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2-1 商店街の定理 ~1回戦 デュエリスト・古賀純太 戦~

 中山商店街は比較的山手線の近くにあり板橋区ではかなり栄えているといえる。

 

 ボロボロのアーケードにときおり区役所関係の建物だけが綺麗にポツポツと建っている。


 赤いベストにボブパーマの明智はかなり暑そうにしており、日焼け止めをしているのか、やたらと汗を拭きたがる。


「暑い……あのさぁ……もう9月になるじゃん。まだセミ鳴いてるし……暑くない? あとヒデト思うんだけど……崩しの大会どこでやってるかってさ、チラシの案内で書いてなくない?」


 ブイィーン……


「先生、その扇風機なんですか? 変わった形してる……」


「これさ、コペルニクス天球儀てんきゅうぎ型扇風機。アメリカから通販で買ったの」


挿絵(By みてみん)


 明智は舶来品の携帯扇風機を自慢する。


「へぇ、なんかカッコいいけど、あまり涼しくなさそう……あっ!」


 少しばかり伸びた髪を結んで、小さい尻尾のようなものを作った少女――藤井サクラは看板を指さす。


 今日は下校時に見た時よりは少しばかりおめかしなのか、織物の柄のポシェットを肩からかけて、ひらひらしたデザインのスカートを履いているようだ。


「あれ……先生、看板に将棋の駒が……」


 よく見ると将棋の駒の形に「崩」の文字が入っているものがボロボロの「商工会議所」と書かれた白塗りの建物の前に無造作に立てかけてある。


――



「受け付けギリギリで良かったですね、明智さん。あ、それ要らないんですよ」


 声のやたら良い20代後半くらいと思われる身長180cmくらいの長身で真ん中分け頭の営業マン風スーツ姿の男が、明智が出したボロボロの会員証を確認してニコニコとしている。


「えぇ……会員じゃなくても参加できるって、ヒデト何のために年に3万ペイしてるの。ヒデト課金者だよ……酷い……酷くない?」


 明智が不機嫌そうに財布に会員証をしまうと、男は、


「まあまあ、そうでもしないと、正規会員がなかなか集まらないので……わたくし、NSKK(日本将棋崩し協会)広報担当の柴田しばた健太郎けんたろうです。明智五段の活躍、期待してますよ!」


 明智が2階の会場へと足を踏み入れる。


「……あぁ、あのシバケンが課金者集めかい……そりゃ、どうも……おっ、結構涼しいじゃん。これならヤングドーナツやビッグカツ持ち込んだ甲斐もあるよね。サクラ、そこらで座ってて待っててね、すぐに全員片づけるから。ヒデト容赦しないから……悪いけど、いつだってヒデト、そういうことだから」


「はいはい、あ……意外と涼しいかも。でも……五段って言われても、凄いのか凄くないのか……」



 大会はトーナメント形式で、くじ引きで相手が決まった。


 1回戦は”プロフェッサー古賀”の二つ名を持つ、古賀こが純太じゅんた。ピチピチのボディスーツにチョーカーをしていて、ジャラジャラとしたチェーンを全身にぶら下げた金髪の20代前半と思われる若者だ。


 ジャンケン、振り駒の結果、古賀が勝ち、先手を選んだ。古賀が公式戦用のチェスクロックを押す。この時点で対局は開始され、試合の規則が全て適用される。


 この大会では協会の予算の関係か最も安価なセットである、駒がかばで、盤は1cm程度の厚みの桂の中折り式のものが使用されている。


「明智ヒデト、”令和のコペルニクス”か。名前負けしないと良いんだけどな。崩しの闇のゲームを見せてやるぜ……デュエル、スタート! 俺のターン!」


 それがデュエリストのユニフォームなのか、両手に穴あき手袋をしている。


「ふぅん、ボーイもね。ヒデト、容赦は一切しないから……」


 「ピーッ」というチェスクロックからの効果音アラームとともに120秒がカウントダウンされ、この間に5五を中心とする9マスのエリアに将棋の山を作らなくてはいけない。


 駒入れで山を完成させず時間切れになれば負け、駒を一枚でも盤の外に出したら負け、そして山が崩れれば先手の餌食。

 一般的には先攻が有利とされる。


 一般的には、だ。


 ちなみに、審判も一人は必ず同席することになっており、今回は敗者などもいないため、60代の地元ボランティアの男性が受けてくれている。


 明智が山を完成させる。


 王と玉を離した位置に立てて置き、その周囲では駒同士が重なり合って四角い環を作るように守っている。そしてチェスクロックを押し、ここからが1ターン目の先手、公式ルール通り30秒だ。以降30秒ルールは交互に続く。


「ほう……ポーランドの天文学王、ニコラウス・コペルニクスよ……これは、”死の玉座・沈黙の騎兵隊ファランクス”か……俺のターン!」


 畏敬している偉人の名を出されて少しばかり動揺する明智だが、ペースに乗せらせまいと言い返す。


「ニコラウスさんとは直接関係ないけどね……ノー、これは”サイレント・メビウスリング”……」


「ま、まあ良い……ずっと俺のターンにしてやるぜ。俺のターン!」


 古賀はマニキュアあたりで塗った五色の伸ばした爪を見せびらかすようにして、突如中央の玉・王を貫くように横から突く。駒の環の方向に敢えて王・玉を倒して次の手に繋げる一手だ。もちろん、まだ質駒(盤上で孤立して落ちている駒)は一枚もない。


「”ピアッシング・クリスタル・キング”、そして”サモン・混沌龍カオスドラゴン”! 騎兵隊の中に大量のカオスドラゴンを召喚して伏せ、これでお前の手番だ……」


 リズミカルにチェスクロックが押されると、明智の待ち時間・30秒が開始される。



1ターン目 先手 古賀純太:0点 

1ターン目 後手 明智ヒデト:0点


「あのさぁ……ヒデト思うんだけど……カオスドラゴンって、何?」


「……あ、あるだろ! そこに倒れた飛車が龍になってるだろ! それだよ、それ!」


「そう……でもさぁ……そういうのって意味ない……なくない?」


 明智は右手の中指を環の中に突っ込むと、そのまま倒れた王と玉を回収するようにして、環の外へと押し出した。


「馬鹿な……不死騎馬隊デュラハン・ナイトを倒れた玉王クリスタルキングで破ろうとしたら、内部から騎馬隊にパイクされて、ジ・エンドだぞ……?!」


 しかし、明智の突き破ろうとしている方向に環の駒が回収され、そのまま一度も鳴らさずに集団を盤の外へと押し出した。


1ターン目 後手 明智ヒデト:王玉銀桂香香歩3 42点 

2ターン目 先手 古賀純太:0点 

 

「あのさ……世界のあらゆるものってさ、物理でできてる。プレートテクトニクスってまさにこれ。日本にもこうやってすごい種類の生き物が海から陸へ来たんだよね……おっと、まだ9点足りなかったね。ソーリー」


「お、俺のターン! カオスドラゴンと俺のトラップ・カードを破っただと……?! それでもお前を反則負けにすればまだ勝機はある……! 集え、不死騎馬隊デュラハン・ナイトッ……!!」


 古賀は残った駒を中指を曲げてかき集め、中央にタワーを作る。


 予想以上に駒が鳴るまでの間に多くの駒の層が集まり、一見して簡単には駒が取れないような山がそこに出現した。


「ハッハッハ、この天空塔ザ・バベル・タワーを崩すことができるか、それともコペルニクスが反則負けするか……? まだデュエルは終わっちゃいないぜ……ずっと俺のターン!」


 パァン!!


 ガシャン……


「なッ……?!」


「ユーさぁ……自殺行為スーサーイド・ムーブメントだね、それ……」


2ターン目 先手 ●古賀純太:0点 (盤外落ちによる反則負け)

2ターン目 後手 〇明智ヒデト:王玉銀桂香歩3 42点 



 興奮して古賀がチェスクロックを叩いた時の衝撃で将棋盤が揺れ、崩れた駒が勢いよくスポーンと弾け出した。


 なお、チェスクロックをこのように扱うことは協会的にも崩し界でも非常にギルティである。


 マナーが悪いのもあるが、このチェスクロック、将棋部に所属されていた方ならご存じと思うが、安いものでも5000円、協会公式で使うものは2万円前後の値段がするので、破損の恐れは非常に宜しくないのだ。



「な……俺の天空城エ・テメン・アン・キがぁ……! 俺のターンがぁ?!」


 古賀のダクダクになった汗もワックスのきいた金髪から弾ける。


「ヒデト思うんだけど……これってオーバーキル……?」


「”自滅的爆裂疾風弾スーサイド・バースト・ストリーム”……つまり俺の負けだ。あんたの勝ちを認めよう、令和の、いや、天王山アウステルリッツのコペルニクス、明智」


 こうして1回戦は明智ヒデトの勝利に終わった。


――



 明智が座ったまま、将棋盤を睨んでもぐもぐタイムに興じている。


「先生、1回戦は凄かったですね。ところで何食べてるの?」


「これね、ビッグカツ。これもね、昔は30円で買えた。カツってさ、まさに男の子のお菓子だよね。今は40円するけど……スペシャルソース味って、なんかビッグ。アメリカの勢い感じる……一気にかぶりつきたくなるよね……ならない?」


「わたしもその、ビッグカツ貰ってもいいですか?」


 いいよ、とサクラにビッグカツを差し出す。


 ちなみに明智の持っているバッグには大量のビッグカツとヤングドーナツが入っている。


<おっと、やはり現役女子高生は強い! 1回戦、自称痴漢常習犯、「寸止めのヤス」を、ダブルスコアで破りました。ここまで危なげない戦いですね~>


「ヒデト思うんだけど……なんかうるさい……こっち来てない? しかもアナウンスしてるの柴田じゃない?」


 肩よりだいぶ長く伸ばした黒のロングヘア、半袖のシャツに水色のネクタイ、そしてプリーツの膝上までのスカートと、ザ・女子高生な外見の少女がこちらの席につかつかと歩いてくる。


 そして後ろからは季節外れな黒いスーツの身長180cmはあろうかという長身の柴田が、ドスドスと女子高生をストーキングするようにマイクを構えて迫ってきている。


「あの……よろしくお願いします……」


 2回戦が始まろうとしていた。






※審判※

公式では必ず将棋崩しの対局には主審を1人以上置く。チェスクロックの操作などの作業もあるが、主にな役割は「音が鳴ったかを判定」「反則かどうかを判定」することで、これも公式のルールに則り最終的には「交代」「反則負け」が主審の判断にゆだねられる。また、副審を主に「音が鳴ったか」を判定するために置く場合がある。

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― 新着の感想 ―
予想以上に凄まじい挑戦なので、正直ビビってます! 連載が始まるのを楽しみにしていたんですが、満を持して出たタイトルが「天王山のコペルニクス」という強すぎるパワーワードだったことが驚きでした!! 将…
子供の頃に多くの人が遊んだことがあるであろう「将棋崩し」がテーマというのが気になって読ませていただきました。 正式なルールなど理解していないですが、話の邪魔にならない適度な説明があるので、なるほど!…
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