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迫る追っ手

 スンナ村を出て、5日目。目的地までの半分来た。ここまで来れば大丈夫だろう。それぞれそう感じ始めていた。追っ手は、全然違った方向に追いかけているんではないか。そう都合よく考えていた。

 不安なときほど、都合よく考えるのが人間だ。なんとかなるだろうと。


 山道を抜けて、草原に伸びる一本道に出た。小さな花をつけた名も知らない雑草が広がっている。

「牛を飼うにはいいところだな」

 草原を見渡して、そう軽口を叩く者もいる。


 草原の半ばまできた。そのとき歩いてきた山の方に土煙が見えた。

「あれは?」

 ケイは、光魔法を発動する。

「馬です。数は……、50くらい……、いや土煙で……、100以上はいます」

「追っ手か?」

「わかりません」

 ケイは、映像を空間に映した。

「商会の傭兵だ。馬に紋章がついている。おそらく……奴隷狩り部隊だな」

 奴隷狩り部隊、その言葉に、ケイはリニ村で見た奴隷狩りを思い出した。また、心の奥で、フツフツと何かが蠢く。


「しかし、どうしてこんなに早く」

 ボースがつぶやく。

「ハハハハハ」

 1人の若い女性が、笑い声を上げた。

「アタシだよ。ずっと目印を置いてきたんだよ。そうすると大金をくれるというからね」

 スンナ村出身ではなくて、どこかの村から連れてこられた若い女の奴隷だった。商会のスパイでもあったのだ。

「これで、自由になれるし、金も入るし、笑いがとまらないね」

 女は、そう言ってさらにかん高く笑った。

 ファーガスが、剣に手をかけた。

「アタシを斬るのかい?女の、丸腰の、このアタシを。騎士様が?」

 そう言って、さらにかん高く笑った。


「放っておけ」

 ボースは、ファーガスを制して言う。

「どうする?」

 マロース、ファーガスがボースに聞いた。

「どうするって、戦えるのは3人しか……」

「僕も戦います」

 ケイが言う。

「我々も」

 スンナ村の男たちも声を上げる。

 しかし、ボースは首をふる。

「いや、無理だ。やつらはプロだ。いくらお前の魔法が強くても」


 ボースたち3人は黙ったまま時間がすぎる。

 追っ手は、約2キロ先。馬なら数分だ。

「もう逃げることはできないな……、やってやるか」

 3人は、村人たちを背に、追っ手に向かって立った。

「1人、30人か……、いけるかな」

 どう考えても無理だった。


(何をしている)

 ケイの頭の中で声が響いた。

(何だ?)

(我を呼べ)

 龍だ。

(ダメだ。あんな力は……)

(フッ。この期に及んでそんなことを)


 追っ手は、もう数百メートルまで来ている。姿もはっきり見える。

 ボースたちは手を剣にかける。覚悟を決めた。


 そのとき、追っ手との間の地面から、小さな光の粒子が沸いてきた。最初は、サイダーの中の泡くらいだったのが、あっという間に沸騰したお湯のように、次々と沸いてくる。

 その光の粒子が少しずつ形を作っていく。龍の形に。

 高さは100mにもなろうという巨大な龍。その龍が、傭兵たちの前に立ちはだかった。


 「ヒヒーン」いななきが草原に響く。「うわああ」傭兵の叫び声が、それに重なる。走ってきた馬は龍の姿に驚き、前足を上げて止まろうとし、乗っていた傭兵は振り落とされそうになっている。

 その瞬間、龍は、身体を軽く揺らし、その長い尾を傭兵に向かって一振りした。

 ズズーン!大地が揺れる。凄まじい土煙が舞い上がる。ケイたちは、その揺れで立っているのもやっとだ。

 傭兵たちには、それで十分だった。その一振りで、100人以上いた全員が紙吹雪のように草原にばらまかれた。人も馬も。


 龍は、草原に転がる傭兵を見てから少しだけケイのほうへ振り返った。ケイには、そのとき龍が笑ったようにも思えた。

 龍の身体は、徐々にぼやけてくる。そして再び光の粒子になり、消えてしまった。


 ボースたち、村人たちはあっけにとられて、何が起きたのか理解できない。何も言えない。ただ、草むらの中で、ぐったりと倒れている傭兵と馬を見てるだけだった。


「お前がやったのか?」

 我に返ったボースが、ケイに声をかけた。

「いえ、僕にも何が何だか……」

「しかし、お前のことを見ていたようだぞ」

「たぶん……、あの龍は、伯爵領の守護神で、領民の僕を守ってくれた……」

 ケイは、本当のことは言えない。そうごまかすしかなかった。


「全員死んでる。馬もだ」

 ファーガスとマロースが見回って来て言った。

「助かったの?」

 村人たちが聞いてくる。

「ああ、助かったようだ」

 ファーガスが答えた。

「あの……、あの龍は何だったのですか?」

「我々にもわからないんだ。いったい何が起きたのかも」

 そう答えるしかなかった。

 それでも、全員が助かったと、ほっと胸をなで下ろして、その場に座り込んでしまった。


「おい、離せよ!」

 商会のスパイだった女は、マロースに縛り上げられていた。

「まだ、威勢がいいな」

「殺すのか?」

「心配するな。命まではとらん。ここに置いていくだけだ。運がよければ商会の助けが来るだろう」

 全身を縛り上げられた女は、そのまま草原に転がされた。キッとマロースを睨んでいる。

「まあ、その格好じゃ、何も食べられないし、水も飲めない。もって2日かな。それまで助けが来ることを祈るんだな。それにこの地はライオンやヒョウ、ハイエナ、そういったのも多いからな。だから牛や馬の放牧ができないんだ」

 確かに、このままじゃ生き残れない。

「待って、アタシが悪かった。お願いだから連れていって」

「それは無理だ。また目印をつけられると面倒だからな」

「もうしない。そんなこと……、絶対に」

 さっきまで強がっていた女は涙目で哀願する。

「神に祈るんだな」


「さあ、出発だ。また追っ手が来るかもしれないから急ごう。目的地はヒンクラー子爵領だ」

 ボースがそう声をかけて、みなが歩き出した。

「アタシも連れていってよ」

 後ろから叫ぶ声が聞こえるが、無視して歩く。

「ちょっと可哀想な気もしますが……」

 ケイが、マロースに言う。

「縄には切れ目を入れたから、ちょっと力を入れれば、ほどけるよ。それに……、たとえライオンが来ても、食い物はたくさん転がっている。あの女が食われることはないよ」

「ヒンクラー子爵領というのは嘘なんだ。まったくの逆方向。あの女が追っ手に伝えてくれると、時間が稼げる。それにヒンクラー子爵というのは、宰相ヘスの片腕で、これまたクズなんだ。これで内輪もめでもしてくれれば、御の字なんだがな」

 ファーガスが補足してくれる。ケイは、それを聞いて少し安心した。


 とはいえ、のんびりしているわけにもいかない。また追っ手が来るかもしれない。

 一行は、歩みを早めた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 それから5日ほどで、目的地のデュナン伯爵領に着いた。

 デュナン伯爵は、領民に慕われた心優しい領主だという。伯爵は、相談したら二つ返事で引き受けてくれたともいう。


 デュナン伯爵領は、山に囲まれたところにある。平地は少ない。だから麦よりも果物が作られていて、ブドウとワインが名産だった。

 そして絹の産地でもあった。カイコの餌となる桑畑は、平地である必要はない。絹の生産の長い歴史もあった。

 絹の生産をしていないところで突然生産されるようになるとアーモン商会が怪しむ。でも、元々絹の産地である伯爵領ならば怪しまれない。だからスンナ村の人々の受け入れ先に選ばれたのだった。


 スンナ村の人々が連れていかれたのは、伯爵領の山の中のさらに奥だった。谷沿いの一本道を半日ほど歩いていかなければならない。

 高い木々に挟まれた道を歩いて行く。遠くから鳥の声が聞こえてくる。 


 伯爵領へ入ってから、もう追っ手の心配もなくなり、みなの足取りも軽い。

「スンナ村のあたりと似てますね」

 スンナ村の男が山々を見てつぶやいた。

「カイコを育てるのに適した気候ですから似ているんでしょう」

 デュナン伯爵の案内人が答えた。

「ずいぶん前に、村人が街に出て行った廃村なんで、あまりきれいではありませんが……」

「どうして村人が出て行ったんですか」

「やはり農地がないからなんです。食べていけなくなって……」

「それなら、我々は大丈夫。これがありますから」

 そう言って繭玉の入ったカバンを掲げた。


 山を抜けて、小さな盆地に出た。遠くに建物が見える。

「あれが村です」

 案内人が指さした。


 ケイは、光魔法を発動して様子を見る。何かが動いている。

「誰かいます」

「まさか、誰もいないはずです」

 案内人の言葉に緊張が走る。

「確かにいます。……、あれは……、まさか……」

 ケイは、さらに慎重に様子を探る。

「ナンナだ。ナンナたちがいます」

 ケイははじけるように叫んだ。


「ナンナ?ナンナって、娘の?どうして?」

 横にいたのはナンナの両親だった。

 気がつくと誰もが走っていた。ケイもだ。

 全力で走っていく。

 村に入ると、それぞれが名前を呼ぶ。

 ナンナも、みんなも出てきた。

「お父さん……、お母さん……」

 10年ぶりの再会だ。涙を流して抱き合う。名前を呼ぶ、それ以上の言葉はいらない。

 見ていたケイももらい泣きしてしまう。


 そのケイの肩を誰かがポンと叩く。振り向くとギーマだった。

「ナンナに泣かれてな。1日も早く来たいと。それで先に来て、村の家の掃除なんかをして待っていたんだ」


 抱き合い喜ぶ家族たちを見ていて、ケイは、本当によかったと思った。苦労が報われた思いだ。

 ナンナがケイに気づいて手をふる。とびっきりの笑顔だ。

(最高のご褒美だな)


 ただ、奴隷として連れていかれて、そして帰れなかった者もいる。その家族だろうか。ただ立って見ているだけの者がいる。家族と再会できた者をうらやましいと思っているだろう。悔しい気持ちもあるだろう。それを表に出さないように無理に笑顔をつくっているようにも見えた。

 その複雑な気持ちをケイは感じていた。だからこそ、ずっと思っていたことを実行しなければ……、その想いが強くなるのを感じた。

 それはアーモン商会を潰すことだ。


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