光魔法
いつものようにナンナが朝食を運んできた。いつも通りの二人の会話。
「何か歌を知ってる?」
「うーん、何かあったかな」
ケイは、前の世界のアニソンあたりを歌ってみたが、文化が違うせいか、ナンナにはピンとこない。
「それじゃあ、この世界の歌」
そう言って、ウィントン伯爵から教わった歌を披露した。
歌い始めると目の前がゆらゆらと揺れる。ケイは、頭を押さえてしゃがみ込んだ。
「どうしたの?大丈夫?」
ナンナはケイを気遣って心配そうだ。でも二人の間には鉄の扉があって何もできない。
「大丈夫、大丈夫、ちょっと立ちくらみをしただけだ」
そう言って、ケイはベッドに座り込んだ。
「ゆっくり休んで、また夜に来るから」
ナンナは、そう言って仕事に戻った。
ケイは、朝食を食べた後、ベッドに座った。
(何かおかしい……)
とっさに立ちくらみと言ったが、そうではないことはケイ自身がわかっていた。
(身体は正常だ……、なぜ?)
ケイは、もう一度、歌ってみた。やはり目の前で見えている物がゆらゆらと揺れている。
ほかの歌で試すと、今度は、歪み方が違う。
ケイは、何かを思いついた。紙を取り出し、歌詞を書いていく。
そして、しばらく考えていた。歌詞を見ては考え、考えては、歌詞を見る。
「呪文だ……」
ケイは、気づいた。伯爵から教わった歌は、すべて伯爵家に伝わる秘伝の魔法の呪文だったのだ。
「だから……、神殿跡では歌ってはいけなかったのだ」
それから、紙に書いた歌詞を呪文らしく整えてみた。それで、より明確に魔法が発動する。
「すごい……。こんなことができるなんて……」
ケイは、発動した魔法に驚愕した。
”光魔法”そう呼ばれる魔法だ。ケイは知らなかったが、使えるのは歴史的に見てもほんの数人。そういうレアな魔法だった。
「こうすると……」
ケイは、それぞれの呪文試していった。そうすると大まかに二つのことができることがわかった。
1つが光を集める。光は波と粒子だ。遠く離れていった光の粒子を集めると、以前起きたことも、もう一度見ることができる。そして集めて保存すると記録ができる。映像だけを録画するようなものだ。これをうまく使うと遠く離れたものを見ることができた。
そして、光を集めると高熱にもなる。虫眼鏡で太陽の光を集めると紙を焦がすことができる。あの原理だ。ただし、ケイのそれは、虫眼鏡どころではなかった。部屋中の光を1点に集めると、それだけで数百度になる。今のケイの力では、それが限界だったが、外の光を集めると……。きっとものすごい武器になるだろう。
もう1つは光を曲げることだ。これを使えば相手から見えなくなることも可能だ。そして、これで光を集めることもできる。太陽から降り注ぐ光を曲げて1点に集める。虫眼鏡と同じだ。
この2つを組み合わせると、さらにいろいろなことができた。
ウィントン伯爵がメッセージを送ったのも、この魔法を使ったからなのだろう。
この力を得て、ケイの中に、”脱出”の2文字が、また浮かんできた。
「しかし、焦ってはだめた。まずは使いこなせるようにならなくては」
ケイは落ち着いていた。奴隷の首輪もある。それに自分一人だけで脱出しても意味がない。ナンナも一緒でなければ。
「まず、魔法を熟達しなければ」
野球をやってきたケイはわかっていた。技術は、反復することで身体の一部になる。
例えば内野手がゴロをさばいて1塁に投げる。この動作で内野手が”考えていること”はない。すべて身体が反応してくれる。”あっちだ”そう思うだけで、身体が動いて、適切な送球をしてくれる。
「魔法をそのレベルまでにしなくては」
それから、毎晩、光魔法の練習に取り組んだ。
すぐにケイの部屋の周囲100mの範囲の様子が、部屋にいながら見えるようになった。それも片方の目だけに見える。二つの映像が同時に見える。不思議な感じだが、徐々に慣れていった。
部屋の周囲を見ていくと、ナンナが独房ではなくて12人の女性奴隷と同じ部屋で暮らしているのも見えた。中で、一番若い感じで、お姉さんたちにはかわいがられているようだった。うっかり、着替えを見そうになって、思わず目をそらしたりもした。
それからナンナに、小さな石をいくつか拾ってきてもらった。光を集めて溶かしてみるのだ。
(確か溶岩の温度は1000度だったな)
部屋中のすべての光を、石の1mmほどの1点に集めると、その部分が溶け始めた。
(よし、いけるぞ)
ケイは、毎日練習をして、かなりの力を身につけた。呪文も紙に書いたことでより使いやすくもできたのだ。
(まるで数学だな)
呪文の組み合わせは、数学を応用できた。約分するようにシンプルにして、発動までの時間を短くし、そしてより強力にもできた。知性は、やはり必要なのだ。
光魔法になれてくると、天敵のザムザの動向も探ることができた。そうして見ると、ザムザはふだんは机の上に足を乗せて、ふんぞり返って何もしない。
ケイには、「アイディアはボツだ」と言っていながら、実は採用されているものもあった。例えば、ウエストバック。腰につけるポーチだ。この世界にはまだなかった。兵士が小物を持ち歩いたり、大工が釘を入れたりと、結構な需要があって売れたようだ。でもザムザは、それを自分のアイディアだと報告していたのだ。それがザムザの机の上の書類から読み取れた。
ケイは、ちょっとした仕返しをしようと、書類が山積みで整理されていないザムザの机の上に光を集めた。紙が燃えるくらいの光を。
ザムザが足を乗せている、ちょっと先から火が燃え上がった。ザムザは、驚いて後ろにひっくり返った。頭を強く打ったらしいが、それどころではない。慌てて外に飛び出して、バケツに入れた水を持ってきて、思い切りかけた。机の周りは水浸しだ。
火は無事消せたのだが、被害を受けた同僚からは不満を言われ、上司らしき人から怒られている。
その一部始終が、ケイには部屋にいながら見えていて、笑いをこらえきれなかった
それからケイは、なんでも前向きに考えるようになってきた。毎日魔法を練習して、さらには魔法には体力も必要だからと、部屋での腕立てや腹筋、スクワットもかかさなかった。そのため、あっというまにケイの光魔法は、かなり強力なものになった。そのほかの魔法も。
それでも、奴隷の首輪があり、脱出することは、まだできなかった。
時々、イタズラをして気を紛らわすのが精一杯だった。
すでに、ここに来て1年が経っていた。
そんな中、ある事件が起きた。