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消えたアーモン

 焦ってやることは、だいたい失敗する。

 そんなことはわかっていたつもりだった。

 

 アーモンの屋敷が龍に破壊されたことは、翌日にはリューベック中の人が知ることになった。

 朝食の時、宿の女将が上機嫌で料理を持ってきた。

「聞いた? アーモンの屋敷も潰されたって」

「ええ、聞きましたよ。跡形もないそうですよ」

「ざまあみろだわ」

 この街では、ほんとに嫌われていたのだ。


 しかし、ケイの気持ちは落ち込んでいる。

(アーモンは、いったいどこに?)

 見失ってしまって、その後の足取りがまったくわからない。ケイの光魔法ならば、時間を遡って光を集めることができるのだが、それでも見つからない。

 逃げる人々の間を馬で走り抜けていく。その光はある。しかし、途中からその馬にアーモンが乗っていないのだ。スローモーションにしたり、コマ送りにしても、どこに消えたかがわからない。スローモーションでもコマ送りでもタネがわからない手品を見ているような、そんな感じなのだ。


 ファーガスの話だと、アーモン商会の関連施設は、リューベックだけでも何十もある。

(しらみつぶしに探すか)

 そう思ったが、それぞれ魔法無効の結界がはられていると探しようがない。

 ケイはとほうにくれた。

(ファーガスさんがいれば……)

 そう思うが、連絡を取る方法がない。

 そこで思いついたのだが、ライオネルと一緒に行った酒場だ。ここなら大丈夫、とライオネルは言った。ライオネルは馴染みのようだ。何か連絡を取る方法があるかもしれない。ケイはそう考えた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 酒場は、入り組んだ路地の奥にある。途中で迷ったが、光魔法で、前に来た経路を見返した。ギリギリ、そのときの光が残っていた。

 おそるおそる扉をあける。まだ昼過ぎだというのに、人がいっぱいだ。5つある全てのテーブルに客がいる。どうみてもまっとうな客じゃない。


「おいおい、お子様の来る所じゃないぞ」

 顔を真っ赤にした男が、ケイを見て、かん高い声で笑う。

 その声で、店中の客がケイを見る。

 来るんじゃなかった、そう思ったが後の祭りだ。


 酒場のマスターが、手招きしてカウンターの空いた席を指さす。そこに座れということだろう。

 呑んでいる客は、暇なのか、ケイをジロジロと見る。その視線の中をゆっくりと歩いて、カウンターの席に座った。

「ご注文は?」

「コーヒーを」

「コーヒーだって!ミルクがいいんじゃないのか!」

 また、1人の男がちょっかいをかけてくる。ケイはそれを無視するが、それがかんに障ったのだろう。

「おい、こっちを向けよ」

 男はそう言ってケイの肩に手をかけた。

「悪いな、俺の客だ」

 マスターは、そう言って男を止めた。男は、マスターにそう言われてしぶしぶと自分の席に戻っていった。


「前に来たのを覚えていますか?」

 ケイは恐る恐る聞いた。

「ああ」

 マスターはぶっきらぼうに答える。

「あの男と一緒だったな」

 ライオネルの名前を言わない。あのときは何でも話せたが今日は違うようだ。ケイもそれを察した。

「あの人と連絡を取りたいんですが……」

「無理だ。あと2年は」

(作戦に入ったのか……。どこかに潜入したということか。マスターがそれを知っているということは、マスターも〈蒼天の龍騎士団〉なのか……)

 ケイはそう考えた。

 どうすればよいのか。ケイはまた行き詰まってしまった。カウンターで、またコーヒーを口にする。


「アーモンも落ち目になって、やることが減ったよな」

 どこのテーブルでもアーモン商会の話題ばかりだ。ケイは、コーヒーを飲みながら、耳をそばだてる。

「ほら、あの借金の回収の仕事……、流れやがったよ」

「ああ……、かわいい娘がいるっていうやつの借金?」

「そう、楽しみだったのにな。商会があんなだからなくなっちまった」

(ろくな話じゃないな。ここの連中は、アーモン商会とべったりなんだ)

 こういうのを聞いているだけでも、アーモン商会がほんとにクズだということがわかる。潰してよかったともケイは思った。

 そんなアーモン商会についてのクズのような話が飛び交っていた。


「龍を呼んだのは俺なんだ」

 そう言う男がいた。見るとかなり酔っ払っている。

「そんなことを言うと、神罰が下るぞ」

 まわりはそう言って笑う。

(こんなやつはあちこちにいるんだろうな)

 ケイは、その男の目の前に龍の映像を映し出した。突然現れた龍に、男は悲鳴を上げて、慌てて立ち上がる。

「龍が……。龍が……」

 その男の様子を見て、周りはまた大笑いだ。酔っ払っているとしか思っていない。実際そうなのだが。男は真剣な顔で店内を走り回る。そしてそのまま外に飛び出していった。それを見てケイも苦笑した。


「これから毎日来なさい」

 帰ろうとすると、マスターはそう言った。何か意味があるのだろう。ケイは黙ってうなずいた。


 店の外に出る。通りには酒瓶をかかえて寝転がっている者が何人もいる。この酒場があるあたりは、そうしたところだ。

 これもアーモン商会が潰れたせいでもあった。この地域では、アーモン商会の裏の仕事を引き受けていた連中が多かったから、商会が潰れるとこうなるのだ。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ケイは、それから毎日酒場に通った。

 そこで耳に入ってくる話は、ほとんどアーモン商会の話題だった。悪い話がほとんどだが、中には身につまされるような話もある。

 アーモン商会の業務の大部分は、合法的な仕事だ。鉱山では非合法な奴隷を使って鉱石を採掘しているが、その製品は合法的なルートで販売されている。そうしたところの仕事がなくなっていったのだ。そうして仕事がなくなった人たちが酒場でくだを巻いていた。

 そして徐々にリューベックの経済へも影響がではじめているようだった。


 ある日、酒場を出て歩いていると、屋台の前で2人の兄弟らしき男の子が捕まっていた。汚れたボロボロの服を着て、手にはパンを1個握っている。屋台の店主らしき男にしっかりと手を掴まれ、しょぼくれた様子で立っている。

「泥棒なんてしやがって!」

「だって……、母ちゃんの仕事がなくなって……、何も食べていなくって……」

 男の子は、必死に言い訳しようとしているが、泣きじゃくるだけで言葉にならない。

「あの子の父親はギャンブルの借金で逃げて……、母親が1人で育てていたんだよな」

「ああ、あのアーモン商会の本店の掃除の仕事をしてたんだ」

 周りの男たちが、そう話しているのが耳に入る。

(俺のせいか……)

 アーモン商会のやってきたことは許せないが、こんな子どもを見ると、ケイの胸が痛む。男の子の目は潤んでいる。悪いことはわかっているんだ。

「僕が払うから許してやってくれ」

 ケイは、男の前に出て言う。

「ダメだね。金の問題じゃない。盗人を許すわけにはいかない」

「迷惑料として……、1万出すよ」

「ほう。それならいいかな。なんでこんなやつを助けるんだ?」

「親のいいつけで、一日に一回は人助けをしなきゃいけないんだ」

「いい親だな。しかしな……、そんなやつはここらじゃ生きていけないぜ」

「確かにそうだろうな……」

 ケイは、そう言って金を渡した。

「へっへっ、毎度あり」

 男は薄笑いで金を受け取り、子どもを離した。


「ありがとうございます」

 兄らしい男の子が頭を下げた。礼儀も正しい。母親が、きちんとしつけているんだろう。そんな子たちが盗みをするのはよっぽどのことなんだろうと、ケイは思う。お腹をすかせた弟を見るに見かねて手を伸ばした。そんなことなんだろう。

 お腹がすいているつらさはわかる。ケイは奴隷時代を思い出した。それで近くの屋台に連れていって、3個のパンと6本の肉串を買ってあげた。

「いいんですか?」

 男の子は、申し訳そうな顔で聞く。

「いいんだよ。お母さんにも持って帰ってやりな」

「はい!」

 男の子は元気よく答える。

「おいしい!」

 弟の方は、早速肉串を頬張って、満面の笑みをうかべる。その笑顔で、やってよかったとケイは思う。

「それじゃあ」

 そう言って、ケイは男の子たちと別れた。時折振り返ると、男の子はずっと手を振っていた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 酒場は、その日も賑わっていた。テーブルはすべて埋まっている。景気が悪くなるほど客が増える。皮肉な話である。

 ケイは、いつものようにカウンターに座る。マスターが黙ってコーヒーを出してくれた。


「今日は俺の奢りだ!」

 いつものように客の会話に聞き耳を立てていると、羽振りのよい話が聞こえてきた。

(見栄を張っているんだろう)

 ケイはそう思っていたが、実はそうではなかった。

「でかい仕事が入ったんだ。ものすごいギャラだ」

「ほう、なんだ?」

 周りの男たちが聞くと、その男は自信満々に答えた。

「護衛だよ。ある大物のな」

「誰だ?」

「それは言えないな。だけどな……」

 そう言って男は声を下げる。といっても周りには聞こえている。

「あの有名商会の会長だ……、元会長と言った方がいいかな」

 ケイは、”商会の会長”という言葉に反応して、男の方を振り返りそうになるがぐっとこらえた。マスターを見ると、静かにうなずいた。

(こいつだ。こいつがキーマンだ)

 ケイは、振り返らずに光魔法を発動して男を記録した。


「どこでなんだよ」

「それは秘密だ。まあ、とんでもない山奥……ぐらいは言ってもいいかな」

「俺にも紹介しろよ」

「無理無理、実績がないとな」

「実績?」

「ああ、傭兵をどれくらいやったとか……、傭兵で生き残れるのは力があるからな。それと……、どれくらい人を殺したかだな。両手くらいは殺してないとな……」

 酒で饒舌になった男は、人殺しを自慢している。それを聞いたケイは腹の奥底で怒りがフツフツと湧いてくるのを感じる。

「そうかあ、俺はまだ片手だからな」

「俺も足りないな……」

 残念そうに言うが、誰もが人殺しであることを平気で言っている。

 ケイの怒りがまた膨らむ。マスターを見ると静かに首を振った。無視しろと言っているのだ。

 男たちは、それからしばらく酒で盛りあがっていた。話のほとんどがアーモン商会のことだ。護衛の仕事はアーモン商会だと言っているようなものだ。


 ケイは男たちが飲み終わるのを、ずっと待っていた。コーヒーは5杯になった。

「じゃあ、明日からだから俺は帰るな」

 男は、そう言ってふらつきながら出て行った。

 すぐに追うとバレるかもしれない。ケイは、光魔法で追いかけた。夜になると光は少ない。それでも月明かりをたよりに、男を追跡する。

 マスターは怪訝な顔で見ている。すぐに追わなくても大丈夫なのか、そう言いたそうだ。

 ケイは、ゆっくりと席を立ち、マスターに「ごちそうさま」と一声かけて出た。誰も気づかない。


 外に出ると、足を速めた。酔っ払いの千鳥足、まだ100メートルもいっていない。ケイは、その距離を保って尾行する。

 男は、しばらく歩いて細い路地に入った。どうやら立ちションらしい。だから一目につかないところを探していたのだ。

 ケイは、好都合と男を追って路地に入った。まわりには誰もいない。さらに念のために光魔法で、外からは見えないようにもした。


 男は、ことがすんで振り返ったところでケイに気づいた。

「なんだあ、お前は」

「ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「なんだ、なんだ」

 男は、ふらつきながらも威嚇してくる。傭兵経験が長いから動じない。

「お前が護衛に行くというのは、どこなんだ?」

「言えるわけないだろ。お前なんかに」

 そう言って、剣に手をかけた。

 ケイは、氷魔法を発動して、その剣を氷で固めた。男が剣を抜こうとしても抜けない。酔っ払っているから、どうして抜けないのかもわからない。それで何度も引き抜こうとする。

 それからケイは、男の足を氷で固めた。地面に張り付いて、一歩も動けない。そこで初めて男はケイには勝てないことを悟った。

 傭兵で生き残るのは強いだけではない。ヤバいことの判断が早いのだ。だから逃げるのもうまい。この男はそのタイプだった。

「それで、何を知りたいんだっけ」

 あきらめたように言う。

「だから、お前が護衛に行くのはどこなんだ」

「それを言ったら殺される……」

「それじゃあ、ここで死ぬか?」

 男は首を振った。

「前金ももらったし、逃げるか……」

 そう独り言のようにつぶやいた。

「オドラ山の入り口辺りの森の中だ。野獣が多いから誰も近づかない。そこにあいつの別宅があるんだ」

「あいつって?」

「それはお前もわかっているんだろう」

 ケイは、微笑んでうなずいた。

「もういいんだろう」

「ああ、もういい」

 ケイは、そう言って氷魔法を解呪して、路地を出ようとした。そのときだった。

「死ねえ!」

 男は、ケイが振り向いた隙に後ろから剣を抜いて斬りかかった。

 ケイには想定通りだった。そのケイの姿は、光魔法で男にはずれて見えていた。男が振り下ろした剣は、むなしく宙を切った。

 いったい何がおきたのか、男にはケイが消えて見えた。何がなんだかという表情で剣を振り下ろしたところを見ている。

 ケイは、すでに男の後にいた。そしてケイも剣を抜いて男に振り下ろした。


 ケイにとっては初めての経験だったが、特別な気持ちは何もなかった。

 最初にウィントン伯爵の屋敷で襲撃を受けたときは、人を斬ることに抵抗があって、そのため奴隷になったのだった。もう躊躇はしない、ケイはそれを心に決めていた。

 そして、酒場で話した男の言葉、両手くらいは、と言ったことで、もう容赦する気持ちはなかった。

 それでもおとなしく逃げていくのであれば、許したかもしれない。それが背後から斬りかかるのだから、もう許すことはなかった。

 男は、その場に置いていった。この街にはあちこちに死体が転がっている。珍しいことではない。酒場で羽振りがよかったから狙われた、誰もがそう思うだろう。


「おそかったじゃないの」

 宿に戻ると女将が心配して言う。

「すみません。知り合いにバッタリあったのでつい話し込んでしまったんです」

「それならよかった。悪い連中にでも絡まれたんじゃないかと心配だったのよ。ご飯は食べた?すぐに用意できるけど」

「まだです。ペコペコなのでお願いします」

 それから女将は大至急で夕食を用意してくれた。女将の料理は、ケイのもやっていた心をやさしく癒やしてくれた。


 食事をとったあと、ケイは部屋に戻るとすぐにベッドにもぐりこんだ。眠くてしょうがなかった。その日は久しぶりにぐっすりと熟睡できた。

 もうすぐアーモンに手が届く。


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