来訪者
ある日のことだった。ウィントン伯爵の元に1通の手紙が届いた。差し出しは王城。
「王家が、神殿の調査をしたいそうだ」
伯爵は、夕食時に手紙を話題にした。
「神殿って……、あの山のですか?」
ケイは、村人と何度か訪れた神殿を思い浮かべた。
「いや……、あそこではないんだ」
「どこですか?」
「神殿から5キロ以上山奥にあったものだ。大昔の神殿だ。魔脈も少しずつ動いているんだ。1000年以上前には、そこが魔脈の中心だったんだ。もう荒れ果てて、草や木が生い茂っているだけなんだがな……」
「なんで、そんなところを?」
「わからないけど、歴史的にも価値があるかどうかを調べたいみたいだ」
「ああ、遺跡の調査といっしょですね。前の世界でもありました」
「そうなのか。もの好きが多いんだな」
伯爵は、そう言って笑った。
翌日、伯爵とケイとヴィクトールの3人に加えて、5人の村人と一緒にその古い神殿跡に向かった。
「少しはきれいにしないとな」
長く放って置かれた神殿跡を掃除しようというのだ。
神殿跡へ向かう道も草木に埋もれている。5人の村人が、長い鎌を振り回して、草木をなぎ倒しながら、道をつけていった。だから5キロくらいの距離なのに3時間近くもかかった。
神殿跡は、こんもりとたくさんの草が生い茂った小山だった。きれいな半球体は、自然にできたものではなく、人工物であることを示している。日本の小さな古墳、見たときは、そう思った。
入り口は背の高い草で見えなくなっていた。それを刈り取ると、石組みの入り口が出てきた。一辺が1メートルの正方形だ。それをしゃがんで通り抜ける。
ボッとヴィクトールが火球を出す。その火が石室の内部を照らした。広さは、学校の教室くらい。天井もそれくらいの高さはあった。
壁や天井の石もかなり大きい。
「よく、こんな大きな石を……」
ケイは、驚いて思わず口にした。
「魔法だよ。人力では無理だ」
伯爵が答えた。
「私も、この中に入るのは……、子どもの時以来だから30年ぶりになるかな。山で迷ってね。ここで一晩を明かしたよ」
「入ってもよかったんですか?」
「別に聖地でもないし、禁止もされていなかったんだよ。今でも誰が来て入ってもいいんだ」
ケイは、壁を指でなぞった。文字のような溝が刻まれている。見上げた天井もそうだ。絵のような線、文字のような溝が刻まれている。
「古代文字だよ。まだ解読されていないけどね。調査隊は、これを調べたいんだろうな」
伯爵は、ケイの耳元に口を寄せて
「忘れていた……。禁止されていることが一つある。前に教えた我が家に伝わる歌……、あれをここで歌うことは禁止されていたんだ。絶対歌ってはだめだぞ」
と誰にも聞こえないような小さな声でささやくように言った。伯爵の表情からは、かなり重大なことのようにも思える。
「わかりました」
ケイがそう言うと、伯爵は笑ってうなずいた。
石室は、他に左右に同じものがあった。3つの石室が並んでいたのだ。
「あそこに、祭壇があったのだろうな」
伯爵は、真ん中の石室の正面を指さして言った。そこには少しへこみがある。
「そこにあった神具……、あの石板が今の神殿にあるのだ。くぼみの大きさも一緒だろう」
こうして、一通り見て回って、その日は終わりとなった。神殿跡への道の確保と入り口を整理することが目的だったから、それで十分だった。あとは、王国の調査隊を待つだけだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後、王国の調査団が来た。全員で20名。団長はメンゲレ子爵と言った。
ウィントン伯爵、オリヴァイア夫人は、ケイとヴィクトールを連れて、村の入り口で調査団を迎えた。
メンゲレ子爵は、馬車から降りずに窓から顔を出して、
「よろしく頼むぞ。宰相閣下も成果を期待しておられるからな」
と言葉をかけた。
メンゲレは子爵だからウィントン伯爵よりも格下のはずなのだが偉そうだ。
「ようこそお越しくださいました。神殿跡には、私が最初にご案内させていただきます。宿は、一軒借り切ってありますので、そこをお使いください。」
伯爵は敬語で対応している。それは、子爵とはいえ客人でもあり、客をもてなそうという、伯爵の気持ちとその人柄のせいでもあるのだが。
「あいつかよ」
ヴィクトールが吐き捨てるように言った。
「知ってるの?」
「ああ、騎士団時代に貴族の護衛を頼まれることはよくあるんだが、一番面倒なやつだ」
「面倒?」
「なんというか、宰相の腰巾着で、宰相の名前で無理難題を言ってくるんだ。口癖が”宰相閣下だったら”だ」
「それじゃあ」
「覚悟して置いた方がいいかもな」
ヴィクトールは睨むようにメンゲレ子爵を見ていた。
翌日、ウィントン伯爵は、ケイに「今日は屋敷に残りなさい」と言って、ヴィクトールだけを連れて調査に向かった。
メンゲレ子爵らと現在の神殿まで馬車で向かった。それからは歩きだ。
前に伯爵たちが、切り開いた山道だ。
歩き始めて、1キロも経たないうちにメンゲレ子爵は文句を言い始めた。
「なんで馬車で行けないんだ」
「山奥なので、道を通すことができないんです。それに、もう何十年も誰も行っていないところですから大きな工事で道を通す必要もなかたんです」
ウィントン伯爵は、そう弁明したがメンゲレ子爵は納得しない。
「宰相閣下でもこの道を歩かせるのか?わしは宰相閣下の代理できているのだぞ。わしの扱いを宰相閣下と同じにするべきだろう」
(また、はじまったな)
ヴィクトールは、「宰相閣下でも」の一言に、吹き出しそうになった。
「申し訳ございませんが、宰相閣下がいらっしゃったとしても変わりません。工事の費用を出していただけるのならいたしますが……」
それでも子爵は納得しない。
「その言葉は宰相閣下に伝えるがかまわないな」
「かまいません。どうぞ、そうお伝えください。こちらからも弁明として、メンゲレ様が1キロほど歩いたところで、そう言われたことをお伝えしますね」
「うっ」
そう言われて、メンゲレ子爵はしぶしぶという表情で腰を上げた。
まだ1キロだ。神殿跡まではまだ4キロある。
(先が思いやられるな……)
ウィントン伯爵は顔を上げて、神殿跡のある方向を見て、ため息をついた。
それからもメンゲレ子爵が文句を言うことが、何度もあった。そのたびに伯爵がなだめた。他の調査隊のメンバーは、知らんぷりだ。
「荷物をお持ちしましょう」
ヴィクトールが気を利かせた。
「盗むなよな」
感謝の言葉どころか、さらに悪態をつく。
そうこうして、普通ならば2時間もあれば余裕で着くのに4時間もかかってしまった。なんのために山道を切り開いたのか……。
「ここが、その神殿跡か……、たいしたことないな……」
メンゲレ子爵の第一声がそれだった。
ウィントン伯爵が石室の中を案内した。
「ほう、これですね。古代の壁画は……」
調査隊の学術面のトップのブロディ博士が感嘆の声をあげた。博士は考古学者で、古代文字にも精通しているという。ここまでの道のりで、伯爵と考古学談義で盛りあがってもいた。
「申し訳ないのですが……、思ったより時間がかかりましたので、帰りの時間を考えますと、ここでの調査は30分ほどでお願いします」
伯爵は申し訳なさそうに言う。
「何を言っとる!30分で何ができるというのだ!」
またメンゲレ子爵が声を荒げた。
「いえ、夏で日が長いとは言え、それ以上の時間をとりますと、帰路の途中で日が暮れます。夜の山道は非常に危険です。夜行性の肉食獣も活動をはじめます。メンゲレ様は、それでもよろしいのですか」
そう言われてメンゲレ子爵は、調査隊の方へ向いて、
「時間は30分だ。とにかく急げ」
と、大きな声で言う。とにかく声だけは大きい。
調査隊のメンバーは、壁に塗料を塗り、大きな紙を出して壁に貼り付けて壁の文字を写し取っていった。いわゆる拓本をとるのだ。
誰も、声を出さずに黙々と作業をしていく。
そのときに、メンゲレ子爵が伯爵に近づいてきた。
「ところで……、〈賢者の石〉はどこにあるのだ?」と、ささやくように聞いた。
「〈賢者の石〉? ですか……? あれは伝説ですよ」
「しっ、声が大きい。宰相閣下がご所望なさっているのだ。隠すとためにならんぞ」
「そう言われましても……、私は見たことも聞いたこともありません」
「嘘を言うな。先月、王城の奥で見つかった古文書を調べていたら、”魔脈の近くで〈賢者の石〉が生まれる”、そう書いてあったぞ。ここがその場所だろう」
(〈賢者の石〉が狙いだったのか……)
「〈賢者の石〉とは何かご存知ですか?」
「何やら、鉄でも何でも金に変えるとか……」
「そう言われてます。それならば、なぜこの地は貧しいのですか?この地に〈賢者の石〉があるのなら、金をたくさん作って贅沢をしますよ」
「確かにそうだな……。本当に知らんのか?」
「はい……。その古文書が正しいのならば、まだ、どこかに埋まったままかもしれませんね」
「なるほど……、それもそうかもな」
その日は、30分で作業を終えて、無事帰ることができた。
翌日以降は、メンゲレ子爵は同行せずに、調査隊だけで行くことになった。これで作業もはかどることだろう。
ただ、ウィントン伯爵は、メンゲレ子爵の言った〈賢者の石〉のことが頭から離れなかった。
(〈賢者の石〉か……)