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ライオネルのねらい

 深夜遅く、扉が軽くノックされた。何事かと、ケイはゆっくりと起き、扉の方を見た。

「俺だ」

 ライオネルの声だった。ケイは急いで扉に近づいた。

「どうしたんですか?」

 ガチャガチャと音がして鍵が開けられた。

「手伝ってほしいんだ」

 独房の外に出ると、ライオネルの横に、もう一人男が立っていた。最近、この施設に来た男だった。

 その男がケイの首に手を当てた。

「なっ、何を!」

 ケイが驚いて下がろうとしたが、そのときカチャリと小さな音がして奴隷の首輪がはずれた。

「えっ、なんで?」

「彼は、解呪師だ。奴隷の首輪をはずせるんだ。これから全員の首輪を解呪するから手伝ってくれ」

(いったい、ライオネルさんって……)

 ケイの中で、疑問がムクムクと湧いてきた。なぜ自分に手伝えというのか?どうして奴隷の首輪をはずすのか?

(ここを乗っ取るつもりなのか?)

 そうも考えた。自由になたケイの魔法を使えばできるかもしれない。

 不安もあったが、奴隷の首輪がはずされるのならいいことだ。ケイの頭にはナンナのことも浮かんでいた。だから手伝うことにした。

 ライオネルは、ケイのことを100%信頼していなかった。この手伝いをさせるためには、奴隷の中に助けたい者がいることが必要だった。ナンナをケイの担当にしたのもそのためだった。


「でも、1000人以上はいますよね?」

「だから時間稼ぎをしなくてはならない。解呪師は4人いるから、1時間ほどだ」

(4人って、新しくきた人たちか?)

 ライオネルは、ケイを奴隷の宿舎に連れてきた。

「もし、警備兵が見回りに来たら、足止めをしてほしい」

「やってみます」

 ケイは即答した。ここまで来て見つかると、奴隷に犠牲者が出るだろう。まず首輪の解呪だ。


 ケイは、奴隷の宿舎の入り口のあたりに隠れて光魔法を発動した。警備兵が詰め所でくつろいでいるのが見えた。そして、奴隷の首輪が次々と解呪されていくのも見えた。ナンナの首輪もだ。

(よかった……)

 ケイは、少しほっとした。が、そのとき警備兵が動き始めた。2人が詰め所を出てこちらに向かってくる。ケイの手のひらに汗がにじむ。

 警備兵は、手にランプを持って、ゆっくりと歩いている。いつも通り、たぶん何もない。そう考えているのだろう。


 奴隷の宿舎の前に来た。

「ダリューゲの首は出ないよな」

 一人の男が言う。

「そんなこと言うなよ。ここのところ出ていないじゃないか」

「だからだよ。出てないから……、そろそろ……」

 二人はくっつくようにしながらゆっくりと中に入った。

 ここでダリューゲの首を出現させれば、驚いて逃げていくかもしれない。でもそれはできない。大きな声を出されるほうが面倒だ。

 ケイは、二人の警備の男たちの目に、普段の宿舎の様子を見せていた。何も起きていない、普段の奴隷たちの寝ている姿を。


 警備の男たちは、奴隷の首輪がはずされていることに気づかない。少し早足で廊下を抜けて、何事もなかったと、安堵の表情で出て行った。

 ケイはそれを見て、ふうっと軽く息を吐いた。

(なんとかやりすごせたな)

 そのとき、ポンとケイの肩を叩かれた。突然のことに声が出そうになるが、グッとこらえて振り返るとライオネルだった。

「おどろかさないでくださいよ」

「悪かった。解呪は全員できたよ」

「そうですか。よかった……」

「それで、もう1つお願いしたい」

「はい、ここまできたら何でもやります」


 ライオネルは、さらに施設の奥へとケイを連れていく。

「あの建物が、職員の宿舎だ。あそこを無効化できないか?」

「無効化……ですか?まだ気づかず寝てますね……」

 ケイは、少し考えて、「やってみます」と答えた。

「頼む」


 ケイは、両手を広げて精神を集中した。

「いけ!」

 ケイの前に水の塊がいくつも現れた。それを宿舎に向かって飛ばしていく。

「おい、音は大丈夫か?」

「大丈夫……、だと思います」


 ケイから放たれた水の塊は、宿舎を濡らしていく。ドンという大きな音が出た。これでもしかしたら起きた者もいるかもしれない。でも問題はない。

 それから、ケイはもう一度手を広げた。

 呪文を唱えると、濡れていた宿舎が凍り始めた。窓も玄関も、すべてが。


「これで、しばらくは出られませんよ」

「すごい……。やはりお前の魔法はすごいな。まだ魔力は大丈夫なのか」

「はい、まだいけます」


 そのとき、門の方から大きな声が聞こえてきた。

「よし、始まったな」

「何が起きたのですか?」

「我々の味方だ。1000人の軍勢だ。この施設を制圧するんだ」

「ライオネルさん、あなたは……、いったい?」

「俺か?俺は〈蒼龍騎士団〉のメンバーだ」

「〈蒼龍騎士団〉?」

「普通は知らないよな? 正式な名は〈蒼天の龍騎士団〉。国の圧政と戦うための秘密結社だ。こうした奴隷を解放するためにも戦っている」


 ライオネルは、まず職員として潜入する。そして信用を得ると、奴隷解放のための工作をするのだった。今が、その最終段階だ。

「解呪師を中に引き入れるために職員として採用しようとしたんだ。それを、あの3人が反対したんだ。人は十分足りていると言って。本当は分け前が減るのがいやだったんだ。それで排除を頼んだのだ。おかげで、人事はすべて俺だから、解呪師の4人を職員として採用することもできたんだ」


 2人が門のところまで行くと、守衛や警備兵が取り囲まれて両手を上げていた。

「こっちへ来てくれ」

 ライオネルが、軍勢を率いて凍りづけにした宿舎へ向かう。ケイも、慌てて後を追った。


 氷づけの宿舎の中からは、ガシン、ガシンと扉をぶち破ろうとしてしている音が低く響いてくる。起きた者がいたのだ。このままだともう少しで破られるだろう。

「氷を厚くしましょうか?」

 ケイが聞いた。

「もういい」

 外は、既に1000人の〈蒼天の龍騎士団〉の軍勢が態勢をととのえている。中で戦えるのは約100人。すでに勝敗は決した。


 ガシン、ガシンと音が響き、ようやく扉が開かれた。剣を手に出てきた男たちは、軍勢に気づき、ただうろたえるだけだ。

「我々は、〈蒼天の龍騎士団〉だ。施設は1000人の兵で制圧した。武器を捨てて投降しろ。そうすれば命はとらない」

「ライオネル……、お前は……、裏切ったのか?」

「裏切るも何も、元から味方ではないよ」

「奴隷たちを殺すぞ!」

「残念ながら、奴隷の首輪はすべて解呪したよ」

 その答えに唖然とする男たち。切り札を失ったのだ。1000人の軍勢に1000人以上の解放された奴隷。どう見ても勝てる状況ではない。次々と武器を投げ捨てていった。


「勝ったな」

 誰もがそう考えて安堵したときだった。屋敷の中からファイアーボールが飛んできて軍勢のところに向かった。誰かが悔し紛れに打ったのだ。

「あぶない! 避けろ!」

 ライオネルは叫ぶ。

 しかし、ファイアーボールは、軍勢と離れた誰もいないところに飛んでいき、そのまま消失した。

「どうしたんだ?」

 ライオネルが不思議そうにしている。

「念のために、しかけておきました」

 ケイは、そっとささやいた。ケイが光魔法を発動して、光を曲げていたのだ。屋敷の中から軍勢がいるように見えるところには、実際には誰もいない。

「お前は……」

 ライオネルは、一瞬戸惑うような表情を見せて、大きな声で笑った。そしてケイの背中を思い切り叩いた。

「本当に、たいしたやつだ」


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 施設は、完全に〈蒼天の龍騎士団〉の手に落ちた。それからライオネルが中心となって作業が始まった。

 解放された奴隷たちは、手をとりあって喜んでいる。その中にはナンナの姿もあった。


 ライオネルは、100人程の男を連れて所長の屋敷に向かった。

「金目の物は、全部持っていけ。そして、ここが……」

 ライオネルが床の一部を剥がすと、そこには地下室への通路があった。ケイも、一緒に降りていく。そこにあったのは、大量の財宝だった。棚に、しっかりと整理されている。

「所長が長年抜き取っていた金だ」


 一通りの作業が終わると、もう夜明けだった。

 施設の職員は、全員が奴隷の首輪をつけられていた。

「お前たちは奴隷を解放するのだろう。それなのになぜ」

 奴隷にされた職員が言う。

「俺たちが解放するのは罪のない奴隷だ。俺たちは犯罪奴隷は認めている。お前たちは罪を犯した。罪のない人たちを虐待し、暴力を振るい、監禁した。だからしばらくは犯罪奴隷とする。安心しろ。俺たちは虐待したりはしないから」

 自業自得だ。今までやってきたことを思い出して、職員たちは何も言えずに肩を落とすだけだ。あのザムザも、首輪をつけられ、うなだれていた。


 解放された奴隷は、広場に集められた。

「もうみなさんは自由だ。好きなところへ行ってください。もし行くところがなければ、我々に相談してください。そして、これは所長が貯めていた金です。1人、30万Yenを持っていってください。旅費、これからの生活に金が必要ですから」

 ライオネルが、所長の横領に加担していたのは、このためだった。奴隷は貯金ができない。しかし、解放されたときに金がないと困る。それで所長を使って金を貯めさせたのだった。

 外へ出ても奴隷の服のままだと目立つので、職員の服を分けた。それから食料も分けて持たせた。

「明日には、本部にバレます。そして傭兵を集めて送り込まれるのが、たぶん3日後です。それまで、ここからできるだけ遠くに離れてください」


「お前は、どうするんだ?」

 ライオネルは、ケイに聞いた。

「僕は、ウィントン伯爵領に行きたいのですが、どこなのか……」

「ウィントン伯爵領というと……、あの魔脈のある?」

「ご存知ですか?」

「ここからはずいぶんと遠いぞ」

 ライオネルは、地面に大雑把な地図を描いた。

「それでも行くしかありません」

「その子は?」

 ナンナに向かって聞いた。

「あたしは、スンナ村です」

「スンナ村か……。伯爵領へ行く途中だな」

「それじゃあ、一緒に行こう」

 ケイが提案すると、ナンナは思い切りうなずいた。

「それなら、ほかにもその方向に行く人もいるだろう。騎士団からも何人か案内をつける」

「助かります」


 こうしてケイとナンナは、準備をして、同じ方向に行く50人程の人たち、騎士団の3人と施設を出た。

 門のところにはライオネルがいた。

「いろいろとありがとう」

「こちらこそ。ライオネルさんは、もっと悪人だと思ってました」

「そりゃそうだ。きっとまた会うことがあると思う。それまで元気でな」

「はい、ライオネルさんも」


 施設の門の外へ出るのは、ここに来てから初めてのことだった。もう2年近くが経っていた。ナンナは10年以上だ。

 ずっと臭い狭い独房に閉じ込められていた。それが当たり前でずっと続くと思っていた。光魔法で外の世界を見て、自分を惨めだと思ったこともあった。ナンナと話をするのも時間が限られて、そして間には必ず扉があった。それらがすべて過去となったのだ。

 ケイは、歩きながらいつのまにかナンナと手をつないでいた。



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