逆襲のはじまり
龍は神聖であり、この王国では不可侵の存在であった。
マレビトたちが伝えた宗教もあった。教祖となったマレビトもいた。だからこの世界には、ケイのいた世界と同じ宗教もある。しかし、王国全体に広まったものはなかった。元々あった神々、女神、そして龍への信仰が強かったからでもあった。
だからメンゲレ子爵が龍を捕らえようとしたことは、とんでもないことでもあった。それでも現実のヘスと伝説の龍とを天秤にかけてヘスを選んだ、そういうことだった。
「見届けたいけど……、次の作戦の会議に行かなければならないんだ。だから、もうリューベックをでなきゃいけない。残念だけどな……」
ライオネルは、本当に残念そうに席を立った。
「あと……、ケイには、圧倒的に経験がたりない。誰か、アドバイスができるベテランがいるといいんだがな」
ケイは、確かにそうだと思った。施設で、邪魔者を排除する方法は自分で考えたが、ほとんどが言われたことを実行しただけだった。
「ライオネルさんじゃだめなんですか」
「協力したいんだけど……、他にも作戦が重なっているんだ。詳しくは言えないんだけど」
「そうですか……」
「きっと、何か出会いがあるよ。そういうもんだ。それじゃあ、成功を祈る」
「わかりました。がんばります」
ライオネルは、颯爽と店を出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ケイは、再びアーモン商会本店の前に立った。
時刻は6時。終わって帰れば、宿の夕食の時間だ。
「やるなら黄昏時だ。昼の明るさに慣れた目が夜の闇に慣れるまでの間がベストだ。いろいろとごまかしも効くからな」
ライオネルは、そうアドバイスしていた。
しかし、ケイはライオネルのアドバイスの上をいくことにした。
日も暮れかかり、商会前の広場に少しずつ夕闇が降りてきた。
(力を貸してもらえるか)
ケイは、龍を呼び出す呪文……、あの歌を小さく口ずさんだ。
(我を呼んだか)
龍の声がケイの頭の中に響く。
(姿を現してください。そして、あの建物の一部を軽く壊してください。軽くです)
(フン。お前がやりたいことはわかった。ただ、どうするかは我が決める)
(お願いですから、人が死なないようにしてください)
(フッ、やはりお前はおかしなやつだな。相手は敵なんだろう)
広場の地面から、ゆっくりと光の粒子が湧いて出てきた。
広場にはたくさんの人がいる。突然のできごとに、慌てて広場の外へ逃げ出す。人がいなくなった広場にさらに多くの光の粒子が湧き出る。逃げ出した人々は、遠巻きに何が起こるのかを見ていた。
湧き出た光の粒子が徐々に形になっていく。もちろん、龍の形だ。
「おおっ」
龍の姿に人々が声を上げた。驚き、怖れ、そして感動、様々な感情が入り混ざった声だった。
広場はかなり広い。野球のグラウンドほどあり、中央には誰か知らない偉人の銅像がある。龍はアーモン商会本店を前にして立ち、その尾は、広場から飛び出しそうになっている。しかし、銅像も建物にも触れていない。龍なりに気を遣っているのだ。
(ほう……、防御の魔方陣があるな。こんなものは我には意味がないがな)
薄汚れた本店の建物には、防御の魔方陣がびっしりと書かれていたのだ。それをごまかすために、ホコリや泥で汚れたように見せていたのだった。
「神罰をくだす」
龍が低く、そして広場中に響く声で言った。
その声は建物の陰から見ていた人たちを震えさせた。
フウっと龍が息をふきかける。それほど強くはない。それでも本店の建物はガタガタ揺れ始めた。
中にいた人たちは、外に逃げ出す。出口に殺到して、うまく出られない。
「どけ、わしが先だろう」
そうした叫び声が聞こえてきた。おそらく幹部だろう。そうした連中は殺してもよい。ケイはそう考えたが、中には罪を犯していない者もいる。商会で働いている時点で、罪なのだが、殺されるほどの罪ではない。
だから、龍には人を殺さないように頼んだ。
人々が逃げ、静まりかえった本店に、龍は腕を上から叩きつけた。4階建てくらいで、それほど大きくない。龍の腰にも届かない高さだ。その一撃で、粉々に崩れ落ちてしまった。
(そこまでやらなくても)
ケイは、そう思ったが、どこまでやるのかは龍が決める。
龍は、ケイのほうを振り返る。
(これでよいのだな)
(ええ、ありがとうございます)
(お前たちの話は、ずっと聞いていたよ。だから力を貸した。これは我の怒りでもある)
そのまま、龍は光の粒子となり、消えていった。あとに残ったのは、本店だったものの瓦礫の山だけだった。
ライオネルがケイに言ったのは、光魔法で何か恐ろしい者を本店前に映し出すことだった。施設でダリューゲたちを追い出すの使った方法だ。アーモン商会の評判を落とせばいい、それだけのことだったが、ケイは、せっかくだからと龍に頼むことにした。
最初に見せられた龍の凄まじい攻撃力は、ケイを萎縮させ、ケイにこれは使ってはいけない力だと思わせた。ケイは核兵器を手にしてしまうような恐ろしさを感じたのだ。
しかし、草原で助けられたとき、その力をうまく使うことを考えた。それからずっと、龍の力の使い方を考えていた。ただ、ライオネルの言うように、ケイには経験がない。だからどう使うのか、いまいちわかってはいなかった。それがライオネルのアイディアで、こうして使うことを思いついたのだった。
そしてケイは、ライオネルのもう1つのアドバイスを忘れていなかった。それは、本店内にあるアーモンの肖像画を確認することだった。アーモンは表には出ない。だからその顔も一般には知られていない。しかし本店の会議室には肖像画が飾られていた。かなりリアルなものだという。会議に出席していなくても幹部に睨みをきかすつもりだったようだ。
本店から人々が逃げ出すどさくさに紛れて、ケイは光魔法で建物内部を見ていった。最初来たときに中を見ようとしたが、防御の魔方陣にはじかれていた。今なら見ることができる。そしてライオネルの話通り、肖像画を見つけ、それを記録した。
これで、次の作戦の目処がついた。ケイは、少しワクワクしてきたのを感じていた。
宿に戻ると、すでに7時を過ぎていた。
「遅かったじゃない」
女将はそう言ったが、非難する声ではなくて、少し興奮している。
「それより、龍を見た?大きな声がしたから、外に出たら、頭が見えたの。ここからよ。どんなに大きかったのかしら」
次々と聞いてくる。
「ええ、見ました。すごかったです。最初は怖かったけど、あのアーモン商会に神罰を下すと言ったので、安心してみてましたよ。一撃で、アーモン商会を潰して、本当に凄かったです」
「えっ、アーモン商会を潰したの?」
「潰したと言っても、建物ですけどね」
「それでも、気分がいいわ。龍様様ね」
そう言って、女将は上機嫌で、料理を並べてくれた。きっと、街中で、同じような会話がされているのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日からケイは、アーモンの屋敷に通った。ウィントン伯爵のことを知るためにはアーモンに接触する必要があるだろう。肖像画で、顔は覚えた。あとはどうやって接触するかだ。そしてどうやって話をさせるかだ。ケイはそのアイディアはまだ思いつかないでいた。
アーモンの屋敷は、豪華で広大という言葉以外では説明できない。写真で見たベルサイユ宮殿、そんな印象だった。
(いったいいくらかかってんだ)
ケイの頭に浮かんだのは、金のことだった。それはつまり、それほど多くの人々が犠牲になったということでもある。奴隷時代の施設にいたことを思い出して、胸糞悪い思いにとらわれた。あの部屋の臭いが蘇ってくる。
何日か通って監視したが、何も新しいことはつかめない。
それで、ケイは光魔法を発動して自分の姿を消して近づいた。うまく屋敷に潜入できれば、そう考えた。
しかし、その目論みもあっけなく破れた。屋敷にあと10mというところで、光魔法が解除されてしまったのだ。屋敷全体に魔法無効の結界が張られていたのだ。
(ヤバい)
ちょうどそのとき1台の馬車が通りかかって、突然現れたケイを引きそうになった。馬車の御者は、方向を変えてギリギリでケイをかわしたが、道を外れそうになって止まった。
「気をつけろ!」
御者がどなる。
馬車は、通常の馬車より一廻り大きく、そして豪華だ。
「何者だ。なぜここにいる?」
馬車の窓を開けて、1人の男が顔を出した。屈強な男だ。
「有名なアーモン様のお屋敷を一目見たいと思ってきました」
ケイは、そう言ってごまかそうとした。
「ここに来るまで、警備の詰め所があったはずだが……」
「そこの山道を抜けて……」
「そこにも、犬を放してある。どうやって抜けた!」
ケイは、答えに窮した。どう言ってもごまかしきれない。
「おい、近づいて顔を見せろ」
馬車の奥から声がした。ケイは、おそるおそる近づいた。中を見ると、いたのはアーモンだった。肖像画を何度も見て、しっかりと覚えていた。
「どこかで見たな」
「いえ、商会の方とお会いしたことはありません」
「ごまかすな。わしが見たことがあるといったら必ず見ている。人の顔を覚えるのが仕事だからな」
確かに、奴隷時代に施設に来たアーモンと出会っている。そのときはマレビトと紹介された。しかし、そのときは薄汚く、髪もボロボロ。今とは印象は違うはずだった。
「捕らえて連れていけ」
アーモンは、そう言うと馬車から屈強な男が2人出てきた。護衛としてついている男たちだ。
ケイは、すぐに走って逃げた。それを護衛の男が追いかける。普通ならばすぐに捕まるはずだが、魔法無効の結界から離れたので、光魔法を発動できた。ケイは姿を消し、うまく逃げることができた。護衛の男は、ケイが突然消えたので、呆然と立っているだけだった。
アーモンは、その消えた先をじっと見ていた。
(確か……、マレビトだったか)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アーモンは焦っていた。本店に現れた龍、そして「神罰」だと言ったことが商会を大きく揺るがしていた。
「公爵家が会談を取りやめたいと言ってきました」
「クルップ商会が取引の停止を通告してきました」
アーモンの耳に届くのは、そうしたことばかりだ。
(このままでは、商会はじり貧だ)
アーモンは、部屋の後にある金庫を開けた。そこには小さな箱がある。タブレットPCを分厚くしたような箱だ。
(それでも、これがあれば安泰だ)
アーモンは、それを手に取り、箱の表をなでながら微笑む。苦しいときはいつも、これを見て気持ちを奮い立たせていた。
(そういえば、ガル鉱山にマレビトがいたな……)
アーモンは、ケイのことが気になっていた。
「おい、誰か来い」
アーモンは大声で部下を呼んだ。
「ガル鉱山に詳しいやつを呼べ。すぐにだ」
呼ばれてきたのは、へーラーだった。ヴェッセル所長の息子だ。
ガル鉱山は、〈蒼龍騎士団〉によって奴隷が解放され、閉鎖となった。再開に向けての作業が進められているが、まだまだだ。
所長のヴェッセルとへーラーは、鉱山を離れていたので〈蒼龍騎士団〉に捕まることはなかったが、当然処分された。ヴェッセルは奴隷に落とされ、どこかで働いているはずだ。そして息子は、ヴェッセルが責任をとったので厳しい処分は免れ、一番の下っ端として働かされていた。それでも奴隷に落とされるよりは、はるかにましだ。
「お呼びですか」
へーラーは、アーモンの部屋の入り口で深く頭を下げた。
「ああ、入れ。ガル鉱山にいたマレビトのことなんだが、何か知っているか?」
「ケイですね。いくつかの商品を開発しましたが、それほど売上には貢献していません。強力な水魔法、氷魔法……、それに火魔法が使えたはずです」
へーラーは、そうくらいしか言えない。長く一緒だったが、頭の中は別のことばかりで、実はケイのことはそれほど覚えていなかった。
「〈蒼天の龍騎士団〉との関係はあったのか」
「それはなかったと思います。鉱山は〈蒼天の龍騎士団〉の襲撃にあいましたが、ケイが手引きするとか、そういったことはなかったはずです」
「それは本当だな」
厳しいアーモンの眼にへーラーはひるむが、内部に手引きした者がいたとなると、また責任問題だ。あくまでも外部からの襲撃だけにしておきたい。
「本当です」
そうきっぱりと言い切った。
「関係ないか。それならよいが……」
アーモンは、そうつぶやく。
「わかった。下がってよい」
(何か手を打つべきか……、それとも……)
アーモンは、椅子に深く腰掛けた。
また何か起きる、アーモンは、それだけは確信していた。




