襲撃
宿の外で待たされていたケイとヴィクトールの前に、騎士に両脇を抱えられた伯爵が連れてこられた。
「宰相閣下に不敬を働いたので捕縛した」
(まさか、伯爵様が……)
ケイは、前に出そうになったのをヴィクトールが肩をつかんで止めた。
「だめだ。この状況では、我々は何もできない。何かする方が不利になる」
ケイの耳元でそうささやいた。
「しかし……」
ヴィクトールは首を横に振った。
それから二人は屋敷に戻った。そこにはすでにヘスの護衛騎士が来ていた。奥方のオリヴァイアを捕縛に来たのだった。
「心配いりませんよ」
そう言い残して、威厳のある姿勢で、そして笑顔で騎士団の馬車に乗り込んでいった。
「今、聞いたのだが、お二人は王城に連れていかれるそうだ。おそらくだが……、大きな罪にはならないだろうということだ」
ヴィクトールは、元騎士だ。知り合いがいたので、こっそりと聞いてくれていた。
「丁重に扱うようにも言われているそうだ」
その言葉に、みんなはホッとした。
「それで、僕たちはどうすればいいのですかか?」
ケイが心配になって聞く。
「今、旦那様から魔法で、メッセージが来ました。ただ”逃げろ”と」
執事のイザックが言う。
「どういうことですか?」
「わかりません。ただ、旦那様の指示通り動かなければなりません。きっとまた次のメッセージが来ます。とにかく逃げましょう」
「逃げるといってもどこへ?」
「旦那様は、こういうことを想定されていました。となりの領地に隠れ家を用意してあります」
「あそこですか?」
ヴィクトールが聞いたら、イザックはうなずく。みんな知っているのだった。それから急いで荷物をまとめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さあ、行こう」
準備ができて、それぞれが馬に乗って、隠れ家に向けて出発した。
しばらく走っていたら、
「ちょっと待ってください」
ケイが声をかけた。馬に乗れないケイは、ミラの後ろにしがみついて乗っていた。
「どうしたの?」
「忘れ物です」
「しょうがないな……。取りに戻るから先に行っていて」
ミラは、馬の首を屋敷に向けた。
「遅れるなよ」
ヴィクトールは、そう声をかけて、イザックたちと走って行った。
ケイとミラは屋敷に戻った。
「これこれ」
ケイが忘れたのは数学の教科書だった。読みっぱなしで机に置いたままにしていた。
「あった?」
「うん、あったよ」
ケイがそう答えたときだった。
ガシャン! と音がしてドアが壊された音がした。
ケイが、その方向を見ると、5人ほどの男が屋敷に入ってきた。
「もう、誰もいないのか?」
「とにかく、まず金目の物だ」
どうやら強盗らしい。伯爵が捕まったと聞いたのだろう。
「見つからないように逃げましょう」
ミラが小さな声で言う。
「でも……」
ケイは、自分たちがいないときに強盗に入られたなんて伯爵様に言えない、そう考えたのだった。
「いいから……」
ミラがそう言ってケイの手を引っ張ろうとしたときだった。パキッと足下から音が出てしまった。
「こっちに誰かいるぞ」
見つかった。慌てて逃げようと動いたとき、さらに悪いことに窓からの月明かりが二人を照らした。
「おお、こいつはいい女だ。奴隷として高く売れそうだぞ」
「もう一人いるな。ちぇっ、こいつは男か」
「いやまて、確かこの屋敷にはマレビトがいるはずだ。こいつかもしれないぞ」
「そりゃいい。殺すなよ。生かして捕まえるのだ」
男たちは獲物を見つけたハイエナのように、舌なめずりをしながらジワジワと近づいてくる。
「後ろに下がって」
ケイはミラに言う。
「何言っているの。ケイなんかじゃ……」
「僕にまかせて、伊達にヴィクトールに剣を習ってない」
男たちが長い棒を振り回して襲ってきた。ケイは手近にあった掃除用のモップを手にし応戦する。剣の腕は男たちよりケイの方が上だった。男たちが振り回した棒は、ケイのモップで軽々と弾き飛ばされていく。
その後すぐに、ケイは魔法で氷槍を男たちに飛ばす。ギリギリでかわす男たち。ドンドンドン、屋敷の壁を氷槍が突き抜けていく。
「なんて魔法だ!」
ケイの強力な魔法を見て、男たちは一歩、二歩と後ずさりをする。
「今のうちに……」
ケイはミラに逃げるように促した。でもそれを察した男が、ミラの前に立ちはだかる。
「くらえ!」
ケイは、その男に氷槍を飛ばす。またギリギリのところで男はかわす。
それを見ていた男の中の一人がニヤリと笑った。リーダー格の男だ。
「お前は、まだ人を殺したことがないんだろう」
「何を言うんだ」
「お前の攻撃には殺意がないんだよ。それじゃあ、俺たちを倒せないぞ」
男の言葉は、図星だった。ケイの氷槍は、腕とか足とかしか狙っていない。それがわかれば、かわすのは容易い。
ケイは、そんなことはないと言わんばかりに、次々と氷槍を飛ばす。そんなケイを嘲笑うかのように、男たちは間合いを詰めてきた。
それでもケイは立て続けに氷槍を発射するが、余裕で避けられる。
もう絶体絶命だった。
ガシャーン! 窓ガラスが割れて一頭の馬が跳び込んできた。
「ヴィクトール!」
それは馬に乗ったヴィクトールだった。
「怪しい連中が屋敷に向かったのが見えたので戻ってきたんだ。よかったよ。すぐに乗れ」
ヴィクトールは手を伸ばして、まずミラを引き上げた。ミラは、慣れた感じでフワリとヴィクトールの後ろに乗った。
「さあ、ケイ!」
ケイが手を伸ばすが、届かない。
男たちが間に割り込もうとして棒を振り回してくる。そしてヴィクトールを見て、それぞれ剣を抜いた。
(ヴィクトールは、馬上でミラも一緒だから剣を使えない……。男たちを離さなければ)
ケイは、ヴィクトールから走って離れた。
「こっちだ」
(やつらは、マレビトの僕の方にくるはずだ)
「ケイ!離れるな!」
男たちが、ケイとヴィクトールの間に入り込んで、二人を完全に分断した。
「僕は大丈夫だから先に逃げて! マレビトだから、こいつらは僕を殺さない!」
そう叫んだとき、強烈な衝撃がケイの頭を襲った。
「ケイ!」
ヴィクトールの声が響く中、ケイの意識は飛んでいった。