アーモン商会
ケイは、古びた小汚い建物を見上げた。
「これが……、アーモン商会の本店か……」
王国第2の都市リューベック。周辺には鉱山が多く、王国の経済と工業の中心地となっている。
ケイが奴隷とされていた施設もここから3日ほどのところにあった。
アーモン商会の本店は、そのリューベックにあった。周辺は、経済の中心地にふさわしい、豪奢な建物が建ち並び、人通りも多い。その中にあって、お世辞にもきれいとは言えない、そのみすぼらしい建物が本店だという。
ケイは、新しいスンナ村には3日いた。その3日は、毎日が宴会だった。デュラン伯爵から差し入れられた酒と食べ物がふんだんにあった。
再会を喜び、新しい村づくりへの希望で宴会は盛りあがる。
ケイの所にも次々と村人が感謝の言葉を伝えに来た。
その中にあっても、ケイの心の中には、引っかかっているものがあり、素直に喜べないところがあった。もちろん、うれしい。喜んでいる人たちを見ていて、本当によかったと思う。
しかし、どうしても頭から離れないことがある。それは、やはりウィントン伯爵のことだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おそらく、アーモン商会が鍵だな」
ファーガスがそう答えた。ケイは、デュラン伯爵領へと歩いて行くときに、ファーガスに、これからのことを相談していた。
3人のうち、ボースは指揮官タイプ、マロースは武力突出、そしてファーガスは情報戦を得意としていた。だからファーガスは、王国の裏社会の様々なことを知っていた。
「十数年前だったかな……、王国で、〈賢者の石〉についての古文書が見つかったんだ。それで〈賢者の石〉を手に入れるためならいくらでも出す、と言い出す貴族が何人もでてきたんだ。宰相のヘスもその筆頭だ」
ケイは、ウィントン伯爵領に来たヘスのことを思い出していた。
「それからだったな、いくつもの商会が〈賢者の石〉を探して、あちこちで動き回っていた。そのほとんどが非合法だった。我々も、それを阻止するために動いたこともあったんだ。そして3年くらい前だったかな……、魔脈と〈賢者の石〉との関わりを示した古文書が発見されたんだ」
「それで、僕が住んでいたウィントン伯爵領に連中が来たんですね」
「そうだ。ケイは、それに巻き込まれたんだな」
「それとアーモン商会は関係があったのですか」
「ああ、アーモン商会は王国でも弱小商会だった。それが〈賢者の石〉が話題になったあたりから、急速に力を伸ばしてきたんだ。お前が囚われていたような施設がどんどん作られて、奴隷をたくさん集め始めたんだ。そうなったのは……、どうやら〈賢者の石〉についての重要な秘密を握っていると、ヘスに売り込んだらしい」
「秘密ですか?」
「本当のところはわからないが裏社会ではそう言われている。だからヘスと〈賢者の石〉に関係しているところの裏側には必ずアーモン商会がいるんだ。お前が囚われていたのもアーモン商会の施設だろう。おそらくだが……、ウィントン伯爵のこともアーモン商会が知っているはずだ」
それを聞いたケイは、わずかな希望が見えた気がした。
「おいおい、俺は余計なことを言ったかな」
ケイの眼が輝いたのを見て、ファーガスは、少し心配する。
「いえ、ありがとうございます。胸のもやもやが晴れた気がします」
「それならいいんだけど」
ケイは、ファーガスの心配をよそに、顔を上げ歩みを強めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ケイが、新しいスンナ村を出発するとき、村人全員が見送ってくれた。
「どうしても行くの?」
ナンナが涙目で聞く。
「どうしても行かなきゃならないんだ。ナンナがお父さんお母さんに会いたかったように、僕もお世話になった人がいるんだ。その人が困っている……、だから行かなきゃ」
「危ないことじゃないよね」
「もちろん、危ないことなんてないよ」
それを聞いたナンナはケイに抱きついた。奴隷時代に痩せ細った身体は、きちんと食事がとれるようになったおかげで、しっかりと成長していた。その柔らかな身体がケイを包む。
ナンナは、ケイの耳元でささやく。
「必ず迎えに来て」
「もちろんだ。それまで待っていて」
それを聞いたナンナは、離れてとびっきりの笑顔を見せてくれる。目は潤んだままだが。
そのナンナの笑顔に見送られてケイは出発した。途中、何度も振り返りながらも。
もちろん、ケイはナンナの笑顔を記録しておくのは忘れていない。寂しくなると何度も何度も、その笑顔を見返していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから10日で、リューベックに着いた。人、人、人……、街は、たくさんの人で賑わっていた。ケイはこの世界に来て、一番多くの人を見た。前の世界では、渋谷や新宿へも行ったから、人混みが珍しいわけではない。それでも、ずっと静かな山の中の村や街でばかり過ごしたから、この世界の人混みになれていないだけなのだ。
まず、ファーガスに紹介された宿に行った。ファーガスの話だと、小さい宿だが気の良い女将と、値段が安いことが魅力だという。施設を出るときに配られた金があったから、路銀は十分だったが、長くかかるかもしれないから安いのは、ありがたい。
「いらっしゃい」
50代くらいの小太りの女将がむかえてくれた。
荷物を置いてからアーモン商会の本店の場所を聞いた。
「アーモン商会?お客さんは関係者?」
それまでにこやかだった女将が怪訝そうな顔で聞く。
「いえ、人を探しているんです」
「それじゃあ、誘拐……、連れていかれたってことかい?」
アーモン商会は、この街では、そう思われているようだった。
「それもわからなくて、何か手がかりがないかと……」
「そうだとしても気をつけなよ。ろくな連中じゃないからね。場所は、そこの通りをまっすぐ行って、突き当たりの広場の正面だよ。行けば分かるさ。たいした建物じゃないから」
女将は、商会とは関係ないことがわかって、笑顔で、そして少し心配したような顔で、商会への道のりを教えてくれた。
「夕食は、うちで食べるんだろ。6時には用意しとくから、それまで帰ってくるんだよ」
そう言って、送り出してくれた。
アーモン商会の場所は、女将に言われた通り広場の正面にあって、すぐにわかった。
ただ、その建物はなんともみすぼらしい。広場はリューベックの中心に位置する。おそらく一等地だ。まわりの建物は、どれも豪奢で経済都市リューベックに相応しい。その中で、古びて汚れも目立つ建物には違和感しかない。
(ここに伯爵様がいるのか?)
そのアーモン商会の本店をじっと見ていたら、ポンと肩を叩かれた。この街に知り合いはいない。
「ここで何をしてるんだ!」
強い口調で声をかけられた。
(しまった。無警戒だった)
ケイは一瞬ひるんで、ゆっくりと振り返る。
しかし。そこにいたのは、ライオネルだった。ライオネルは、微笑んでケイを見ている。
「ライオネルさん!」
思いがけない出会いに。ケイの顔もほころぶ。
「ここじゃあなんだから、こっちへ来い」
連れ行かれたのは、路地をいくつも通り抜けたところにあった薄暗い酒場だった。
「ここなら大丈夫だ。何を話しても」
ライオネルはウイスキーを注文し、ケイはコーヒーを頼んだ。マレビトのおかげで、前の世界のものは結構ある。ケイは、こういうときの注文に困ることはなかった。
「無事でよかったよ」
ライオネルはしみじみと言った。それからケイは、それまでのことをかいつまんで話した。もちろん、龍のことは抜きでだ。
そのケイの一言一言を、ライオネルは微笑みながら聞いている。みんな無事でよかった。あの作戦を実行してよかった。そう思っているのだ。
「それで、なんであそこにいたんだ?」
ライオネルにそう聞かれて、ウィントン伯爵とアーモン商会の関係を話した。
「確かに、関係はありそうだな……、でも伯爵はあそこにはいないぞ」
「どうしてですか?」
「あそこにはそういう部屋などはないんだ。その昔、潜入して働いたからな」
「商会の本店の割には小さくて……、なんだか汚いですね」
「ああ、あそこでは幹部が集まって会議をして、指示を出すことしかやっていないんだ。あの場所に本店がある。それだけが重要なんだ。そんなところに金をかけたくないのだろう。いつも幹部がいるから警備はすごいけどな」
「会長のアーモンは?」
「普段はあそこにはいない。必要があるときだけだ。普段は屋敷にいる。そこが実際の本店だ。広くて豪華だぞ。貴族を招いて商談を進めるためのものでもあるからな」
「そしたらそこに伯爵様が……」
「いや、それもないだろう。何度か行ったことはあるが……、確かに警備は最高だ。魔法への防御もある。ただな……、とにかく人の出入りが多い。重要な人物を監禁するところじゃないな。それに宰相ヘスへの不敬なんだろう。商会に監禁する意味はない」
ケイは、がっくりと肩を落とす。
「ただ、アーモンならば伯爵の居場所を知っている可能性が高い」
「聞けるんですか?」
「いくらなんでもそれは無理だ」
「それじゃあ……」
ケイは、言葉につまる。
「まず、商会の力を削ごう。お前ならできるはずだ。あの施設で使ったあの力を」
ライオネルはニヤリと笑って、ケイに耳打ちした。




