。未来にかんぱーい!」


 友人たちはどこか羨ましいと思いながら、未来を見つめるように目を細めるのだった。

 そうして友人たちに別れを告げた彼は眠りにつき、長い年月が過ぎた。


『おはようございます。未来へようこそ』


「あ、ああ……」


 目覚めた彼は思わず微笑んだ。目の前にロボットが立っていたのだ。どうやら無事に未来へたどり着いたようだ。

 周囲を見渡すと、他のカプセルからも続々と人々が目を覚まし、皆が一様に喜びの表情を浮かべていた。まるで同級生みたいだな、と彼は思った。


「外の様子を見てみたいんだが……」


『かしこまりました。ではご案内します』


 ロボットのあとに続き、彼は施設の外へと歩き出す。長い眠りから覚めたばかりにもかかわらず、足取りはしっかりしていた。事前に筋力低下の可能性について説明を受けていたが、どうやら技術の進化がそれを克服したようだ。これはいろいろと期待できそうだ。

 未来の街並みはどのようなものだろう? 空想が実現しているに違いない。空飛ぶ車、仮想空間への接続、惑星旅行――


「……これは、どういうことだ?」


 施設の外に出た彼は思わず呟いた。

 目の前に広がるのは、眠りについた時代とほとんど変わらない街並みだったのだ。


 まさか、何かトラブルが起き、数年後に目覚めたのだろうか。だが、それではこのロボットの存在が説明できない。あれからたった数年で、これほど高度なロボットが実用化されたとは考えにくい。

 周囲で他の人々もざわめき始め、混乱が広がっていく。

 すると、ロボットが静かに告げた。


『実は、あなた方以外の人類はすべて滅亡しました』


 ざわめきが収まった。不気味なほどの静寂が漂う。


『私たちは種の保存のため、最良の選択を追求した結果、最も人口が多かった時代の街並みを再現し、他の技術をすべて破棄することに決めました。さあ、どうぞ存分に繁殖してください。これで私の役目は終わりです。ようやく私も眠りにつくことができます』


 そう言い終えると、ロボットは静かに動きを止め、その場に膝から崩れ落ちた。おそらく、破棄されたという未来の技術の中には、ロボット自身も含まれていたのだろう。

 残された人々はただ呆然と、目の前の現実を見つめるしかなかった。

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