排除
すべてがライオネルの手のひらの上だった。
ケイの魔法に目をつけたのが始まりだ。ライオネルにとっての邪魔者の排除のためにケイの魔法が使える。そう考えたのだ。ケーキを褒美として出したのもその布石だった。所長の秘密をわざとわかるようにした。罪悪感がケイの心を縛る。もうケイは抗えない。
「これを見てくれ」
ライオネルは、一枚の紙をケイに渡した。すでに準備がされていたのだ。そこには3人の名前と役職などが書かれていた。
「すぐに覚えろ」
「もう覚えました」
ケイは光魔法を発動していた。紙に書かれていたことを写した光を、そのまま保存したのだ。まるで写真のように。
「もう覚えたのか?」
「はい」
「そうか……」
ライオネルは、マッチを擦って、その紙を燃やした。床に落とされた紙は小さな炎で、チリチリと音を立てながら灰になった。ライオネルは、その灰を念入りに足で踏み潰した。明日には奴隷が来て、きれいに掃除され、何も無かったことになるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(さて……、どうしようか)
独房に戻されたケイはベッドに座って考えた。
紙に書いてあったのは3人。
へーラー・ヴェッセル:ヴェッセル所長の息子
ダリューゲ:施設の幹部の一人
セムズ:本部から来ている監察官
どれもライオネルのライバルになる人物なのだろう。ただ殺してしまえば、ライオネルに疑いが来る。だから”排除”なのだ。
とりあえず、ケイは光魔法でこの3人の動向を探ることにした。どうするかを考えるのは、それからだ。
しばらく光魔法を使って3人を監視した。想像していたが、それを上回るクズだった。奴隷を殴る蹴るは当たり前だ。特にセムズが酷い。毎晩、奴隷の女性を部屋に呼んでいた。ケイにとって刺激的なことをしているのだ。ナンナのことが心配にもなったが、連れ込んでいるのは、成長した女性ばかりなので、ナンナはまだ大丈夫だろう。
監視だけでは情報が足りない。ライオネルにも、それぞれについて聞いてみた。もちろん光魔法で監視していることは秘密だ。
「そうだな、知っておいた方がいいな。まずへーラーだが……」
それからライオネルは、3人について説明していった。
へーラーは所長の息子であることを笠に着て、好き勝手をしている。奴隷たちにはもちろんのこと、この施設で働いている全ての人に対してだった。だから嫌われているのだが、気にしてはいない。そしてとんでもない無能。それなのに次の所長の座を狙っている。
ダリューゲは、幹部候補で、所長の腰巾着。所長の威を借り、好き放題もしている。そして、所長の片腕でもあるライオネルをライバル視して目の敵にもしている。
セムズは、本部から監視に来ている。しかし、本当の目的は甘い汁を吸うこと。そしてとんでもない女好き。「奴隷を捕まえてくるよりも、産ませた方が安上がりだろう」そういうことも平気で言う。そうなると自分の子どもでもあるのに、奴隷にすることに抵抗がない。そんなクズだ。
(そういうことならば……)
ケイは、作戦をいくつか思いついた。
(まずは……、こいつからだ)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「今日は、昼の間は、外の農場辺りにいってもらえませんか」
ケイはライオネルに、そう頼んだ。
「どういうこと……、まあいいか。知らない方がいいのだな。わかった。昼は農場に行っているよ」
それからケイは、いつものように部屋で計算を始めた。時折、光魔法を発動していた。それ以外は、普段通りだ。
普段通りなのは、この施設全体。ただ所長室だけが違った。
「誰かいるか!」
所長室から大きな声がした。その声に、すぐに3人の職員が駆けつけた。
ドアを開けて所長室に入ると、そこにはダリューゲが座り込んでいた。力もなく、うつろな表情で。
「どうしたんですか?」
一人の男が聞いた。
「どうもこうもない。いきなりこいつが殴りかかってきたんだ」
所長は吐き捨てるように言った。
「こいつを空いている独房にぶち込んどけ」
そう言われて、ダリューゲは立たせようとしたが、力が抜けていて立てない。しかたなく、2人の男に両脇を抱えられ、引きずるように連れていかれた。
「どうして殴りかかってきたんですか?」
「わからん。今日の仕事を指示していたら、”なんでお前が命令するんだ”と言ってくるんだ。それで、俺が命令するのは当たり前だろう、と言ってやったんだけど、それから、まあ口論になって、いきなり殴ってきたんだ……」
所長も、わけがわからないという顔をしている。
(これで、ダリューゲは終わったな)
この一部始終をケイは見ていた。
ケイは、光魔法を使って、ダリューゲには所長の姿がライオネルに見えるようにしていたのだった。
ダリューゲには、ライオネルが所長の椅子に座って、ふんぞりかえって命令しているように見えた。ライバルのライオネルが、次の所長は俺だと言わんばかりに所長の椅子に座っている。声は違うはずなのに、それを見て頭に血が上って正確な判断ができなくもなっていたのだ。
殴った後に気づいたのだが、もう手遅れだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いったい何をしたんだ?」
ライオネルはケイのところにやってきて、開口一番聞いた。ケイはいつも通り机に向かって、その日の計算をしていたところだ。動いた様子もない。
「秘密です」
ケイは、人差し指を口に当てて言った。
「農場にいたら、いきなり呼ばれて……。それから、どこにいたんだと何度も聞かれたんだ。農場にいたと奴隷たちに証言させたらから信用されたが……。なぜそんなことを聞くんだと聞いたら……」
「ダリューゲが事件を起こしたと……、そして所長室にライオネルさんがいたからと証言していると……」
「そうだ。だから、どうやったんだ?お前がやったのか?」
「だから秘密です」
「お前がやったのでないのなら褒美はなしだな」
「いえっ……、それは困ります……。おっしゃるとおり僕がやりました」
「だから、どうやってなんだ」
「それは言えません」
「これでもか?」
ライオネルは、首を指さす。ケイは、一瞬たじろいだが、勝算はあった。
「そうすると、後の二人はこのままですよ」
ライオネルは、そう言われるとしょうがない。
「そうだな。それならば聞かないことにしよう。他の二人も頼んだぞ」
ケイは、少し微笑んでうなずいた。
その日の夜の食事は、ケーキがついた。もちろんナンナと二人でわけた。忘れかけていた甘味の魔力に再び囚われる。
その二人の様子をライオネルは、陰から見ていた。ナンナをケイの食事係にしたのもライオネルだった。すべてライオネルの予定の通りだった。
(残りは二人だ)
ケイは、ベッドに寝そべり、作戦を考えていた。口の中にはケーキの甘味が残っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ケイは、セムズを次のターゲットにした。
(この男なら……)
ちょうど、本部から幹部も来ることになっているから、ダリューゲと同じ方法が使えるだろうと考えた。とにかく何か失態を犯せばいい。
しかし、ダリューゲのようにライオネルに対してライバル心も持っていない。所長すら、完全に見下している。
(さて、どうしようか……)
本部から幹部が来る前日に、ケイはライオネルに一つのお願いをした。
「まあ、よくわからないけど……。それぐらいなら簡単だ」
ライオネルは笑いながら出て行った。
翌日、幹部が来て夜には歓迎の晩餐会が開かれた。
この施設の売上は大きく、セムズは、それを自分の功績だと幹部に吹聴していた。
ほとんどの職員は、それを苦々しく思っているが、何も言えない。
セムズは、上機嫌で料理を食べ、酒をあおった。
「本当にセムズさんのおかげですね」
ライオネルは、心にもないお世辞を言いながら酒をすすめた。幹部の前で、所長の片腕とも言われる男が頭を下げているのだから悪い気はしない。いや、それどころではなく、最高に気持ちのよい瞬間だ。
「まあ、ライオネルも、僕の指示の通り働けばいいんだよ」
幹部の前で、偉そうにアドバイスをする。またセムズの鼻が高くなり、そして酒が進んだ。
宴会も終わりになり、少しずつ人が抜けていった。しかし、上機嫌のセムズは、まだ酒を止めない。そして……、
「おい、そこの女、酒を持ってきて、俺に酌をしろ」
近くにいた女性を呼ぶ。その女性はしぶしぶの表情をしながらセムズに近づいていき、グラスに酒を注いだ。セムズは、手を伸ばしてその女性の腰を抱き寄せた。
「今晩、俺の部屋に来い。俺のをたっぷりとぶちこんでやる」
セムズは、その女性の耳元でささやく。
その女性はセムズの手を振り払い、思い切りひっぱたいた。
「俺に逆らうのか!」
セムズは、その女性の腕を引っ張って、そして押し倒して、倒れた女性に馬乗りになった。セムズは男だ。力なら女性には負けない。ハアハアと荒い息で、両手を女性の服に手をかけ、左右に引き裂いた。女性の胸が露わになった。
「わしの妻に何をするんだ!」
宴会場に幹部の声が響く。
セムズは、腕で目を擦って、その女性を見直した。それは幹部の奥方だった。セムズの下で、上半身をさらした姿の。
セムズは、すぐに立ち上がって弁明しようとしたが、言葉がでない。
「いや、あの……、奴隷の女だと思って……」
「妻が奴隷に見えたというのか?」
セムズは、自身でトドメを刺してしまった。
もちろん、これもケイの仕業だった。幹部の妻を奴隷のメイドに見えるようにしていた。
幹部の奥方は、胸を押さえたままゆっくりと立ち上がり、旦那の元に行った。その幹部は、怒りに満ちた表情で、それ以上は何も言わない。
宴会場にいた誰もが、黙って見ているだけだった。
ライオネルは、宴会場の片隅で一部始終を見ていた。
「こういうことか……。とにかく上機嫌で酒を飲ませてくれというのも……」
そうつぶやいて、微笑んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ごくろうだった」
翌日の昼ごろ、ライオネルがやってきて言った。
「セムズは、くびになって、ここを出て行くことになった。次が来るのは、まだずっと先だ」
ニヤけながらそう言う。
「朝から大変だったよ。セムズをどうするかでな……。そこに立たされたセムズの顔といったら、最高だったよ」
ライオネルは、笑いがとまらない、そんな感じだ。
「よくやった。どうやったかは……、聞かないことにする。今日の夜は期待していてくれ」
ケイは、うなずいた。
その日の夕食は、ケーキが2つだった。ナンナと一つずつ。ライオネルが気を利かしたのだ。ケイにとって、ささやかな幸せな時間だ。
(あと一人……)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
残るへーラーは、これまでの2人と同じというわけにはいかない。どんな失態を犯しても、親である所長がかばってくれる。
(排除か……)
ケイは、やはり人を殺したくないと思っていた。光魔法を使えば、施設内ならどこにいても殺すことができる。それも、誰にも気づかれずに……。
殺すまでいかなくても大ケガをさせることもできる。鉱山や作業所に行ったときに、へーラーの目に違う光景を見せるだけでいい。危険なところはたくさんある。高い確率でケガをするだろう。しかし、それで死ぬこともある。どんなクズであっても殺したくはない。それがケイの決断を鈍らせていた。
しばらくして施設内にある噂が流れた。
発端は、深夜に門を警備している守衛だった。
「見間違うはずありません。あれは確かにダリューゲの首でした。首だけが浮いていて、そして、フッと消えてしまったんです」
最初は、誰もが守衛が居眠りをして夢でも見たのだろうと思った。しかし、それが相次いだ。
「夜中にふと目が覚めたので、起き上がったら壁にダリューゲさんの顔が浮かんだんです。それで、みんなを起こしたら……」
「私も見ました」
「間違いありません。ダリューゲさんの顔でした」
奴隷の女性の部屋にも現れたという。そして、それを何人も目撃したのだ。
「ダリューゲの幽霊」
そう言われるようにもなった。ここを辞めさせられた”恨み”があるのだとも。
「そんなはずはない。ダリューゲはまだ生きている。それも確認した」
所長は、その打ち消しに必死になった。
「生き霊というのもあるそうよ。恨みが強いと生きていても、その霊魂だけが身体を離れてくるの」
これは、ケイがナンナに話したことだった。前の世界で、マンガか何かで読んだのを思い出したのだ。それが、女性たちを通して、どんどんと広まった。
作業所の鉄を溶かす炉などは、深夜でも火を落とせない。落とすと温度が戻るまで時間がかかってしまう。だから交替で24時間稼働していた。
その深夜の作業を誰もやりたがらなくなった。奴隷は無理矢理でもやらせることができるが、それを監視するための職員が、それを渋った。
だから所長は焦っていた。
「お前がやったのか?」
ライオネルはケイに聞いた。
「えっ、なんのことです?」
ケイは、笑みを浮かべて聞き返す。
「その顔が答えだな。でも、これが何になるのだ?」
「それは、お楽しみにしていてください」
実は、この噂で焦っていたのが、もう1人いた。それがへーラーだった。
ダリューゲの首は、最初は門の外、それから奴隷たちの部屋へと、徐々に中に入ってきてる。その一番の奥が所長の屋敷だ。日ごとに、そこに近づいてきている。それはへーラーだけでなく、誰もが気づいていた。「ターゲットは所長だ」と。
ケイは、へーラーの動向を監視していて気づいたことがあった。それはへーラーが極度のビビりだったことだ。
ある夜だった。家族で食事をしていたとき、へーラー以外が席を離れて部屋を出て行った。部屋にはへーラー1人だ。すると急にそわそわしだした。まわりをキョロキョロ見回している。でも窓の方は見ない。
(おかしいな……)ケイはそう感じた。
ドアがバタンと空いて、給仕が料理を持ってくる。一瞬ビクッとして、ホッとした表情になる。
(ハハーン。へーラーは、ビビっているんだ)
それから見ていると、暗いところには近づきたくない、夜のトイレは我慢する、暗闇で何かが動くだけで、その場を離れる、そんなことがしょっちゅうだった。これを利用しない手はない。ケイはそう考えた。それから幽霊騒動が起きたのだ。
ケイは気づかなかったが、実は、へーラーの父親の所長もそうだっった。
「しばらく本部に行ってくる」
そう言って、所長とへーラーは出て行った。ライオネルに、すべてを任せて。




