5-5 ミラノ五輪の定理 ~決勝 鶴川朱麻里(日本) 戦~(後編)
「何ィ?! まさかシュマリ……! やたら今日は胸が大きいと思ったら、それが仕込んであったのか……!」
お互いに出す風が吹きすさぶ中、朱麻里は明智の失礼な言葉に睨みを利かせながら、中指の爪でしっかりと歩の土台の上にある王を引き抜き、そのまま下に降ろして強奪していった。
(よもや、明智ヒデトがアレ(天球儀型高性能扇風機)を持っているのを見て、その機能を脅威に感じて必死に同じものを探していたとは、口が裂けても言えるもんか……!)
<なんと、鶴川選手、いや、日本のシュマリ、明智選手の最高に汚い”ゾディアック・パフォーマンス”を”ウィンドミル・オブ・ソーヤ”で弾き返した! 宗谷丘陵の無数の白い風車が目に浮かぶようです! 明智選手の行動などお見通し、そして大きくリードしました!!>
2ターン目 後手 鶴川朱麻里(日本):王飛 21点
3ターン目 先手 明智ヒデト(アメリカ):銀銀歩 5点
「……さあ、明智! 磁力なんて汚ったねぇモン使ってねえで、自分の力で駒を奪ってみろよ……私は爪の力だけで21点を獲ったぞ……!! 道具頼りでアメリカかぶれの偽コペルニクス! これが”白狼の底力”なんだよ……!」
座高のやたら高い朱麻里が、突然高圧的な態度で明智を煽る。
「へぇ……キャンキャン吠えるだけは一人前だね、中身はドMのキツネ娘が……ヒデトから見れば、そんな子供だましが通用するってこのターンまでが限度だって……それが丸見えなんてよね……さあ、踏み潰してやるZE☆」
<物凄く口汚く醜い煽り合いが始まりました! とても良い年齢の大人の言葉とは思えませんが、このバトルにはよくあること! そう! 将棋崩しとは高尚なメンタルバトルなのです――!!>
明智はもう一度ポケットに手を入れて、磁力を増幅させると、先ほど朱麻里が獲った王の近くの玉を狙いに手を伸ばそうとする。
「”神居古潭・虹と雪のバラード”!!」
朱麻里はもう一つの胸の膨らみから、六本の注射器のようなものを取り出し、それをまとめて盤の明智側の三分の一のあたりに斜めから突き刺した。
衝撃で割れた器からは液状の歯医者で使うピンク色のデロデロの液状のような「何か」が広がり、急速にそれは固まり、ゴムのようになって明智の盤外進出を拒んだ。
(汚ったねぇ虹と雪だぜ……シュマリ……!)
<これは……どこにも虹や雪といった幻想的な要素がない!! 鶴川選手、容赦ない汚い土壌汚染です! 明智選手、鶴川選手のトラップによって、もはや手前に駒を落とすことが不可能になりました――審判も特に問題なしとしています……明智選手、駒を元の位置に戻してクロックを押した! さぁ、どうするか……?!>
3ターン目 先手 明智ヒデト(アメリカ):銀銀歩 5点
3ターン目 後手 鶴川朱麻里(日本):王飛 21点
「じゃあさ、こうするしかないよね……」
明智は、しゃがんで、数秒すると――
椅子を持って朱麻里の座席の方に移動し、隣り合った。
「へぇ……良いじゃん……最後まで付き合おうじゃないのよ……!」
朱麻里は座高の低い明智を見下ろすようにして、バチバチと眼を合わせる。
<なんと、明智選手が隣り合った――! まるで相合傘のように選手同士が同じ側で対戦をするというのは、今大会で初の展開です! これは緊張感も高まりますね!!>
「じゃあ、この玉が獲られる瞬間、じっくり見といてよ――! さあ、36点は確定、これで最後です、さ・よ・な・ら!!」
朱麻里がクロックと逆方向の机を押さえた次の瞬間――
ガラガラガラ……!
「――っ?!!」
突如、机が左に移動し、そのはずみで朱麻里から右側の塔を指が貫通し、そのまま塔は崩れて机の下へと次々落ちていく。
明智の頬がニヤリと緩む。
「ええっ……?!! 嘘……でしょ……? 物理的にあり得ない!!」
3ターン目 後手 ●鶴川朱麻里(日本):王飛 21点(盤外落ちによる反則負け)
4ターン目 先手 〇明智ヒデト(アメリカ):銀銀歩 5点
<おっと!! まさかの場面で鶴川選手が机を自ら転がし、そのはずみで自分で立てた山を崩してしまいました!! 「崩し」では何が起こるか分かりません! これにて鶴川選手が失格となり、明智選手の勝利が決定しました!!>
「ヒデトずっと最初から隙見てた。多分だけど……シュマリって前からヒデトのこと研究してそうだって……だからヒデト思ったの。今まで動いてない部分を動かすのはどうかって……これってプトレマイオスの説に対してコペルニクスが起こした革命と同じことだよね、ヒデトがさ……時間をかけて、将棋盤じゃなくて、その下に仕掛けをしたってこと……そう、これが”地動説”」
<なんと! よく見ると側面の机の車輪のストッパーが外れていますね! そして、その下には油のようなものが塗られている――!! これはまさに”コペルニクス的転回”ですね……優勝した明智選手、いかがですか?>
「地動説ってすげぇ……ヒデトたちがこうやってる間にも、常に地球って動いてる……やっぱ、宇宙の力ってミステリアスだって、ヒデト思うの……」
「あ、アァァー、この……馬鹿! あんたはやっぱりとんでもないクズ野郎だわ! 馬鹿!」
朱麻里が服装を乱しながら、明智をトントンとグーで叩いている。
「あのさぁ……服さ、開いてるから……ちゃんと締めないと、シュマリ」
「あ……」
<さあ、メダルの授与式の始まりです。金メダルはアメリカ・明智ヒデト選手、銀メダルは日本の鶴川朱麻里選手、銅メダルはシンガポールの選手が欠格となりましたので、鶴川選手に準決勝で敗れたフィンランドのセコ・ソーヤネン選手に授与されます! ちなみに、この対局室の空間について、開始時点で仕掛けが施されているという話でしたが、大会関係者によると、「それっぽい演出をしただけで、特に意味はない」そうです――>
オォォォォ――!!!!
<金メダルの明智選手、何か皆さんに一言ありませんか――?!>
「やっぱり「将棋崩し」って頭脳競技としてオリンピックでこれからもやるべきだと思うし、国籍関係ないし、男女平等で本当に対局が楽しすぎてやべえ……あとさぁ、日米同盟って良いよね」
こうして2026ミラノ・コルティナオリンピックは無事に終わり、将棋崩しでの日本勢(明智も何故か日本勢に含まれて報道されている)の活躍は有名になり、日本中が”将棋崩し・ブーム”となり、アメリカにも波及した結果、世界中で本将棋を知らない人達でも楽しめるボードゲームとして、「将棋崩しを楽しむような世界観」が完成しつつあった。
明智の三年前の事件もアイザック・コンドウの犯行自供により解決し、彼の心も穏やかになりつつあった。
――
そして春になり、5月――
あの駄菓子屋「みつみや」に伝説の男が現れる――!
明智ヒデトは世界王者として、とてつもなく強大な力を相手に、防衛戦に挑むこととなったのだ。
※虹と雪のバラード※
1972年2月に開催された1972年札幌オリンピックのテーマソングである。歌はトワ・エ・モワ。今ではほとんど札幌市のテーマのような扱いとなっており、特に2番の歌詞の美麗さ、力強さに定評がある。




