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宰相ヘス

 3日ほどで、調査隊は神殿跡の壁や天井を写し取った。次は、その解読作業だ。解読した結果によっては再び神殿跡に行く必要が出るから、作業は宿で行われた。

 ウィントン伯爵に言われてケイも作業に加わることになった。といっても解読は無理なので、下働きだけなのだが。

 会場は宿の大広間。大きなテーブルが並べられ、写し取った紙が広げられている。片隅の小さなテーブルでメンゲレ子爵がお茶を飲んでいた。


「この文字は、確か……竜だったな……」

 古代文字も完全に解読されたわかではない。ブロディ博士が、確実にわかる言葉を拾っていき、その間にあるわからない単語の意味を推測していく。地道な作業だ。


「この地に竜にまつわる伝説はありますか?」

 ブロディ博士が伯爵に聞いた。

「もちろんあります。魔脈にまつわる伝説です」

「ほう、それは興味深いな」

 伯爵は、その伝説を紹介した。


 まだ人が魔法を使えなかった時代の話だ。この地に住む一人の娘が、森の中で傷ついた竜を見つけた。その竜は人々に恐れられていたのだが、娘はかわいそうに思い、手当をしてやったのだ。それから竜と娘の心が通じ合った。竜は、娘の住む村を魔獣や獣から守り、多くの恩恵をあたえ、作物もたくさん実るようになって村は栄えた。

 その村では平和な日々が続いていたのだが、突然近くの火山が爆発した。火口からあふれる溶岩が村を襲う。竜は、飛び立ち火山に向かって行く。ありったけの魔法で流れてくる溶岩を凍らせ、村を救ったのだが、火山の噴火は治まりそうにはない。そこで竜は火口に飛び込み、溶岩で焼かれながらも火山の奥深くまで潜り、自らの身体で噴火を治めた。

 それ以来、地中から魔素が流れ出てきて魔脈が生まれた。竜の身体から魔素が生まれている。村の人々は、そう考えた。

 流れてくる魔素で、誰もが魔法を使えるようになって、魔法のおかげで、村は益々栄えるようになったという。


「だから、この地の人々は竜を敬愛して、魔脈を守ってきたのです」

 伯爵は、自分に言い聞かせるように言う。

 ケイもこの話は伯爵から聞いていた。しかし、今まで聞いていた話とは少し違っていた。


「竜がポイントなのだな」

 ブロディ博士が確認する。

「ええ、そうなのです。この地は竜を信仰して魔脈を守り続けてきたんです。今の神殿の祭壇にも竜が祀られているんです」

「そうか……。確かにあちこちに竜に関わる単語があるな……」

 それからブロディ博士の質問に答える形で、伯爵はこの地の伝承を伝えて、古代文字の解読を続けていった。


「まるで……、〈賢者の石〉だな……」

 ブロディ博士がポツリと言った。

「〈賢者の石〉だと!」

 その一言にメンゲレ子爵が反応した。

「〈賢者の石〉があったのか?」

「いえ、単なる比喩です。竜があちこちにでてきて、物を生み出し、人を治癒して……、万能な存在として書かれているんです。だから……、〈賢者の石〉みたいだと思ってんです」

「それだ!」

 メンゲレ子爵が大きな声を上げた。

「竜なぞいるはずがない。その伝説の竜が、本当は〈賢者の石〉なのだ。すぐに探すんだ」

「お待ちください。探すといってもどこを?」

「伝説では、火山の火口の中なんだろう。すぐに掘り出せ」

「無理ですよ。いったいどれだけ掘れば。それに、本当にそこにあるのかわかりません。もう少し、この古代文字を解読した方が……」

 ブロディ博士が止めようとするが、子爵は聞こうとはしない。

「火口を掘ると、また噴火の怖れがあります。それにこのあたりをむやみに掘ると、魔脈が乱れる可能性があります。それでもやれと? 魔脈が乱れると、魔法が使えなくなる可能性があります。この国全体に影響もあることですけど……」

 伯爵からそう言われて、「とりあえず古代文字の解読は進めろ!」そう言い残して、メンゲレ子爵は部屋を出て行った。

 調査隊の隊員も、”やれやれ”といった表情で部屋の出口を見ていた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 それから解読の日々が続いた。メンゲレ子爵もあきらめたのか何も言わない。


 4日目の昼のことだった。バタン!!解読の部屋のドアが勢いよく開かれた。全員が、何事か、とそこに目をやると、3人の騎士が入ってきた。

「作業を止めろ。その場で控えろ。繰り返す。作業を止めてその場で控えろ」

 その言葉に訳もわからぬまま、その場に立って姿勢を正した。ケイはよくわからないので、とりあえず周りの人たちの真似をする。


 開かれたドアから、ゆっくりと男が入ってきた。身体はそれほど大きくなく、痩せ型、そして狐のような冷たい目が印象的な男だ。着ているものからは、身分の高さがうかがえる。

「閣下!」

 メンゲレ子爵が声を上げた。この男は宰相のヘスだった。

「お前の報告を見て、直接話を聞きたくて来たのだが、邪魔だったか?」

「とんでもございません。わざわざお越しいただくとは、光栄の極みでございます」

 メンゲレ子爵のおべんちゃらに、なんの反応も示さず、部屋の中を見渡した。テーブルに広げられた一枚の紙を手に取った。

「それで、解読はどこまで進んでいるのだ」

 ブロディ博士が一歩進み出た。

「約7割ほどです。あと3日いただければ、すべて解読できるかと存じます」

「ふむ。ご苦労だったな」

 ヘスは、もう一度部屋を見渡した。

「お前が……、ウィントン伯爵か?」

 伯爵は前に進み出た。

「私がウィントンです。このような田舎にまで、わざわざ……」

 ヘスは、伯爵の挨拶を手をあげて遮った。

「お前と、メンゲレだけを残って、後は部屋を出て行ってくれ」

 そう言われて、調査団とケイとヴィクトールは外に出た。外に出ると30人程の騎士がいて、宿の外まで連れていかれた。部屋の中の話を聞かれないようにするためだろう。


「メンゲレの話では、お前も〈賢者の石〉の在処を知らないのだな」

 伯爵は黙ってうなずいた。ヘスは、宰相まで上り詰めた男だ。人を見る目も違うだろう。下手なことは言えない。

「ただ、ヒントが見つかったとか」

「”竜”でございますか?」

 ヘスはうなずく。

「確かに、竜について書かれた部分を見ると〈賢者の石〉を表しているようにも思えます。ストレートに〈賢者の石〉とは言えない。だから竜と表現したと。私もそう思います。ただ……」

「ただ、なんだ」

「具体的な場所がわかりません」

「火口ではないのか?火口を掘ってみればいいではないか」

 メンゲレが口を挟むが、

「お前はしばらく黙っておれ」

 と一喝され、頭を床につけるくらいにひれ伏してしまった。


「昔から、この村には不思議な出来事がたくさん起きています。それの理由の一つとして竜がいて、この村では竜を信仰してきました。しかし、実際に竜を見た者はおりません」

 ヘスはうなずきながら伯爵の言葉を聞いている。

「それを竜ではなく、〈賢者の石〉であると考えると、納得できるところがあります。あれから壁の文書を解読しました。あの神殿が造られたころに起きた奇跡が書かれています。それも〈賢者の石〉のせいだと考えることができるでしょう」

「なるほど……」

「しかし、そうした奇跡は、この100年、起きてはいないのです」

「何!」

「もしかしたら、外に持ち出されたか、それとも力を失ったか……」

「その可能性があるというのだな」

「はい」


 ヘスは、伯爵の言葉を聞いて、側の椅子に腰掛けた。そして何かを考えている。

 伯爵もメンゲレも動けない。動くとヘスの考えを邪魔することになりそうだからだ。


 30分ほど経って、ヘスは立ち上がった。

「お前は、本当に〈賢者の石〉の在処を知らないのだな」

 ヘスは念を押す。

「知りません」

 伯爵はきっぱりと答えた。

「嘘だな……。誰か、この男を連行していけ。そうだな罪状は、宰相への不敬としておこう」

 そう言われて、2人の騎士が部屋に入ってきて伯爵の両脇を抱えた。

「なぜです?嘘などついておりません」

「そうかもしれん。本当に知らないのかもな。しかし、解読された文書を読むと、奇跡はこの地に問題が起きたときに起こっているのだ。ここ100年、この地には災害もなかった、領民が困ることもなかった。だから奇跡がなかったのだ。だから……、この地に災害を起こせば、竜が現れるはずだ。それは〈賢者の石〉の力の発動だろう。そのためにはお前が邪魔なのだ。とりあえず王城に連れていく。心配するな命まではとらん」

 そう言い残して、ヘスは部屋の外に出て行った。薄笑いを浮かべながら。



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