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エピローグ 北極点のコペルニクス ~鶴川朱麻里戦・リベンジ?~


「そう、それなら赤塚カトリーヌさんも、それで浮かばれたみたいで良かったじゃない」


 明智は、朱麻里と二人で、札幌からの普通列車を乗り継いで旭川市へと向かっていた。


 窓際で二人で向かい合って座っているが、予想よりもこの時間のこの区間の乗客は少ないようだ。


 勿論、「将棋崩し世界チャンピオンの街」として今や有名になり、全国大会はこの2026年10月に、旭川市で行われることになったのだ。


 丁度の隣のボックス席でも、家族で将棋崩しをして遊んでいるところが見られ、この光景は全国いたるところで当たり前になり、もはやデジタル・スマホに依存する世界の中で、現代日本人の憩いの場としての救いとなっていったのである。


「明智さんは、もう犯人のことは恨んでないの? はっきり言って私だったら、あの大会で犯人と分かってる相手と対局なんて、冷静にできないと思う。だから……」


「”アイザック”だけが敵じゃないから。あとさ、ヒデトでいいよ、名前。ヒ・デ・ト。思うんだけど……カトリーヌってヒデトの恋人でもあったし、同時に「崩し」の師匠でもあった……当時はね、協会よりも別の組織があったの。そこにはイチの父親とか、”レオナルド"とか伝説の崩しプレイヤーたちがいて、やっぱり彼女強いから嫉妬されてたと思う……それにカトリーヌってさ、裏の世界とのやべえ繋がり色々知ってたから」


 明智が、バッグから出した大量のヤングドーナツの一部を開けて口に入れてモグモグしながら返す。


「えぇっ、私的に初耳なんですけど。協会の外側に、また別の組織が絡んでくる訳?」


 朱麻里が包装の上からハンカチにくるんだビッグカツの先を少し齧りながら反応する。


「ああいう組織で色んな「崩し」の形体験して、ヒデト強くなった……だからカトリーヌに対するリスペクトって今でもすげぇある……それがヒデトをどんどん強くしてる」


 明智が少しアンニュイな表情で息をつき、車窓の外を眺める。


「……えっ? じゃあ……ヒ、ヒデトさん、どうせ今回も、余裕で貴方が勝つんでしょ? さもそれが当たり前のように、その軽い口調で」


 明智は座高の高い朱麻里を少し見上げるようにして真剣な目つきで話す。


「ヒデトさ、頂点取った……だから、これさ、本将棋のチャンプのテルちゃんにも去年に言われてるんだけど、簡単にはいかないと……ヒデト思うの。全国代表のみんなヒデトをチャンプの座から引きずり降ろそうと必死になって食いついてくる……だから、全然余裕で……なんて思ってない……アメリカでもそうだった……ヒーローになれば自分こそが真のヒーローになろうって、余裕なんてぶっこいてたら向こうは本気で殴ってくる……日本のことわざでもあるじゃん……あれさ……出るなんとかは打たれる、とかさぁ……」


「ふぅん……意外」


 だいぶ寒冷地仕様でブラウスの上に有名人特有のフード付きのスウェットを着た朱麻里が、茶色に染めた髪をかき上げて弄る。


 なお、44歳になった明智だが、相変わらずいつもの髪型と服装である。


「ヒデトさぁ……もう過去のことにとらわれるのやめたの……だってさ、なんか疲れない? 「道は僕の後ろにできる」って、どこかの東京あたりの偉い人が言ってたと思うけど、それ、アメリカでも通用すると思う。アメリカ人ってさ、とにかく当たった相手とは全力でやる。だから相手が誰だから力が出ないとか手加減とかそういうのって……嫌いなんだよね……それ、ヒデトのポリシー。ところでシュマリはもう爪、元に戻った?」


 明智が手袋をした朱麻里の心配をすると、腕を捲ってそのすらりとした白い手を見せる。


 爪は中指のだけが少しへこんでいるが、伸ばして緋色に塗ったそれはあまり目立たない。


「まだ完全には爪が上に立たないっていうか、やっぱりあと何か月か生え変わるたびにテープとかで固定しないと元通りにはならないんだよね」


「シュマリって、アイヌ語だと「キツネ」って意味らしいね……ヒデト、本当に最近知ったよ……そんなシュマリでもなかなか生え変わらないって、人間ってやっぱり頭脳に特化されたんだと思う……だから、常にヒデト頭使って生き延びてきた……シュマリだってそうなんじゃないかな」


 朱麻里は思わず噴き出した。


「うっそー! 結構私の名前のことはニュースとかでやってるのに……ずっとキツネみたいだとか馬鹿にしてきたくせに……今さら? まぁ……心理作戦みたいなのが好きなのかも……あとは辛抱強さかな? 介護士とか接客業ばっかりやってきてるし、友達もほどんどいないようなもんだから、どうしてもそういう能力が嫌でも伸びるっていうか……でもね、ヒデトさんに会って、私結構性格は汚くなったと思うよ」


「フフ、シュマリは最初から本能的に汚いよ……野生本能みたいに、噛みつかれたら、必ず噛みつき返してくる……そういうとこ、ヒデト結構クールだと思ってる。あと、日本かアメリカだかのヒーローも確か友達いなくても強い……”愛と勇気だけが友達”だって……それよりさ、ヒデト思うんだけど……カルシウムは摂ってる? カルシウム足りないと爪も治らないし、すぐイライラするし、胸もさ……そのうちサクラに追い抜かれる……あのガールも来年には中学生で……うっ」


 朱麻里が思い切り明智の膝をつねった。



「”アイザック”が捕まって、”ピタゴラス”が木下さん、ということは、”ガリレオ”って誰なんでしょうね?」


「さぁ……ヒデト思うに、日本人か、日系人と関わりがあるんだと思うけど……イタリア代表でヒデトと遭わなかったのがそうなんじゃないかなって……」


「イタリアのマリオ・ガリレイ選手は多分違うと思う……なんとなくだけどね……シュマリ、”ガリレオ”ってのが誰なのか分かるかも」


 朱麻里の自信満々の表情に面を食らったように、明智は珍しく焦点が合わない目をして考える。


「うーん……ヒデトそれ分かんないかも……なに、シュマリ知ってる……知らない? 何かヒントとかないの? それとヒデト思うんだけど……少し暑くない? チョコバッキー食べたい……食べたくない?」


 朱麻里はそれを無視して、明智を促した。


「ほら、もう30秒なんてとっくに過ぎてるじゃん! 早く次の手指しなさいよ」




――その頃、都内某所では……



「”アイザック”がやられたようだ。カトリーヌ一人を消すしか能の無い奴だったな」


「あぁ……"レオナルド"。しかし、まだこの”裏崩し界”の存在は明智といった新興勢力の連中にも知られてはいない……次のオリンピックが開始される前に、叩き潰す」


「まさか、我々だけでか……? ”アマデウス”と"サルバドール"が動くと聞いたが?」


「当然のこと……物理で駄目なら音や芸術で攻める……そして、今回は”アルベルト”殿にも支援要請をしてある……そう、将棋崩し界にはルネッサンスが必要なのだよ! 奴らを確実に一人ずつ”堕とし”ていく……」


「なるほど。”アルベルト”殿が来れば確実……それでは”ピタゴラス”は? 奴らに溶け込むだけで、野放しになっているが……」


「近いうちに消すだけのこと。アレは”質駒しちごま”だよ、既にね」


「それより、”ヤツ”はどうする? やはりこちらに”堕とす”のみか……?」


「と、なればお前がその大役を担う……よもやこちら側に加担しているとは気づいておるまい」


「……分かりました」


「フッ、つまりこれで準備は万端……!」


「"カード"は揃った……! 獲れるか……崩し界を?」


「頂く……崩し界をォ! ハッハッハ――!!」


「ハハハハ!!」


 数名の高らかにして邪悪な笑い声が響いていく。


 その中にはここまでに登場した人物も混ざっているが、それはまた今度の出番になりそうだ。



――



 北海道の車窓は次第に一面畑だらけの石狩平野から深い森に包まれ鬱蒼うっそうとした神居古潭かむいこたんへと移ってゆく。



 なお、この30秒「本将棋」の結果は、朱麻里が飛車角二枚落ちで圧勝だった。

 

 朱麻里の膝の上には雑誌が一冊置かれ、それが電車のリズムでわずかに揺れている。


 その「月刊KU・ZU・DO・MO」2026年9月号の表紙は、明智ヒデトと鶴川朱麻里の満面の笑みでのツーショットで彩られていた。



 おわり





以上、これにて第1部はヒデトのハッピーエンド!

とりあえず次に続けようとすれば行けそうなエンディングになりました。

これを機に「将棋崩し」をどんどん流行らせてもらえると嬉しいです。結構楽しいですよ!


ちなみに、最も作者として希望しているのは「コミカライズ」です。これだけといっても過言ではありまん。文章には限界があり、アニメというより漫画がベストの形かなと思っています。


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― 新着の感想 ―
楽しく読ませていただきました。 朱麻里が因縁のライバルのように何度も出てきてお互いに何でもありの勝負をしているのは、次はどんな手を使ってくるのだろうかと、現実にはそんなことはないでしょうが ただの崩し…
完走、お疲れ様でした。 楽しく読ませていただきました。 全体的にギャグ路線が強めなのと、一話完結のため、大変読みやすかったです。 人名・技名の小ネタ感満載なところは、読むたびにクスッと笑えました。特に…
まずは完結、おめでとうございます。おっしゃっていた通りかなりのハイペースでこのポイント制試合形式という難しい仕組みの中執筆が進んでいってて、すごいなと思ってしまいました。一手一手の書き方に最大限の勢い…
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