龍の力
アーモンは焦っていたが、それ以上にケイも焦っていた。
顔を見られたこと、そしてアーモンの記憶力。これから動きにくくなることを感じていた。
さらに、何日も監視したのに何の手がかりも得られなかったことが焦りを増大させていた。
アーモンに見つかった翌日も、遠くから屋敷の監視は続けた。
屋敷の周りを、何人もの兵が犬を連れて回っていた。警備が厳しくなっている。
(藪をつついてみるか……。何が出るか?)
その翌日、ケイは朝早くから屋敷を見下ろせる山の上にいた。屋敷があるのは、4キロ四方の盆地で、周りを低い山に囲まれていた。その真ん中に屋敷がある。屋敷への道は1本だけ。警備もしやすい。
屋敷の周囲は浅い池に囲まれている。遠目に見ると屋敷が広い池に浮かんでいるようにも見える。そして池を渡るのも1本道。これも警備のためである。
ケイは、龍を呼び出す歌を口にする。
(呼んだか)
龍の声が、ケイの頭に響く。
(またお願いがあります)
ケイは、龍に作戦を説明した。
(ふむ……、おもしろいな……)
山々から光の粒子が湧いてくる。そしてそれが龍の身体を形作っていった。
龍が現れたのは、屋敷の裏の山の中腹だった。屋敷からは2キロほどあるだろう。
最初に、屋敷の窓から龍を見たメイドが悲鳴をあげた。
屋敷で働く誰もが、本店を潰されたことを知っている。次はここだ。誰もがそれを理解した。
龍は、尾を一振りして地面を打つ。その震動で屋敷が揺れる。家具が倒れ、棚からは物が落ちる。ケイの立っている山の上も大きく揺れた。
グワォォォー!
龍が大きく吠えた。空気がビリビリと震える。その咆吼は屋敷の窓のガラスを粉々に砕いた。
屋敷で働く人々は、先を争って外に出て逃げる。その悲鳴、怒号が飛び交う中に、「迎え撃て!」という叫び声も聞こえた。
(どう迎え撃つんだ?)
ケイは、それを聞いて失笑した。
それでも見ていると、屋敷の裏手に傭兵が集められている。200から300人はいるだろうか。手に剣や槍、そして弓を持っている。それでどうやって戦うのか。
弓を飛ばすだけなら最長400メートルは飛ぶ。しかし武器としての有効な射程距離は100メートルほど。龍の足下で打って、ようやく顔に届く距離だ。
それでも、命令を受けた兵士が弓を構える。まだ龍までは2キロはあるというのに。
龍は、ドンと足踏みをした。また強烈な振動が屋敷を揺るがす。そのとき1人の兵が逃げ出した。それを見て他の兵も逃げ出す。しょせんは金で雇われた傭兵だ。商会への忠誠心などカケラもない。
ケイは、逃げ出す人々を注視していた。
(いたぞ)
アーモンの馬車が出てきた。しかし、先に逃げた人たちで動けない。屋敷で働いているのは2000人以上いる。それが一度に出てきた。そして警備のために通路や門が狭くなっている。特に、池の中の一本道がその混雑に拍車をかけた。
馬車の窓からあの屈強な男が叫んでいる。どけ!と言っているんだろう。しかし、誰もが命が惜しい。そんなことを聞いている場合ではない。どうせ、商会はもう終わりだ。会長だろうとなんだろうと言うことを聞く必要はないのだ。
ケイは急いで山を下りる。木々の間を走りながらも、光魔法でアーモンの様子を見続ける。
アーモンは、動かない馬車にしびれを切らして外に出た。渋滞でイライラするのと同じだ。歩いた方が早い。そう思ったのだった。
しかし、それはアーモンにとっては痛恨のミスだった。
馬車から降り、人混みを掻き分けて進もうとするアーモン。小太りで禿げた男。人混みの中でも目立つ。
ケイは、そのアーモンを光魔法で追う。前に見たときは馬車の中でふんぞり返り、屈強な護衛を引き連れ、大物感があった。しかし、今のアーモンは、ただの怯えた小男だった。王国有数の商会の会長の威厳のカケラもない。
(こんな男だったんだ……)
ちっぽけな男だから、とにかく大きくみせたい。その虚栄心が、人々を苦しめ、多くの人を殺したのだ。これだけの屋敷をもてる金があるのに、さらに金を集める。金だけでなく、自分がどれだけすごい男なのかを必死にアピールするのだ。ケイは、アーモンを哀れに思えてきた。
ケイは、さらにアーモンを追い続ける。アーモンは、小さな箱を抱えていた。
あの箱……、金庫にしまっていたあの箱を抱えている。アーモン商会の切り札でもある、あの箱を。
その大事な箱を、アーモンは逃げてきた人たちにぶつかって落としてしまった。箱は蓋が取れ、中から文庫本くらいの小さな石板が転がり出た。その石板には古代文字が刻まれている。アーモンは、慌てて拾おうとするが、逃げてくる者たちに蹴られ、踏まれ、その石板は粉々になってしまった。
アーモンは膝を落とし、その石板だったカケラを拾い集めるが、もう手遅れだった。その小石となってしまったものを握り、天を仰いだ。それはアーモン商会が実質的に終わった瞬間でもあった。
ケイは、何も意識せず、その石板の映像を記録していた。アーモンが大事そうにしていた、そんなことにも気づいていなかった。なぜかはわからないが、記録したのだった。
それよりもケイには大事なことがあった。アーモンとの接触である。このために龍に出てもらったのだ。
ケイには勝算があった。こんな状況になれば魔法無効の結界も発動しない。そうなれば、数人の護衛くらいならば倒す自信があった。
そしてアーモンを捕らえる。氷魔法で手足を固め、身動きできなくする。氷魔法で口も塞ぐ。そして光魔法で周りから見えなくすれば、捕らえることができるはずだ。
しかし、ことはそううまくは進まない。特に実戦経験の少ないケイにとっては、思うほど簡単なことではなかった。簡単なことという以上に失敗してしまうのだった。
ケイは、逃げる人たちのところまで来ることができたが、アーモンは、たくさんの人混みに紛れていて近づくこともできない。そのまま、どんどんと進んでいく。
ケイは、光魔法を発動してアーモンの姿を追いかけたが、途中で馬に乗った護衛に拾われて行ってしまった。そうなると、ケイには追いつけない。さらに光魔法で追いかけるが、どんどん先に行く。もう、確実に追いつけない。
龍は、屋敷を威嚇するだけで、それ以上近づこうとはしていなかった。もう屋敷には人はいない。
ケイは、もう一度山の上に戻った。
そして光魔法で屋敷の中を見ていく。すでに魔法無効の結界はない。屋敷の中の隅々まで、地下室、倉庫、そういったところまでを見ていった。
時刻は、すでに昼くらいになっていた。
逃げていった者たちと入れ替わりにある一団が現れた。馬に乗った騎兵。リューベックの駐在軍だった。数は多くはない。100人程だろう。龍が現れたというので様子を見に来たのだった。さすがに軍であっても龍と戦おうとは思わない。
これは、ケイのもう1つのねらいだった。前日に、アーモンの屋敷に龍が現れるという文書を軍に置いてきた。信じられるかどうかは確信はなかったが、広場で現れたのだから可能性はあると、だから100人程の騎兵で様子を見に来たのであった。
ケイは、龍に合図を送った。
(屋敷には、もう人はいません。お願いします)
龍は軽く身体を揺らし、口を大きくあけた。その口からは青白い光が放たれる。
その光が一直線に屋敷に届くと、屋敷がフラッシュのよう輝いた。あまりのまぶしさにケイも騎兵も眼を背ける。
その直後、屋敷全部が、直径は300メートルはある火球に包まれた。そして轟音と共に衝撃波が広がった。周辺の山の木々がなぎ倒される。屋敷から数キロは離れている山の上も大きく揺れた。同じくらいの距離にいる騎兵もその衝撃にたじろぐ。あまりの轟音に馬は驚き、振り落とされる兵士もいた。
それから、強烈な熱により上昇気流が巻き起こり、あの独特のキノコ雲が現れた。
映像でも見ていたが、音が耳をつんざき、熱線が肌を焼き、足下を揺らす振動と衝撃波。リアルは映像を遙かに超えた凄まじさがあった。
煙が消えた後に見ると、屋敷は跡形もなく消え去り、屋敷のまわりにあった池の水もすべて蒸発していた。
盆地はすべてが焼け野原となり、あちこちに火の手があがっている。かろうじて周辺の山々だけが、元の姿をとどめていた。
この光景を見た騎兵たちは黙ったままだった。言葉はなかった。ガクガクと震えている騎兵もいる。
騎兵は、この王国ではエリートだ。銃のないこの世界で最も強力な兵力が魔法兵と騎兵だ。魔法兵は強力だが接近戦には弱い。接近戦で最も強力なのが騎兵だった。歩兵を馬で蹴散らし、馬上から槍でなぎ倒し、短弓で射る。だから、魔法が使えて剣も扱えるヴィクトールは、スーパーエリートでもあった。
その騎兵が言葉も出せず、震えている。それは龍の破壊力を目の当たりにしただけではない。龍が出している威圧感を感じたからでもあった。武に長けているからこそ感じた威圧感だった。
「急いで本部へ報告だ!」
我に返った騎兵たちが慌ただしく動く。
「もし街へ向かったら……」
そう考えて、ゴクリと唾を飲む。
しかし、龍は、静かに、そして淡く光り出し、光の粒子に戻っていった。
あとに残ったのは、破壊し尽くされた盆地と、まだ残る高熱、焦げた臭いだけだった。
ケイは、その盆地を見下ろしていた。
(半分は成功したが、半分は失敗だった)
失敗は、アーモンを取り逃がしたことだ。そして成功は、龍の本当の恐ろしさを、王国の軍隊に知らしめることだった。
”抑止力” ケイは、社会科の授業にあった核兵器の抑止力を思い出していた。実際に使わなくても、相手の攻撃を阻止する力だ。
ここで発現した龍の本当の力を、傭兵でなくて正規軍が確認した。それはすぐにでも王都に伝わるだろう。それを知れば龍を手に入れようと考えるバカな貴族などいなくなる。ケイはそう考えた。
そして、それは龍と同一視されている〈賢者の石〉についてもだ。〈賢者の石〉を求めることは龍と対立することだと思わせれば、ウィントン伯爵も解放されるのでは、ケイはそうも考えた。
しかし、経験の少ないケイの読みはまったくはずれる。それどころか、新たな混乱を引き起こしてしまうのだった。




