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奴隷に落ちる

 ケイが気がついたのは馬車の中だった。馬車はガタガタ揺れながら走っている。その振動がケイを起こした。外に目をやると、日が高くなっている。

「目が覚めたようだな」

 身体の大きな男が、剣を手にケイを見ている。

「おっと、動くなよ。これが着いているんだからな」

 そう言って、自分の首を指さした。

 ケイが、自分の首に手をやると、何かが巻き付けられている。

「知らないのか? 奴隷用の首輪だ。言うことを聞かなかったり、勝手にはずそうとすると、ボン! だ」

 そう言って、いやらしく笑った。

「だから逃げたりするなよ。おとなしくしてるんだ」


「僕……、一人?」

「ああ、あの女か? 残念だけど逃げられたよ。あの男は強かったな。まあ、お前のほうが高く売れそうだからいいんだけどな……」

 男は、また皮肉っぽく笑う。

(無事だったのか……。よかった)

 ケイは、自分のことよりもミラのことが気がかりだったのだ。自分ならば、どうにでもできるとも思っていたのだ。しかし、それは甘かった。


 馬車は、ゴトゴト走る。夜には、街道脇に停めて野宿だ。

 2日、3日走っても目的地には着かない。

 そして、ケイが辛かったのは、何も食べさせてもらえないことだった。

「奴隷に食わせるものなんてないよ」

 かろうじて朝晩に水だけは飲ませてくれた。それ以外は何もない。ただ揺れる馬車の中で横になっているしかできなかった。

 こんな経験は、ケイにとっても初めてだった。空腹が、こんなにも辛いとは思わなかった。人間の三大欲求の一つが、まったく満たされない。それは身体の問題だけでなく、精神にも響く。その辛さから、心が折れそうにもなる。もう何もできないと……。

 いつかは逃げ出す、その考えもいつのまにか消えてしまっていた。

 それが、男たちのねらいでもあったのだ。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 5日目の昼過ぎに馬車は止まった。

「降りろ」

 引きずり出されるように馬車から降ろされた。

 ケイには、もう立つ気力もなかった。顔を上げると、山の中腹にある大きな門の前だった。砦のようにも見える。

 引っ張られながら、門の中に入ると、禿げた小太りの男が立っていた。身なりはよさそうだ。

「こいつか?」

 その小太りの男が聞いた。

「はい、マレビトだそうです」

「何ができるんだ?」

「そいつは、まだわかってないんで……、えへへ……」

「しょうがないな。とりあえず、連れていけ。どうするかは後で決める」


 ケイは、また引きづられながら、頑丈そうな建物に向かった。


「ここだ」

 そう言って入れられたのは、2畳ぐらいの狭い部屋だった。ベッドがあるだけ。鉄製の頑丈な扉と鉄格子の入った窓。典型的な牢だ。いわゆる独房。ベッドのわきにはバケツが1つある。

「後で飯を持ってきてやる。何度も言うが、逃げようなんて考えるなよ。逃げると、ボン!だ」


 ケイはベッドに腰掛けた。鉄製の扉は、ケイの魔法ならば破壊できるかもしれない。しかし、この狭い部屋で、そんな魔法を発動するとケイも無事ではいられない。そうしたことも計算ずくなのだ。それに奴隷の首輪もある。

 それ以上に、あまりの空腹で、何かをしようという気もおきない。


「飯だぞ」

 鉄製の扉の下の方の小窓から、皿に乗ったパンが1個とコップ1杯の水が入れられた。

 ケイは、猫がネズミに襲いかかるように、その皿に飛びついた。そして一気に口に放り込む。味も何もない普通の堅いパン。それでも、今のケイにとってはごちそうだ。

 そんなパンに、不覚にも幸せを感じてしまっていた。

 その様子を上の小窓から、差し入れに来た看守の男が見ていた。

「お前は、マレビトらしいな。何か金になることを考えろ。それができたら、もっといいものを食べさせてやるぞ」

 ケイは、そう言われて、(よし、考えてやる)と思ってしまった。以前のケイならば、(お前たちのためになんか何もしてやらない)と考えるはずだ。この5日の絶食で、反抗する気持ちはなくなり、完全に心を支配されてしまっていた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「紙と書くものをください。金になるものを考えます」

 翌朝の食事が差し入れられたとき、ケイは、看守の男に頼んだ。

「ほう、殊勝だな。後でもってきてやる」


 手渡された紙に、ケイは一日かけて、前の世界にあったあらゆるものを書いた。実現できるかどうかは関係ない。とにかく書くんだ。ケイはそう考えた。

 夜の食事のときに、その紙を看守に渡した。期待を込めて。


 翌朝、別の男がやってきて小窓を開けて声をかけてきた。名をザムザと言った。

(なんだかネズミみたいな男だな)

 ケイは、小窓から覗くその目を見てそう思った。なんというか妖怪マンガに出てくるネズミキャラみたいな男だ。


「これだがな……」

 ケイが、上の小窓から廊下を見ると、ザムザがケイの書いた紙を指でつまんでヒラヒラさせている。

「火をつける道具? 火魔法があるだろ。こんなの作って誰が買うんだ」

 鼻で笑いながら言う。

「作れそうなものは、だいたいもうある。こんなものを並べたって意味はないぞ。それに……、空を飛ぶ機械って、お前は本当に作れるのか?」

「いえっ、無理です」

「そんなもの書いてどうするんだ……。ちぇっ、これだから……。今日は飯抜きだ」

「待ってください。また考えます。考えますから……」

 ザムザは、ケイの書いた紙を丸めて、細い小窓から差し込んだ。

「じゃあ、ちゃんと考えろ、それができたら夕飯は出してやる」

 そう吐き捨てるように言って行ってしまった。


 ケイは、その丸められた紙を広げた。

(確かにな……。これじゃあ、ダメだ)

 ケイは、ベッドに座って紙を見つめた。

(何か……、何か……、ないか)

 朝食を抜かれたので、空腹が襲ってきた。1食にパン1個だから成長期のケイにとっては、まったく足りない。


 ベッドで考えてはいるが、ケイの思考を邪魔するものがある。それは臭いだ。バケツがトイレ代わりだ。夜に新しいのと交換されるが、それまでずっと部屋にそれがある。そんな環境では、頭もまわらない。


「たした成果も出さないのに、飯だけ食うなんて……、お前は、なんておめでたいやつなんだ」

 ザムザは、時々はケイの様子を見に来て、悪態をついていく。鉄の扉のおかげで、暴力を振るわれることはないのが救いだったが、食事を減らされるのは、ケイにとって、一番きついことだった。


 いつのまにか涙が出てきた。

 前の世界のことが、次々と思い出される。

 お腹がいっぱいで、ご飯を残したこともあったな。なんで、あんなもったいないことをしたんだろう。

 毎日、お風呂に入っていたっけ……、ずっと思い出さなかったのに……。

 いつのまにか、ポトポトと落ちた涙が、床を濡らしていた。


 それから、毎日、アイディアを書いて出すが、まったく採用されることはなかった。

 そのたびに、ザムザは食事抜きにする。

 ケイの環境は、悪くなる一方で、よくなる兆しはカケラもなかった。

 日ごとに、体力が奪われ、思考力も落ちていくだけだった。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ある朝のことだった。

「おはようございます」

 女の子の声がして、扉の下の小窓から食事が差し入れられた。いつものパンと1杯の水だ。

 ケイは、その声を聞いて、扉にかけより小窓から外を覗いた。そこには、痩せ細った女の子がいた。汚れた大きな布から頭だけを出した貫頭衣を着て、裸足で立っている。

「誰?」

「私は、ナンナ。これからみなさんのお世話をする奴隷です」

 首を見ると奴隷の首輪があった。痩せた首でゆるゆるでゆれている。

 ナンナは、小さな顔で大きな目が印象的な女の子だった。痩せこけているから目が大きく見えるのかもしれない。

 これまでザムザに厳しいことを言われるばかりだったから、普通に話ができることがうれしかった。


 それから毎日、朝と夜にナンナと話をするのが楽しみになっていた。

「生まれたのはどこ?」

「スンナっていう小さな村。知らないでしょ」

 少し長く話すと、

「飯はまだか!」

 遠くの部屋から声が飛んでくる。

 だから、話せるのは二言、三言。それで十分だった。


 ちょっと良いアイディアが出せると、パンのほかに小さな肉や野菜がついた。でもナンナの仕事は、他の奴隷の世話だ。良い仕事をしたから食事が増えることはない。だから肉や野菜がついたときは、それを二人で分けたりもした。もうすっかりと仲良しだ。


 それでもケイは、これからの自分に希望を持っていない。

 あきらめと、ささやかな幸せが支配する毎日。そんなふうに日々が過ぎていった。



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